魍魎話6 魔眼②《哀犖(あいらく)》
彼は初対面である筈の目の前の女性に今までの経緯をゆっくりと話始めた。
妻を殺す前の記憶が全くない事…
自分が誰なのかも解らない事…
そして…
あの警察の対応を…
妻であろう女性を殺したにも関わらず…
物的証拠があるにも関わらず無罪放免で放り出された事を…
少しでも解り易く事細かく話たのだった。
その妖艶な姿と長い髪を惜しみなく彼に魅せつける、吸い込まれそうな黒い瞳のその女性に…
「ねぇ…真実を見せてあげましょうか?」
いきなりだった…
何の脈絡もなくそう彼女は言った。
「え?」
「どう?見たい?知りたい?」
彼女が何を言わんとしているのか解らなかった。
解らなかったが、彼は自然と頷いてしまった。
「私の眼の奥を覗いてご覧なさい…あの時の真実が見えるから」
男は言われるまま覗いた…
いや、覗いてしまったと言った方が正しいかもしれない。
そこには…
見たこともない醜悪な表情を浮かべる妻と言われた女性がいた。
「そうよ寝たわ!あの人と寝たわよ!それがいけなかった!?」
「君は僕の妻だろ!違うのか!?」
どうやらそういう事らしい。
彼は妻に裏切られたのだ。
「妻?ハン!笑わせないでよ!家庭も顧みず働いた挙げ句リストラされた情けない男でしょうが!しかも自分の部下と浮気されているのも気付かないただのおバカじゃないの!」
開き直りなのか、ヒステリックに叫ぶ妻。
「貸ビル業のオーナー?貯金が5千万?全部貴方の親が残したものじゃない!無職になった今それを食い潰して生きてくの?それこそクズじゃなくて!そんなだから浮気されるよの!」
「何だと!」
「それに私は貴方とセックスしても一度も満足した事がなかった!そんなお粗末なもので自分だけ満足してんじゃないわよ(笑)!」
繰り返される罵声…
そして失笑…
「…お前!!」
堪忍袋の緒が切れた音がした。
そして怒りに任せて何か言おうとした瞬間、彼は後頭部に激しい痛みを感じそのまま気を失ったのだ。
「ハイここまで♪どう、思い出したかしら?」
「いや…正直実感がない…それに話が変だ!気を失ってその次に目を醒ました時には妻は死んでいたんだ!それに働いていたなんて…知らない…警察もそんな事は言ってなかった!」
そんな彼の言葉を無視して彼女は言う…
「さぁ続きをご覧なさい」
次の瞬間、彼の目線のアングルが変わった。
倒れている自分の姿を見下ろしていたのだ。
「や、やったの?」
「いや…多分気を失っているだけだと思う…」
部下だった…
妻の浮気相手である部下。
「だったら!」
「ちょっと待って!ここで殺してもし警察に嗅ぎつけられたら不味い!」
「じゃ…」
「車の中にガムテープとロープがある!身動きできない様にグルグル巻にして生きたまま山に埋める」
「…それ…いいわね…」
信じられないセリフが妻の口から出てきた。
それを聞いた浮気相手もニヤリと微笑んだ。
「道具を取ってくるから…これ持って見張ってて」
浮気男は彼の妻に麺棒の様な物を渡した。
「…解ったわ…」
二人は頷き行動に移す。
悲しかった…
苦しかった…
家族の為、親の遺産に頼らず生きようと頑張ってきた。
その結果がこれである。
殺意にも似た感情が次第に彼を支配していく。
その時だった!
「このまま終わってもいいの?」
「え?あ!貴女は…」
「少しは思い出したかしら?」
背後には今まで話をしてしていた女性…
《琥珀菜綱》が立っていたのだ。
「貴方はあの時私と契約したの…彼女に復讐したい…この手で殺したいって…自分の魂と引き換えにしても構わないって言ったのよ」
彼女のその言葉で、彼は少しずつあの日の事を思い出してきた…
「だから…ほら♪」
彼女が指を指して視線を促す。
そこでは…
「よし!これでいいだろう…じゃ行ってくるから」
「見つからない様にね」
浮気男は頷いた。
そしてガムテープを口に貼り、グルグル巻に縛った彼を毛布で包むと肩に担ぎ部屋を後にするのだった。
暫くしてリビングの窓からカーテン越しに車が発信した。
それを確認し安堵のため息をつく妻。
そして振り返る…
するとそこには確かにガムテープを口に貼りグルグル巻に縛られた筈の夫の姿があったのだ!
「ヒ!!」
恐怖のあまり声にならない悲鳴をあげ固まってしまう妻…
夫はそのまま妻に近づくとゆっくりとその首に手を回した。
そして徐々に力を入れる。
恐怖と苦しみに支配されどうする事もできない妻…
やがてその瞳は光を失っていった。
「解った?これが全ての真相よ♪」
「妻は…貴女が変わりに殺してくれたんだ」
「いいえ、私は貴方の悪意を具象化しただけ」
「…僕は…やっぱり死んでるの?」
「そう…あの浮気男に生きたまま埋められて死んだわ」
「そうなんだ…」
不思議と何の感情も沸かなかった。
彼は自然とその事実を受け入れていた。
「でもあの浮気男も貴方を埋めて帰る途中で交通事故で殺したから…あ、これってサービスよ(笑)」
「じゃ…あの警察の対応って…」
「貴方の夢…」
「何も思い出さなかったのは?」
「貴方にもう記憶なんて必要ないからよ」
「何故?」
「だって輪廻の輪から外れて、永遠に私の糧になるって契約者したから♪」
「うん…そうだった…全部思い出した…よ…」
満足そうな顔をしていた。
それが彼の最後だった…
今…
彼女…
琥珀菜綱の前には誰もいない…
そう…
テーブル席には彼女しか座っていなかった。
だが…
そのテーブル席には二人分のコーヒーの香りが残っているのだった……
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