魍魎話3 縁日

喫茶 夜魅(YOMI)


大都会では珍しく何の植物か解らない蔓(つる)が二階建て煉瓦造りの店を覆い尽くす…


一見ノスタルジックな雰囲気を珈琲の香りと共にかもし出すこの店の外から、何処からともなく祭り囃子と太鼓の音色が聞こえてきた。


「あらもうそんな時間なのね」

コーヒーカップを磨きながらこの店のマスターである妖艶なマスターは、カウンター席に座る小学生位の男の子に笑顔でそんな事を話しかけていた。

この時間、バイトの女の子が帰ったので店内には彼女とその男の子二人だけである。


「じぁ~お姉ちゃん、僕そろそろ行ってくるね」

汗をかいたグラスに残った薄赤い炭酸ジュースを飲み干したその男の子は、勢いよく椅子から飛び降りると、急いで店から出ていこうとしていた。

「あ、渡(わたる)君…お財布はちゃんと持ってるの?」

「うん♪」

心配して念を押す彼女に男の子は元気よく答えると、祭囃子が聞こえる方へと向かっていったのだった。


そして…

女子高校生らしき少女もその後を追うように歩いて行くのであった。

「あらあの娘ったら♪」

コーヒーカップを拭き終わったマスターは、そんな光景を微笑みながら見つめていたのだった。


夕暮れの夏…

祭囃子に紛れてひぐらしの声が聞こえる中、男の子はノスタルジックな商店街を抜けて石畳の階段が少し長めに続く神社の前へとたどり着いた。


段々と祭囃子や太鼓の音が大きく聞こえてきた男の子は、嬉しくて堪らないのか三段飛びの様に階段を足早に掛け登っていった。

その後ろを少し距離を置きながら先程の女子高生がほほえみながらゆっくりと追いかけて行く。


そして目の前の階段を登りきった彼女の前に広がる光景…

鳥居の先には左右に沢山の屋台が広がり、提灯明かりが辺りの薄暗さをかき消していた。

そこには浴衣姿のカップルは勿論、家族連れの姿も大勢溢れている。


女子高生はその人集の中から男の子の姿を探して居るのか、鳥居の手前でキョロキョロしていた。


その時…

「お姉ちゃん♪どうしたの?」

唐突に背後から男の子の声が聞こえてきた。

驚いた彼女は慌てて振り向くと、そこにはやはりあの男の子が笑顔で待ち構えていたのだった。


「え?あ、あの…」

ビックリし過ぎたのか、しどろもどろになってしまった女子高生の左手を男の子は握りしめた。

そして彼女を引っ張る様に鳥居を潜って行ったのだったが…


「お姉ちゃん懐かしいでしょ♪」

「え?」

「だってあんたが初めて人を殺めた場所だよ(笑)」

女子高生は男の子にそう言われて青ざめた…

そして立ち止まった…

その左手は男の子に握られたままで…


「覚えてない訳ないよね、だって僕の後をつけてきたんだしさ♪」

そんな彼女を引っ張っていた男の子も立ち止まり降り返った。


満面の笑顔を振り撒きながら…


「昭和19年…あの日もこんなに暑かったよね…まぁ~お祭りはやって無かったけどさ~(笑)」

女子高生の背後から今度は違う男の子が現れた。


「終戦間際、空き巣ドロボウを繰り返していたあんたは警察の追手から逃れる為にこの村までやって来た」

その横にまた違う男の子が現れた。


「行き倒れて道端に転がっていたおじさんを私のお父ちゃんが助けたんだよね」

今度は女の子が現れた。


「まさか恩を仇で返されるなんてな…わしゃいまでも後悔しとるよ…」

「男衆は殆んど戦争に駆り出されていたからね…残された者だけじゃ~あんたに太刀打ちできなかった…」

彼女に近づきながら年老いた老夫婦が悔しそうに歩いてくる。


「生まれ変わったら今度は女の子か…いい身分だな…」

「それでもな…改心していたら俺らもこんな事はせんかった」

「あんた…今でも金欲しさに他人を地獄に堕としとるらしいわね…」

「聞いたぞ…餓鬼共達と一緒になって同級生達を騙し薬付け…援交やいかがわしい場所で働かせて金を巻き上げているらしいの…」

「若いのに…親にも言えず命を断った者もいるらしいわね…」

「あの時は自分の手を汚しとったが…お主…わしらを皆殺しにして巻き上げた金…博打で使いきったらしいな…」

「ほんにどうしようもない畜生じゃの」

「神様も悔いとられたよ…」

「折角改心する機会を与えられたのに…愚かもんが…」

「何で前世の記憶を残したまま生まれ変わったのか…最期まで解らんかったか…」


いつの間にか女子高生の廻りには大勢の人集ができていた。

たじろぎ動揺する彼女…

何か反論しようとしているが声が出ないでいる。

気付くと今まで賑わっていた祭囃子もいつのまにか消え、すれ違う人の波も…いや、祭りを楽しむ人の姿自体暗闇にかき消されていた。


「時間みたいだね」

そう言いながら今まで女子高生の腕を握って離さなかった男の子が不意にその手を離した…


その瞬間、彼女の身体は業火に包まれた。

そして鈍い光を放つ鎖に拘束されゆっくりと地面の中に引きずり込まれていったのだった…


それを確認し終わった人集は次々とフッと消え去ると、後にはその男の子だけが残されていた。

周りの風景もいつの間にか元の祭りの縁日へと戻っている。




「さてと♪おじちゃんこのりんご飴頂戴♪」

男の子は近くにあった屋台に足を運ぶと、慎重にどのりんご飴が大きいか選んで買っていたのであった………







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