第1章 永久の誓い(11)
ふと右手の中指に目をやったカリヤ公の瞳が優しくなった。カリヤを発つ日、「カリヤでの成功と幸運を祈る」とグラント王から贈られた指環は王子時代にその胸元を飾っていた大きな青金石を二つに分け、特別に作らせた真愛の印だ。執務に励むときも署名をするときも王の存在を身近に感じる。側で過ごした日々が懐かしく思い出されて胸の奥が甘くうずいてくるのだ。
(新王として忙しく公務に励んでおられるだろう。セイランの用事を済ませてからカリヤに寄ると親書には書いてあったが。そうだ、セイランへ行き、大公に会って話をしたあと、王と一緒に帰って来ることにしよう)
大公にきびしく注意して、こんな事件は早く忘れたい。しかし、終わるどころかマリオの災難は嵐の前の突風に過ぎなかった。
大公に早馬を出し、セイランに行くついでに会いたいと都合を尋ねると、国境近くの貴賓館で会おうと返事が来た。その日、大公は少しばつが悪そうに、それでものんきな笑顔で現れ、カリヤ公の𠮟責の言葉を聞いてから、
「しかしタクマは私を愛していると言っても相手になってくれないじゃないか」と甘えた瞳を向けた。「私にマリオをくれないか? ずっと寵愛するし、地位も保証するよ」
「断る。アミラを悲しませるな。私はマリオを手放すつもりはない。今度マリオに手を出せばカリヤへの出入りを禁じるぞ」
「厳しいな、冗談だよ。一度どんなものか試してみたかっただけさ」
「嘘つけ。アムランへ来いと言ったはずだ」
「それは社交辞令だ。一度だけのつまみ喰いだとは言えないだろう。マリオが可哀想だ」
「調子のいいことばかり言うな」
「まだ信用しないのか? 判ったよ。もうマリオには手を出さないと誓う」
「ほかの隊士にもだぞ。判っているだろうな」
「カールとウィルは私に気を許していないし、タクトは気軽に何でもやってくれるが、あんな豹みたいな男はこっちが喰われそうで手も出ないよ。やはり純情なマリオがいいな」
大公はまだ懲りない顔で笑いながら言う。
「マリオがタクマを慕っているのは判っていたさ。だから誘うのは簡単だと思った。関心を持っているのだからね。まったく男まで迷わすとは、タクマは罪な男だよ」
「迷わせたのはリョウではないか」
「しかし女性でもそうだろう? その気になればタクマでも私でも楽に射落とせる。関心を持って期待しながら受け容れてくれる女性なら私もうれしくなるのだが、タクマ、アミラはアムランの慣習になじめないらしい。私は蔑まれているように感じてつらいんだよ」
話をそらしていると思っても心配になる。
「リョウのことだから巧くやっていると思っていたのだが、何かあったのか?」
「メイの存在がばれてしまった。仕方なく、アムランでは普通のことだから公認してくれと誠意をつくして説得したのだが、アミラは許せないと言って態度が硬化した。あんなに厳しい女性とは思わなかったよ。結婚前に打ち明けるべきだと怒るのだ。騙されたと言われては私も腹が立つ。私はアミラの気持ちを考えて黙っていただけなのに」
「そんな弁解は通用しない。何が誠意をつくしてだ? ダイゼンの女性は誇りを持っていると言ったはずだぞ。夫をほかの女性と共有する生活など許せるものか」
「タクマは容認してくれたと思っていたが、私はアミラを愛している。繊細で敏感に反応して私の情感を高めてくれる。しかし少し遊び心が足りないな。もっと楽しめばいいのに。このところ私を拒んで背を向けている。受け容れてほしいのに断られるのだよ」
「夫に裏切られた思いで受け入れられなくなった妻の気持ちを受け止めるほうが先だろう」
「今までは巧く言っていたのに妻と言う女は手強いよ。ずいぶん良くしているつもりなのだが」
アミラを大切にしていると言っても、どこか違うとカリヤ公は感じる。アミラがどんな思いで暮らしているのかと気にかかるが、これ以上は踏み込めない。夫婦で解決すべきことだろう。あまり納得いかないまま大公と別れたカリヤ公は、その夜セイラン城でグラント王に会い、翌朝、馬を並べてカリヤ公国へ向かった。
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