第1章 永久の誓い(12)

 道々「カザルで一騒動あったのを聞いているか?」とグラント王は面白そうに尋ねる。カリヤ公は微笑した。月に一度は便りをくれるモリスの手紙によると、カザルの隣国であるセルド王国からの理不尽な要求を撥ねつけると、セルド王は独立した若いカザル王の力量を試そうとしたのか、騎馬軍団を率いて侵攻してきたという。急報を受けてすぐ迎え撃ったモリスは怒涛の勢いで敵軍を蹴散らし、退却する軍団を追ってセルドに侵攻して猛攻を浴びせ、領土の三割近くを奪い取ったあと、降参したセルド王と条約を交わして終結した。カザル王ダリウスは慎重に構えていたようだが好機を逃さぬモリスの決断は速かった。

「平和を愛する男でも、さすがにダイゼンで鍛えられた男だ。セルド王は驚いただろう」

 グラント王も目を丸くするのでカリヤ公はおかしかった。誇りを尊ぶダイゼンの男は卑怯な脅しに負けたり、黙って耐えたりはしない。どんな強敵であれ敢然と立ち向かっていくものだ。国を護るために軍事力は不可欠なので、カリヤ公国も中立平和を掲げているが軍備は怠りなく、健康なすべての青年に武術の訓練を受けさせている。その一方で芸術家や技術士を育成し、訪れる客のために娯楽設備もつくっているから忙しい。

 カリヤの中央街に入ると、サラ公妃の希望で造成中との公園には四季の花々が集められているし、湖畔には旅館や高級店舗も建てられて賑やかだ。馬を寄せながら、

「タクマは気軽に街へ出かけるそうだが、身辺の警護は大丈夫か?」

 と王が横目でカリヤ公を見た。

「皆、歓迎してくれますから安心ですよ」

「嘘を申すな」王の目が笑った。

「カリヤ美公が今では剣美公だという噂だぞ」

「早耳ですね」カリヤ公は苦笑する。

 街にたむろする無頼の若者が、視察中の君主を軽く見て襲ったとき、カリヤ公は素早く身を躱して一人を倒し、もう一人に当て身を喰らわせ、残る一人を投げ飛ばして動けなくしてしまった。側にいたタクトは若者たちが素手と見て、剣を抜くまでもないと思ったのか、黙って見ていたが、捕らえられた三人は兵舎に送り込まれた。周りで見ていた人々の話が膨れ上がり、いつの間にか十人もの悪者を美公が退治したという評判になったのだ。

「しかし噂ですよ。私は剣など抜きません」

「お互い噂には注意したほうがよさそうだな」

 グラント王は詳細を聞いて面白がる。やがてカリヤ城に入り、サラ公妃の出迎えを受けて寛いだ王は夕食会のあと、アダと舞姫たちの踊りを楽しんだ。群舞も美しいが、アダは相変わらず艶やかで魅惑的な舞いを披露する。しなやかに舞いつづけるアダを、王とカリヤ公はそれぞれの思いを込めた瞳で見守った。

「アダはますます磨き上げて優美になったではないか」と王はそっとささやく。

「お召しになりますか?」端然と前方を見ながら尋ねるカリヤ公の声は少し冷たい。

「ほう、カリヤ公らしからぬことを言う」

 アダの視線を感じながら王は悪戯っぽい瞳をしてカリヤ公を見た。

「アリサの気持ちはどうでもよいのか?」

「判らねばないと同じだと仰言いましたが」

「誰が王妃に言いつけるか判らぬ。いや、余はもうアダを見ても、美しいと思うだけだ」

 まじめな顔をする王を見て、カリヤ公は口許をゆるめた。アダは踊りながら、そんな二人を観察している。力強い抱擁を思い出す恋しいグラント王。碧い瞳が燃え上がるさまを見てみたいカリヤ公。熱い女の情念が美しい踊りに昇華されて観客の心を魅了するのか、すべての視線が集中する。アダはしなやかに踊り終え、さっと姿を消し去った。微かなどよめきが残る。また王がささやいた。

「リョウが望んでもアダに強要してはならぬぞ。もっともアダは断るであろうが」

「判りませんね。大公は油断ならない男ですし、アダもアムランへよく出かけます。どうしようとアダの気持ち次第でしょう」

ふむ、と王はつまらなそうな顔をする。

「何を話していらっしゃるの?」サラ公妃が腰を浮かせて二人を見た。

「国造りを急ぐなと言っているのだ。先は長いからな」王は妹の手を取り、「カリヤ公と仲良く暮らせよ」と慈しむ。微笑ましい光景を周囲の人たちは温かく見守ったが、それが三人にとって二度とない至福のひとときであろうとはだれも想像できなかった。

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