第1章 永久の誓い(6)

 そのアムランに大公妃として迎えられ、希望を持って嫁いだはずのアミラは、ひと月も経たないうちに自信を失っていた。

 品格のあるダイゼン王宮とはまったく異なった世界。自由なアムランに驚きと戸惑いばかりでどうにも馴染めない。度々催される昼食会や晩餐会は華麗ではあるが賑やかで、品良く慎ましい大公妃は除け者にされてしまう。アミラが積極的に話さないのも一因だろうが、みんな朗らかに勝手なおしゃべりを楽しみ、平気でオルセン大公を誘惑しようとする女性たちに度肝を抜かれ、遠慮も節度も知らないのかと腹立たしい一方、夫のほかに頼れる人もいないアムランで、もてもての夫をいつ奪われるかもしれないという不安もよぎる。

 立派に大公妃としての務めを果たす覚悟で嫁いだはずだが、宴会が苦痛で唄や踊りを鑑賞するのもつらかった。そのころ宮廷ではアンナとミレナの姉妹が美しい歌声で喝采を浴びていた。優しく語りかけるような歌と愛嬌たっぷりのしぐさに、男性たちの拍手や口笛が飛ぶ。ベラ・アマリの少し異国風な美声も評判が高く、宴は深夜までなかなか終わらない。ダイゼン出身の歌姫ベラの成功はそれなりに誇らしく、応援したくもなったが、(あなたの燃える手の中で、生まれ変わっていく私…)などという面白くもない歌がなぜ受けるのかしら、と少し冷たく見ている自分もいる。

 アミラは好きな作詞を手掛けてみたものの思うように進まず、教師から「もっと自然にお書きあそばせ」と言われて自信もなくしてしまった。夫のオルセン大公は実に優しく、心配りも行き届いている。みんなの注目を一身に浴び、だれ一人けなすものはいないほどの人気だ。しかし女性たちとの明るく粋な応酬や笑い声が響くと、アミラは自分がみじめになり、その場からすっと消えたくなるほど落ち込んだ。毎日が苛立たしくて満たされない。そんな不安定な状態の中でメイの存在を知ったのだ。

 どう考えてもアミラは自分が狂った歯車に乗ってしまったように思えてくる。回り出した運命の輪から逃げ出したい。夢と期待に胸躍らせて嫁いできた自分に、こんな苦悩の日々が待っていようとは…。夫が華やかな女性遍歴を持つ男性とは知らなかったし、タクマ・アキノも教えてくれなかった。メイという女性の話を耳にして問い質したとき、何年も前から続いている仲だから、結婚したからといって急に冷たく別れるわけにはいかない、と言う夫の言葉に反論したアミラだったが、自分はそんなに冷酷なことはできないとか、正妃以外にいるたった一人の愛人を気にする必要はないなどと勝手な返答ばかりで、アミラ自身の気持を理解しようとしてくれなかったのが悔しく、どんなに国が違うと言われても頷けない。

「以前のことは何も申しませんが、結婚したらけじめをつけるのが当然だと思いますわ」と、アミラは少し強く抗議した。

「なぜ結婚する前に話してくださらなかったのですか」

「話したら、はい判りましたと言って受け入れてくれたとでも言うのか・」

「それは判りませんけれど、仰言るのが筋というものですわ。あなたは私を騙したのです」

「それは言い過ぎだ。私はアミラを愛している。いとおしいからこそ断られるのが嫌で隠していた。その点は謝るが、アミラをいちばん愛しているのは確かだし、私たちの愛情が深まれば彼女の影は小さくなっていくと思うよ」

「ほかの女性にも私と同じようになさるなんて、私はとても耐えられませんから、その方と別れてくださらないなら私を離婚してください」

「何を言うのだ。そんなわがままが通ると思っているのか? アミラは私の妻だし、この国最高位の公妃だ。何も不自由はさせていないし、希望があるなら叶えよう。しかしメイとは長い積み重ねがある。すぐには無理でもアミラが力をつければ済むことではないか」

「そんな勝手な言い分を私は認めませんわ。私はあなたが私を大切に思って身を慎んでいてくださると信じていましたのに、そんな女性と自由に情事を楽しんでいらしたなんて…」

 アミラは思わず涙ぐんで言葉を詰まらせた。

「私はもてるんだから仕方がないよ。それに愛情は減るものじゃないし、アミラを心から愛しているのだから理解してくれ」

「それなら彼女を王宮から退らせてください」

「無理を言うな」「どうして無理なのです?」

 いつまで話し合っても堂々めぐりだ。ダイゼンへ行くたびに、「星の女王」の処へも寄っていたと判ったら、どんなに怒るかもしれないと思いながら妻を抱き寄せ、大公は心の中でため息をついた。これでももてもての身を慎んでいるつもりだし、妻に充分なことはしているのになぜ責められるのかと不満がくすぶる。たまにメイの処へ行くのがどうして悪いのだ? 互いに理解できぬまま、アミラが夜の同室を避けるようになり、冷たく見下されていると感じた大公が、面白くなくてまたメイの部屋へ行ってしまう。外れかかった輪は次第にきしみながら違った方向へ進み始める。

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