第1章 永久の誓い(4)
優美な楽の音が、余韻を残して夕闇に吸い込まれていく。しなやかな白い指が反り、くびれた腰がうねったまま動きを止めたアダは、微笑を含んだ瞳をカリヤ公に向けた。ゆったりと椅子に腰掛け、頤を指で挟みながら観ていたカリヤ公が頷いて手を離した。
「良いだろう。アダの望みどおりカリヤの宮廷舞踊として認め、公に広めることを許す。神秘的で優雅な感じがする。必ず高い評価を得て評判になると思う。より励むように」
「有難うございます」アダはほっとしたように、美しく化粧した顔をほころばせた。
「三十人ほど教えていますが、数人はどこへ出しても恥ずかしくないように仕込んでございます。初披露はいつのご予定でしょうか」「グラント王は半月ほど後に来訪されるが、アムランのオルセン大公が三日後に来られる。どちらでもよい。アダに任せよう」
楽士たちは静かな調べを流して興を添えている。金の装身具を揺らしながらアダはちょっと首を傾げてカリヤ公を見た。
「リョウ・オルセン大公ですか…」
「以前アムランにいたそうだが、大公とは知り合いなのか?」
「いいえ別に。多少は存じ上げておりますが」
うむ、と頷いたのは初披露が三日後ということだ。貴賓客のもてなしに美しい踊りは喜ばれる。カリヤの伝統芸術を高め、平和な文化国家だと周囲に認めさせる役目も担っているので、アダは衣裳も豪華ななかに品の良い物を選び、舞曲にもこまかく気を配って準備に怠りない。こんな幸せな日々が訪れるとは予想していなかった。記憶はぼんやりしていても、幼い頃に親しんだカリヤ王宮は懐かしい。身内の優しい声が四方から聞こえ、喜んで護ってくれるように感じるのだ。
グラント王の意を受けて王宮への出入りを許し、伝統舞踊とアダを庇護するカリヤ公は、相変わらず端正な表情で、どこかアダと距離を置いている。一見優しい瞳だが、踊りながらなまめかしく誘いをかけてもまったく寄せつけない。アダはカリヤ公の吸い込まれそうな深い碧眼に惹かれる自分を制し、けっして狎れなれしい態度は見せず、サラ公妃の信用も得ようと努めているものの、あれこれ想像してしまう。カリヤ公の燃えるような視線はアダを求めているのではなく、グラント王との秘事を知っていて責めるがごとくに、時折り矢よりも鋭くアダの瞳を射抜いて心に衝撃を与えるのだ。
あの夜、寝室の奥の部屋を通り、そっと秘密の階段を降りたのだから、だれにも知られたはずはないと思うが、どうにも気にかかる眼差しだ。しかしそれは別の見方をすれば、カリヤ公がグラント王と特殊な親密さを保持しているからに他ならない。グラント王と愛のひとときを共有した女性に、複雑な感情を抱えつつ押し殺しているのかと思うと、アダは身がすくんでしまう。もし仮にカリヤ公を誘惑しようとしたら、厳しく拒絶されるか、反対に砕け散るほど強く感情をぶつけられるか…結局アダはカリヤ公に冷たく背中を向けられる自分の姿を想像し、王宮への出入りを禁じられる情けない場面を考えて安全な道を選ぶ。それでも、想いの世界だけで満足できるのかと、アダはカリヤ公を見守りつづける。サラ公妃を愛し護っている以上に深く不思議な愛の世界があるのをアダは感じ取っていた。判っていても惹かれる。慕わしいグラント王とは異なり、なぜか心をゆさぶられるカリヤ公の真の姿を見てみたい。厳しく整った表面の顔を引き剝がしたら、激しい情熱を持っている男性のように思えるのだが、それが知りたい。
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