第1章 永久の誓い(3)

 カリヤではサラ公妃が、一つ年上の従姉マイヤを儀礼的に温かく迎え、馬車で自慢の公園や湖に案内した。碧いキラ湖の輝きも、美しく流れ落ちる滝も評判通りだ。が、セキトはマイヤがカリヤ公にいろいろ尋ねる様子を、知らぬ顔をしながら注意しているサラ公妃の瞳と合って、(判っている)という意味を込めた苦笑を送った。カリヤ公は礼儀正しく控えめにしているのだから文句は言えない。美男を夫に持つと苦労するよ、と同情したくなる半面、(タクマがほかの女性に手を出すはずはないのに)と言ってやりたくなる。だからこそ妻があこがれの瞳を向けていても平気でいられるのだ。しかし、もし自分でなくタクマが独身でアガシアへ行っていたら、きっとマイヤは目の色変えて飛びついていただろうと思うと少々心が傷つく。

それでも夜、ふたりで酒を酌み交わしながら会話を楽しんでいると、昔と少しも変わらない男同士の気安さで心がなごんだ。

「タクマは酒が強くなったな」とセキトは以前の親しい呼び方で言った。

「前はあまり飲まなかったから好きではないのかと思っていた」

「急事に備えていつも神経を遣っていたからさ。今は皆が気を配ってくれる。酔っても安心だ。今夜はセキトと一緒で特に美味い。セキト、例の酒場へはまだ行っているのか?」

「その話はやめろ。急には無理だよ。それよりリョウ大公は遊びに来たのか?」

 セキトは話を変えて意味ありげに訊く。

「タクマと楽しみたいとか、女なら王子と決闘してでも奪い取るのにとか、さんざん言っていたが、今はどうなっているのだ?」

「酔っぱらいの寝言など本気にするな。何もない。酒がまずくなるからやめろ」

「素面の時にだよ。まあいいか。アムランの恋愛文化は理解しがたい。ジョウも、ベラがアムランばかり行って別居状態だと嘆いていた。歌のほかに男もいるらしい。仮装結婚だな」

「本当か? セイランへ行ったというが、まだジョウとは会っていないのだ。私生活もよく知らずに結婚を急ぐのは危険だよ」

「あまり他人のことは言えないが、問題が出て悩んでも当たり前ということか」

「相手を理解して受け容れれば、ある程度はうまくいくだろうが、夫婦は互いに認め合い、協力していく愛情が必要だ。妻にそっぽを向かれてはどうにもならない」

「カリヤ公夫妻は相思相愛だという評判だが、タクマはうまくやっているよ。妻に、夫の自由を認めて束縛するなと言っては駄目か?」

「駄目だね。セキト、マイヤ王女は素直で情熱的な女性だと思う。セキトが充分な愛を注げば十二分に応えてくれるさ。花を育てるには水が要るのだ。巧くやれよ」

「そうかな。面倒な花をもらってしまったな。つるも棘もついているぞ」

「もうあきらめろよ、セキト」

「なあタクマ。永久の誓いというのは信用できるものかなあ」

「酔っぱらったか」とカリヤ公は顔を覗き込む。セキトは部屋に戻ると言いながら立ちかけて、また腰を下ろした。カールが気づいて肩を貸し、ウィルにも支えられて出て行ったあと、カリヤ公は酒杯を片付けさせて、独り物思いに耽った。

 セキトの婚儀に行ったとき、王宮は第二王子誕生で喜びに満ちあふれていた。生まれて間もないエンリ王子はグラント王そっくりの髪と目鼻立ちで、王は(今度は女児が欲しかった)と言いながらもうれしそうだったし、アリサ王妃もより優雅な落ち着きをみせて、国王夫妻には何の心配もないが、親しかったジョウはセイランから戻らず、どうなったのかと気にしていたところへ、思わしくない話を聞かされたのだ。たしかに家庭的な女性とは思えなかったし、自分の才能を活かしたいという妻の希望を容れれば、普通の結婚生活は無理かもしれない。しかし不倫を隠すための結婚か、歌姫としての信用を増すために夫の存在を求めたのか、リョウ大公がベラをなかなか手強い女だと言ったことを思い出し、ジョウに会って話を聞きたいとカリヤ公は思った。

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