スプリング・スプリング・スプリング #18
夢で伊織ちゃんに会った。私の姿はわからないけど伊織ちゃんは小学生だった。
一緒に小学校の校庭で遊んだ。夢の中の私はどれだけでたらめに走っても転んだりしない。伊織ちゃんと同じくらい速く走れる。すっごく楽しかった。やがてキーンとした聞いたことない不気味な音楽が鳴り響く。五時の合図なんだと思った。
「長山!また明日ね!」
帰らないでほしかった。ちょっとくらいいいじゃん!もっと遊ぼう!だけど伊織ちゃんのお母さんが少し厳しい人だってことを思い出して観念すると目が覚めた。
今日は特別な水曜の放課後。いわちゃんとアイスを食べる約束をしていた。
暑くなったからか購買で売ってるアイスの種類がどっと増えていた。パッケージを見てるだけで楽しいのにどれも美味しいとはなんて素晴らしいのでしょう。しばらく迷ったけどソーダ味の棒のアイスにした。
食堂でいわちゃんのバニラアイスを一口もらう。私のも一口あげた。口の中でバニラとソーダが混ざって消える。冷気で満ちた食堂にふさわしい味だった。いわちゃんの顔もとろけた。かっこいいいわちゃんが時折見せてくれるやわらかい表情が私は好きだった。
今度、小学校の同窓会がある。そのことをアイスをかじりながら話した。秋西くんがまとめ役だってことも言った。
「秋西そういうのやるタイプだったんだね。意外」
全然意外なことではない。だってクラス委員だった。運動神経が良くて体育の時間にやったドッジボールにも作戦を練ってまで参加していた。友達が多いし先生に頼られて女子にもモテた。リーダーだったのだ。
いわちゃんの秋西くん像はかなり違った。運動が得意で野球を頑張っていた。いつも人に囲まれてる。それは変わってないようだけどフランクな雰囲気を出す割に人に関心はないように見えたそうだ。
「中学生になってクールぶるようになったのかな?」
思春期のせいなのではないか。私の予想にいわちゃんは笑った。おかしいことじゃないと思う。私もできるならクールに振る舞いたいものだ。
でも、そうか。彼は変わってしまったのか。もう伊織ちゃんが好きだった秋西くんじゃなくなったんだ。
「あたしの中ではイケイケリーダーボーイだけど、仲が良かったいわちゃんの知る人物像のが正しいだろうね」
「仲、良かったのかな…」
「仲良しかと思ってた。ただの知り合い?」
いわちゃんは口をもごもごと動かす。言葉を探しながら話し出した。ここまで私は鈍感だった。いわちゃんの言わんとすることは予想できない。
「あー…秋西とは、知り合、うーん…」
ようやくわかった。
「一応、付き合って──」
「お付き合いしてるの!?」
どうしてだろう。聞きたくないのに野次馬スイッチが入った。嫌なのに知りたい。緊張してもはしゃいでしまうけどこんな時もハイテンションになってしまう。クールになるどころじゃない。
「いや…」
「え〜!美男美女カップルだ!素敵!いいなぁ!」
いいわけあるか。でも二人が並べば少女漫画だ。伊織ちゃんとだってそうだったはずだ。私もそうだったら良かったのに。
「美女じゃないし、もう連絡も取ってない」
「そう、なんだ…そっか…ごめんよ」
いけないことをしてしまった。自分のことばかり。人の話を聞かずに人から話を聞き出そうとする。ずけずけと踏み込んでしまう。
「そんなに申し訳なさそうにしないで」
「だって…」
こんなデリケートな話題に触れられたくないでしょう。私なら嫌だ。恋人なんていたことないけど軽い興味本位で聞いてくる人に言いたくない。
でも、いわちゃんはとっくに吹っ切れているのか秋西くんとのことを自ら話してくれた。卒業式で一方的に別れを告げられたこと、それに深く追究できなかったこと、好きな人がいないなら俺と付き合ってと言われて断れなかったこと、一回だけ手を繋いだこと。
「お付き合い始めてからも好きにならなかった?」
「わかんない。一緒にいて楽だった。だからダメだったんだね。秋西は中学で終わらそうって考えたんだろうなぁ」
全然好きじゃない人と恋人になれるものなの?少しでもいいと思ったから断らなかったのではないの?そんな疑問が浮かんでしまう。言うべきじゃない。できるなら私はいわちゃんの味方でいたい。
「…別れるってことでいいの?って確認したり、どうして別れるの?って話さなかったの?」
「話したくなかった。友達にも私が悪いって言われたよ。そういうところが可愛げがないんだってさ」
いわちゃんも意地を張るんだ。人に頼らず強がることもあるんだ。お友達の言う可愛げがないってこういうことなのかもしれない。案外プライドが高いのかな。だけどとてもいじらしい。予想外のことがあってもそんなことどうってことないと装いたい。私は駄目。うろたえてしまう。
秋西くんとお友達に怒りながらも、いわちゃんを疑いながらも、私はいとおしく思う気持ちでいっぱいになってあれこれ言い続けた。止まらなかった。
言いたいことをひとしきり言うと、いわちゃんはいつもの調子でぽつっと話す。
「愛嬌がないんだって。昔から言われる。笑わないねって」
「いわちゃんよく笑うのに!?」
「そう?」
「そうだよ!ちょいクールビューティーだけどそこがミソなんでしょうが!いわちゃんの笑顔を知らない人はいわちゃんを知らない人よ!」
ぽかんとしてからいわちゃんは微笑んだ。私をおもしろいと言う。褒められているのだろうか。恥ずかしい。
「それにしてもイライラモヤモヤするね!」
「ごめんね。変な話聞かせちゃった」
「いいの!あたし、同窓会行っても秋西くんとは絶対口聞かない!」
「秋西かわいそー」
「かわいそうじゃない!」
一言も話すもんか。気づけばアイスの棒をかじりにかじって竹ぼうきのようにしていた。これじゃ物足りない。大きな声を出したい。いわちゃんをカラオケに誘った。寄り道だ。
いわちゃんの歌声は大変かわいらしかった。話す時とはまた違った高い声が心地いい。意外なことに昔の歌にも詳しいようだった。
「親がね、音楽好きな人でよく家とか車でかけてるんだよね。邦楽もだけど、オールディーズって言うの?古い洋楽流してるのも横で聞いてた」
「え~!?歌って!洋楽!」
「英語無理」
「あたし、歌える英語の歌あるんだ~」
きっと多くの人が耳にしたことのある名曲を入れた。カタカナで読み方を書いたような発音しかできないけど中学一年生のうちに習いそうな単語ばかりで歌いやすい私の十八番。君と手をつなぎたいと歌ってるかわいい曲だ。邦題ではハグしたがっている。日本語の方が情熱的なのがギャップがあっていい。
いわちゃんもこの歌を知っているようで手拍子を入れてくれた。私は気分良く歌っていたけど最後の最後のサビで音を大きく外した。歌うことは特別下手ではないと思ってるけどこんなに素っ頓狂な歌声は自分でも珍しかった。恥ずかしい。
「あと少しだったのに、どうして、長山さん、んふ」
口を手で押さえていわちゃんはくつくつと体を震わせて笑い出した。やがて大声を出して笑った。
「そんなに笑う~?」
「だって、だって。本当に、あとちょっとで、歌い終わったのに。ずっと上手に、歌ってたのに」
涙を拭っていわちゃんは笑い交じりに話す。
「笑いすぎよ…」
「あぁ、おもしろい。もうこの曲聴いたら長山さんの歌思い出しちゃうなぁ」
いわちゃんが笑わないって言う人は何を見てきたの?今、これ以上笑わなくていいってくらい笑っている。私の前だけなの?そうならそうでいい。いくらだって歌うよ。だから秋西くんを忘れてね。友達の言葉も上書きするからね。ずっと楽しい気持ちでいてね。
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