スプリング・スプリング・スプリング #13
八班は何かと七班と組んで行動することが多い。七班のやえーちゃん、狭間ちゃん、虎ちゃんの三人はおもしろい人たちで話すと楽しくて悩みを相談しようとしても話がそれて結局何もならない。やっぱり我がよりどころは八班である。
「二人が初めて美術館に行ったのはいつ?」
カツサンドをかじるひので君は私の問いに答える。
「ん~…中一?校外学習で行った」
「中学で行ったんだ!いいなぁ」
「でも俺まだその頃は他人の絵を見るってのがつまんなくて退屈だった」
「そっか…」
うちの中学でも行けば良かったのに。興味ないとか近くにないとか入館料が高いとか時間がないとか理由はいくらでもあるだろうけど学校行事にしちゃえば強制的にごっそり連れて行ける。何を感じるかは自由だ。とにかく誰でも人生で一度は行って空気を吸っておくといい。何が何のきっかけになるかわからないんだから。
「真生君はどうだった?」
「小学生の時からちょくちょく連れて行ってもらってた」
「え~!いいな~!」
「親がそういうの好きな人だから」
「家族の趣味って大事だよな。俺んちは芸術と無縁だわ」
「あたしの一族もそうかな?あ、でも叔父さんがちょっと高いカメラ買って目覚めてる!」
「写真か。いいねぇ」
私は両親に自由画帳とクレヨンを与えられた。持ち物リストの必需品だったから。絵具の違いやアタリの付け方なんてものは教わらなかった。もし小さい時から本格的に勉強してたら私は今よりずっといい絵を描けてたのかな。そう考えると遠い気持ちになる。
「もしもさ、美術館行ったことない人を連れて行くならどこ選ぶ?」
気を取り直して二人に再び質問を投げかける。こっちが本題だ。
「そらぁ相手の好みに合わせるしかない」
「俺もそう思う」
「そういうの一切ない人だったら?画家とか美術史とか全然詳しくない人」
「はー?何で美術館行くの?興味ないなら連れてかなくていいだろ」
「意地悪言わないでよ…」
「えぇ?別に意地悪じゃないけど。特に条件がないなら近場でいいんじゃないの?上野とか。…そのもしもの話って本当にもしもの話?はじめくんの知り合いの話?」
こういう時って私はごまかせないんだ。濁す必要もないんだけど。
「…知り合いの話。体育科の友達なの。一緒に行きたくて」
「デート?」
「デート!?」
「ただの友達と二人で行くの?」
「ただの、友達…?」
「何だよ…こっちまで照れるじゃん…」
ひので君が思っているような情ではない。それなのに顔が赤くなったのがわかる。恥ずかしい。
「…もっと仲良くなりたいと思ってる友達と、二人で行く」
「ふぅん。相手がどんな人なのかわからんから何とも言えないけど、ゆっくり話したいなら庭あるとことか飯食うの好きならレストランで選んでみるとか考えようはあるよ」
「おお…!なるほど!そうだね!」
ひので君は食べ終わったカツサンドの袋をぐしゃっと丸める。面倒臭そうな雰囲気を出すくせに考えてくれるんだから優しいと思う。真生君は彼の提案を聞いて微笑んでいた。
「真生君は?デートで美術館行くならどうする?」
「デートはわからないけど、有名な絵が見れたら詳しくない人も楽しんでくれるんじゃない?ポピュラーな特別展、結構やってた気がする。職員室で見た」
「職員室かぁ」
「ながも見てみたら?」
美術科の職員室には美術館のフライヤーがたくさん置いてあって生徒は自由に取っていいことになってる。そこから選ぶってのも手だ。
名案に従って放課後に真生君と職員室へ寄ることにした。ひので君は用事があるって帰った。意外と忙しい人だ。
真生君はフライヤーを集めるのが好きで頻繁にもらいに行っているらしい。運がいいと招待券をもらえることもあるんだって。
「集めたフライヤーどうやって保管してるの?」
「クリアブックに入れてる。たまに見返してる」
「行ってない展覧会のも集めてる?」
「うん。フライヤーのデザイン見るのも楽しいから」
職員室の廊下にはフライヤーラックが並んでいる。色とりどりのフライヤーは小さな美術館だ。真生君の言うこともわかる。
「廊下のは都内の開催中と直近のやつ。それ以外は職員室の中に置いてあるよ」
そう言って真生君はまだコレクションしていないであろう展覧会のフライヤーの数種類を抜き取った。私も目ぼしいフライヤーを選ぶ。自分が行きたいのといわちゃんも気に入ってくれそうなもの。この中からいわちゃんと行くことになる美術館はあるかな。
職員室内のフライヤーも見た。これから始まる展覧会や地方のものだ。
「これ、東京でもやってほしい」
「わぁ!きれい!素敵だけど長野は遠いね…」
「うん…」
真生君は長野県で開かれるガラス工芸展のフライヤーを一枚取った。私ももらう。カラフルなガラスがキラキラしている。美味しそう。小さい展覧会なのかな。入場料は安いけど交通費が大変だ。千葉や神奈川なら行けるけど、ひので君が言っていたように目的が特別ない初めての美術館は近い場所が好ましい。
「ながの友達は漫画とかファッション好きな人?」
「ん?」
「よく漫画家とかブランドの展覧会もやってるよね。ほら、これとか。俺はあんまり知らないけどこういうのも初めての美術館向きかもな」
「そうだねぇ」
私はまだいわちゃんの好きなものを把握しきれてない。だからこうしてあれこれ考えてるんだけど。
職員室から出てもう一度廊下のフライヤーを眺めた。さっき一通り目を通したはずなのに見てなかったものがあった。
「あっ、これ!!!もうすぐ始まるんだった!行きたい!」
「混むぞ」
「やっぱり?平日狙いたいな…」
きっと誰もが一度は見たことがある絵。歴史的、世界的に有名な私の好きな画家の好きな作品が東京にやってくる。テレビ局や新聞社が主催する企画展は大混雑だ。特別番組で紹介されたり駅の広告でも大々的に取り上げられて大勢の人の好奇心に火を点ける。人が集まれば長時間待つしちょっとの時間しか見れない。わかってるのにそれでも行ってしまうものだ。
美術館初心者をここに連れて行くのはよそう。美術館のレストランできれいな庭を眺めながら二人でゆったり語らう姿を想像した。
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