スプリング・スプリング・スプリング #12

 雨音が脳内に優しく響いて私の瞼を勝手に閉じようとする。座学は苦手だ。中学の日本史もすぐ眠くなって先生の話をきちんと聞けなかった。興味を持てた時代もあったけど年号や人名がなかなか覚えられなくてテストは散々だった。それは日本史に限らないんだけど。

 少なくとも今は自分で選んだ好きなことを学んでいるんだから寝てはいけない。ノートもしっかり取らないと。左の親指と人差し指の間を揉んだ。前に佐己小さんが教えてくれた目が覚めるツボだそうだ。程よく痛くて気が紛れる。早く全部の授業終わらないかな。今日はいわちゃんと帰る水曜日。


 待ちに待った放課後。電車の中はじっとりしていた。もっと空調を強くしてほしい。そろそろまた晴れてくれないかなぁ。

「陸上部の室内練習ってどういうことしてる?筋トレやる?」

「筋トレするね。鉄棒使ったり。あとは廊下ダッシュと階段ダッシュ」

 ひたすら走るんだ。走らないと駄目なんだろうな。絵もそう。とにかく毎日描くように言われてる。描けない日だって描く。描けないのに、描きたくないのに描かないと不安になって結局描いて最後は全然上手く描けてないって反省する。それでいいのかわからない。とりあえず毎日描くのだ。

「アクション部も雨の日は室内練だって言ってたよね」

「そうだね。だけど昨日は久々に丸一日雨が降らなかったでしょ?だから外にマット出してアクションの練習して…」電車がカーブに差し掛かって大きく揺れた。「先輩がね、お、おおっと」

 吊革に掴まってたけどバランスを崩して体がガクンといわちゃんとは反対側に傾いた。それと同時にいわちゃんは私の肩を掴んで元の位置に戻してくれた。

「踏ん張って」

「ありがとう…」

 なんてスマートな対応なのでしょう。かっこいい。こうやって何気なく人を助けられるっていい。私ならすぐに反応できないし、もし間に合っても一緒に倒れそうだ。簡単に想像が付いてしまうな。


 私たちの家の最寄り駅に着くと改札でいわちゃんが中学時代の友達に声をかけられた。

「長山さんも一緒!?二年の時、同じクラスだったね!」

 お互いに関心はなかったはずだけど私のことも覚えていてくれてびっくりだ。確か女子バレー部の子。バレー部だけど背はそんなに高くなくてそれが印象的だった。席も近くなったことがある。その頃は最低限の会話だけ頻繁にしていた。おはようって言ってくれたから私も自分から言うようになった。それだけの仲。でも、もしかしたら私といわちゃんはこの子を通してニアミスしていたのかもしれない。

「二人って仲良かったの?知らなかったよ!」

 そう。今現在の私といわちゃんは仲良しなのだ。中学の誰も知ることのない事実である。

「磐井は帰りいつもこの時間?」

「いや、部活の日はもっと遅いよ」

「相変わらず陸上頑張ってんだね!偉いなー!」

 卒業ぶりの再会のようだし私は先に帰ろうかとも考えたけどいわちゃんの様子がどこかおかしくて二人きりにさせたくなかった。上手く表現できないけどお友達に対してぎこちない。だけどいわちゃんはいつもこんな風にも思える。よくわからない。なので存在感を薄めて黙って二人の会話を聞いていた。

「今度遊ぼう!一組の子たちに連絡するから」

「うん。部活あるけどなるべく予定合わせるし日程決まったら教えてよ」

 それってもしかして行かないやつではないか?私は本当に「行けたら行く」と思ったらそう言うけど、行くつもりのない「行けたら行く」があるのも知っている。

「そうだ!秋西も呼びなよ!ね!」

 秋西くん。口から飛び出しそうになった。いわちゃん、秋西くんと仲良かったのか。同じグループに所属していたの?言われてみれば同じタイプっぽいか。彼もそこまでオラオラしてないけどにぎやかな運動部の集団にいそうだ。


 別の秋西くんである可能性にすがって、いわちゃんがお友達と別れてから尋ねた。秋西って名字は同学年に一人しかいないんだけど。

「ねぇねぇ、秋西くんって三組の人だよね?野球部のかっこいい子」

「うん」

 秋西くんは秋西くんだった。わかってたはずなのにがっかりした。私は直接関わらないけれどいつまでもついて回る人なのだろうか。

「長山さんはどう?六組の人たちと会ってる?」

「…クラス関係なく仲の良かった子とは映画とか美術館行ったよ」

「美術館…」

「いわちゃんも美術館好き?」

「え!?全然!難しそう!」

「え〜!?気軽に行けばいいのに!楽しいよ!もし、おもしろそうな展示あったら声かけてもよろしい?いわちゃんの部活が忙しくない日にするから。一緒に行こ?」

 全力で美術館を拒否されてしまったことも悲しくてペラペラと言葉が出た。その人にとって興味ないこと、合わないことを押し付けるのは良くないってかつて学んだはずなのに。

「いいよ」

「本当!?」

「うん」

 あの友達みたいに予定が合ったらって言わないんだ。信じていいのかな。買い物一緒に行こうと友達に言われて日時や待ち合わせの相談をしたら「本当に行くことになるとは思わなかった」って言われたこともある。遊びに関しては有言実行の人間だ。

「本当の本当?」

「本当だって。もう」

 いわちゃんはあきれるように笑った。

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