スプリング・スプリング・スプリング #02

ㅤ健康な体を持っているけど歩くことさえままならない。ぶつかったりつまずいて倒れることも、歩いている自分の足と足がぶつかって何もない場所で転ぶこともある。それでいて私は大人しい子供ではなかったから膝や鼻の頭に絆創膏をよく貼っていた。私を連れて出かける家族は絆創膏と消毒液が必須だった。

ㅤ歩くだけでこんなんだから運動は大変。体育の授業は健康どころか危険だ。小学生になっても私は正しく動けなかった。

 私の次くらいにクラスの足を引っ張っていた子がいて運動音痴をきっかけに仲良くなった。おかげで冷ややかな体育の時間を大嫌いになって逃げ出したりせずやり過ごすことができた。

 その子は暗算が得意だった。紙も鉛筆も使わず計算できるなんてすごい。私もできるようになりたくて教えてほしいと頼むと校庭の地面に指で書いてどういう計算を頭の中でしているのか説明してくれた。頭も良くない私は理解できなかった。この後、九九に苦労することにもなる。


 私は人のいいところを見つけると同じように振舞いたくなる質らしい。素敵だと思えば自分もそうなりたい。とりあえず自己流で真似た。憧れるのが好きみたい。

 一、二年生の頃はクラス全員が友達だったけど気づけば周囲は同性同士、趣味が同じ同士で遊ぶようになっていた。私はあまり交流のないクラスメイトにもガンガン話しかけていた。誰とでも友達になれると信じてたから。

 同じシリーズの本を読んだことでクラス一の読書家の子と話すようになった。あやとりの得意な子に教えてもらって一緒に遊ぶようにもなった。私はそのシリーズの本以外は滅多に読まなかったし、あやとりの子も私より先に飽きてしまったようだった。こんなものだ。


 小学四年生の頃、自分たちの住んでいる地域についてテーマを決めてグループ発表をする授業が始まった。私の班は神社とお寺を調べることになって実際に訪ねてインタビューさせてもらった。質問内容を整理して模造紙に写真や文章でまとめる。私は主に模造紙の制作を担当した。絵も字も上手だからって頼まれた。やる気満々だった。

 三日後に発表を控えた日、私は珍しく熱を出して早退した。模造紙はほとんど出来上がっていた。残りの下書きの線をなぞることは誰にでもできるので班の子たちに任せて家へ帰って休んだ。発熱は二日続いた。

 完治して元気に登校すれば発表の日だ。模造紙がきちんと完成されていて安心してるとリーダーからプリントを渡された。

「これ、読むところの担当。長山さんはここ読んで」

 プリントには模造紙の補足の説明文が十行くらい書かれていて私の割り当てられた二行は星印で示されている。声に出して読む練習の時間は取れなかった。その時はまだ何とかなると思っていた。

 発表会が始まって私たちの番が近づくにつれ不安で頭がいっぱいになった。病み上がりで気弱になっていたんだと思う。

 班のみんなは文章を覚えていて私だけプリントを持って教室の前に立った。それがやけに恥ずかしかった。案の定、私はプリントを見ても言葉が出ずに頭が真っ白になって黙ってしまった。いつもは大きい声が出せるのに。しーんとした波のない海に助け船を出してくれたのは副リーダーの子だった。

「そして、こういった理由があって──」

 私の隣の隣に立っていたその子は接続詞で繋ぎとめて私の担当箇所を丸々読み上げた。全文暗記していたのだ。

 発表が終わった後に私は感謝を述べた。それさえつっかえて上手く言えなかった記憶がある。

「たくさん練習しといて良かった!長山さんの役に立てたもんね!」

 笑って私のお礼の言葉を受け取ってくれた。この子をかっこいいと思った。だけど真似できない。どうしていいかわからなかった。グループ発表が終わって班は解体され、毎日話していたその子とも挨拶しかしなくなってしまった。


 そんなことを佐己小さきこさんに話した。家族と友達に話しづらいことはいつも佐己小さんに聞いてもらってる。

「仲良くなりたいのに何を話そうか考えちゃう」

「珍しいこともあるのねぇ。あなたの人見知りしないところ、すごいと思ってたけど」

「変なこと言って変な子って思われたくないの…」

 幼い頃は物怖じをしない子だと大人によく言われていた。肝が据わっていると褒められたけど、つまりは恥知らずなのだ。だけど小学生を四年もやっていれば自分が周りにどう思われるのかを意識するようになっていた。自分で思ってる以上に自分は運動が下手とか馬鹿だとか嫌でも知らされる。

「佐己小さんは私をどう思う?」

「少し大人になったね」

 真逆だと思った。きっと大人ならもっと話すのが上手なのにと歯がゆかった。

 もしかしたら初恋だったのかもしれない。底が見えるようなとても浅い恋。だけどあの子とごく普通の友達になれただけで十分だった。


 そんな中、親友ができた。四年生の二学期の席替えで私の後ろになった伊織いおりちゃん。男っぽい名前という共通点が距離を縮めてくれた。赤とピンクが好きなしっかり者だった。私よりしっかりしてない子のが珍しいけど、友達の多い子で二学期のクラス委員だった。そんな子が私に構ってくれるのだ。嬉しかった。

 伊織ちゃんは賢くていつもどの教科も九十点以上取れる。本人曰く図工や音楽、体育は苦手らしい。体育に関しては自信を持つよう言ったこともある。そんな私に「長山はへこたれないところがいい」と言ってくれた。

 それから私の図工の作品をどれも気に入ってくれた。先生よりも大袈裟に心から褒めてくれる。感想を述べるのが上手だった。伊織ちゃんのようになれたら素敵だろうと思った。心から大好きな友達だった。

 彼女とは卒業するまで同じクラスになれた。五年生、六年生と学年が上がると一部の女子は好きな男子の話をするようになった。私は興味ないふりをしていたけどついに伊織ちゃんまで恋してしまった。

 相手はクラス委員の秋西あきにしくんだった。私にだけ教えてくれた。学期ごとにクラス委員は変わるけどやりたがる男子がいないのでずっと秋西くんがクラスをまとめている。確かにリーダーシップはあるしスポーツが得意で顔も悪くない。私が体育の授業ですっ転んだ時にも心配してくれた。伊織ちゃんが好きになるのもわかる。私もタイミングが合えば好きになったかもしれない。

 でも伊織ちゃんの好きな人を後になって横から好きになるなんてありえないし、何より伊織ちゃんの気持ちを手に入れた彼が妬ましい。この頃の私は嫉妬の鬼だった。彼らのことだけではなく家でも。


 私は一人っ子で両親と両方の家の祖父母に愛されて育った。それと父方、母方合わせて九人の叔父と叔母。みんな幼い私を取り合っていたらしい。家に遊びに来るたびにおもちゃやお菓子を用意してくれて、週末は色んな場所へ遊びに連れて行ってくれた。私は一族のおひいさんだった。

 でも十二年あれば失脚もする。独身者ばかりだった叔父叔母には結婚し子供ができた人もいる。赤ちゃんが見たくて楽しみにしていたけれど構われる回数がガクンと減って後悔した。泣き叫んで大暴れしたかったけどかっこ悪いことだとわかっていたからこんなこと佐己小さんにしか言えなかった。

「みんな、あたしのことなんかもうどうでもいいのかも」

「あなたのことが邪魔だって?どっか行けって言われた?それでここへ来たの?」

「言われてない!でも…」

 叔父や叔母たち、伊織ちゃんの一番になれないんだと思うと悲しくて仕方がなかった。両親も祖父母たちも私よりお互いが大切なのかもしれないと落ち込んだ。

「祝にとって一番は誰なの?」

 佐己小さんは私の頬を両手で包むとそのまま手のひらで揉んだ。私は答えられなかった。

「あなたも誰か一人を一番に思える?」

 覚悟を問われると怖くなって泣いた。まるで目の前で死にそうになってる大切な人たちを一人だけ助けるなら誰にするか問われているようで恐ろしかった。選べない。みんな長生きしてほしい。

「私も今日まで生きてきて一番好きな人を答えるのは難しい。でも祝のことだって大好きだよ。赤ちゃんの時から今も」

「あだ、しも、佐己小さん大ずき…っ」

「ありがとう。それで私は満たされるわ。大好きな人がたくさんいるならその人たちを大切にして」

「ぶんっ」

「もし、いつか本当の一番の人が見つかったら佐己小さんに報告してね」

「ばがっだ」

「やきもち焼きなあんたもかわいいわ」

 佐己小さんは涙と鼻水を拭いて抱きしめてくれた。

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