スプリング・スプリング・スプリング #03

 ぐらぐらと茹っていた嫉妬心がちょっとだけ蒸発すると私は恋のキューピッドになりたがった。伊織ちゃんと秋西くんを接近させようとあれこれ考えた。アイディアだけは多く出せる。

 結果を言うと私は何もできなかった。ライバルが多い。噂であの子もこの子も秋西くんが好きだと聞いた。秋西ファンクラブ会員は他の組にもいたのかもしれない。みんな様子を見ているようで拮抗していた。変に動けなかった。

 それに肝心の伊織ちゃんは秋西くんとどうこうなりたいわけではないようだった。

「秋西くんに好きって言わないの?」

「言わない」

「言わないんだ…」

 放課後は校庭のブランコに揺られながら語ったものだ。

「長山は?好きな人いないの?長山から恋愛の話聞いたことないよ」

「あたし!?」

 相変わらず素敵だと思った人の真似をこっそりしていたけど、その人と恋人になりたいなどは考えなかった。伊織ちゃんには告白させようとするくせに自分では思いつかなかった。誰かと恋人同士になるなんて今でも想像できない。

「あたしは…」

「長山は子供だからなぁ」

 いおりちゃんが立ち漕ぎをすると表面が錆びたブランコはギコギコ鳴った。

「長山には先に言っておくけどね、私、小学校卒業したら引っ越すんだ」

「は!?や!嫌だ!!!どうして!?どこに!?行かないで!やだやだやだ!」

 てっきり中学も近くの同じ学校へ行くものだと思っていたものだから私の混乱はすさまじかった。

「家の都合。でも近いんだ。電車一本で会えるよ」

「会える?」

「会える!中学生になっても遊ぼう!」

 本当に伊織ちゃんは秋西くんに思いを伝えなかった。それでも伊織ちゃんは晴れやかな顔をしていた。卒業式の前日、秋西くんがクラスの女子に告白されてるところを私は見てしまってまるで私が振られたような気分になったものである。

 卒業式が終わってよく一緒に遊んだり踊ったりしたサルビア公園で固く握手して私は伊織ちゃんと別れた。まるで永遠の別れだった。

 だけど春休みには何度も遊んだ。中学の制服を見せ合ったり一緒に絵を描いたりゲームセンターに行ったり。とっても楽しかった。これなら想像以上にさびしさが大きくなることはないって安心した。


 中学生になると途絶えた。伊織ちゃんから連絡は来なくなった。住所や電話番号などの個人情報をまとめたメモを渡してくれたのに私はそれを失くしてこちらからコンタクトも取れなくなった。お互い様ってことにしてほしい。

 薄情だけど環境が変われば心持ちも変わって伊織ちゃんのことはどんどん考えなくなった。しかし皮肉なことに私と同じ中学に進んだ秋西くんが伊織ちゃんを完全に忘れさせなかった。

 秋西くんは中学生になっても目立つ人だった。彼の髪は小学生の頃より短くなっていて男の人らしく感じた。大して強くもない野球部に入ったらしく知らないうちに丸坊主になっていた。

 相変わらず私は運動も勉強もできなかったけどきっとどこにでもいる普通の中学生だったのでした。


 中二の六月。大雨が続いたからなのか、事故で骨折したりインフルエンザにかかったり何人もの先生が学校を休むことになった。そのせいで時間割りがめちゃくちゃになった。

 この頃の私は友人を二人失っていた。クラスメイトの友人Aに同じ部活の友人Bを紹介した。二人に仲良くなってほしかった。親友になれるはずだった。三人で帰ったり遊びに行ったり宿題したり。でもAとBの相性は悪くて仲裁もできず元通りにも戻せず二人は私から離れた。Aには静かに泣かれBには怒号を浴びせられた。思い出したくない。具合が悪くなる。

 時間割りの都合で別のクラスと合同で授業をすることが増えた。体育や音楽、家庭科。美術もそうだった。久々に晴れた日、校舎の外でデッサンすることになった。いい天気だった。そう周りが言っていた。私にはわからなかった。AとBとお喋りしながら好きな絵を描けたら幸せだったのに。人を大切にするって難しい。

 水溜まりの少ない場所を探して一人で学校の敷地の隅に植えてあるトウカエデを描き始めた。樹皮がはがれてておもしろい。おもしろいけどあまり集中できなくてじんわり涙が出た。画用紙に落ちる。

 涙を手で拭いた瞬間、風が強く吹いて画板にしっかり留めてたはずの画用紙が空高く舞い飛んでしまった。配られた紙は一枚だけ。地面はまだ乾ききっていない。慌てて追いかけると私は転んだ。

「待って…!」

 手を伸ばしていたけれど諦めかけていた。見上げると広がる晴れの瓶覗きに薄クリーム。きれいだった。そして知らない女の子が飛んでいた。まるでしなやかな鹿だった。細長い手足を伸ばして三段跳びみたいなジャンプで画用紙をキャッチした。私を振り回す風を操ってるのかと思った。

「はい」

「ありがとう…」

 女の子は私に画用紙を渡して言った。

「泥ついてる。平気?」

 転んだ私の前面は汚れていた。経験上、泥はなかなか落ちない。怒られるなぁ。

「…平気!」

「そっか」

 膝がジンジン痛かったから後で保健室に行こうと決めた。

「絵、上手。美術部か漫研の人ですか?」

「え!?あ、あたしは美術部!漫研は今年からなくなっちゃったよ」

「そうなの?知らなかった。…やっぱり美術部ってすごいんだ。描くのも速い」

 まだ全然描きこんでないデッサンを褒められてびっくりした。一緒に描きたい。そんな考えが浮かんだ。でもその子は元の場所へ戻ってしまった。数十メートル先で友達と一緒にデッサンをしていたみたい。私が困ったことになったことに偶然気づいて急いで走って画用紙を取ってくれたんだ。

 その子は背が高くて細くてすらっとしていた。一見、きれいな男の子のようだ。清潔感のあるショートボブにスマートな対応。私は見とれてしまった。

 他のクラスと合同になった体育の授業で知った。大活躍だったその子は陸上部のイワイさんという子だった。

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