第19話
会計を終わらせて私はミュージアムショップの出入り口で長山さんを待った。人の邪魔にならないように端に寄る。大きいガラスの窓から太陽の熱さが伝わってくる。
待っていると連絡を入れたけど返事は来ない。早く長山さんが来ないかと私はそわそわしていた。次に出てくるのが長山さんなんじゃないかって駅で待ち合わせた時より力が入っていた。館内に長山さんがいるのは確かなのに出てこないんじゃないかと思ってしまう。美術館から出られなくなった夢がよぎる。
「いわちゃん!」
夢はどっかに行った。慌ててやって来た長山さんはミュージアムショップの袋と財布と小銭を持っている。もみくちゃにされたのがわかる。多分私の送ったメッセージにも気づいてないだろう。
「ごめんね。はぐれちゃったね」
「あぁ、うん。買いたいの買えた?」
「ばっちり~!…いわちゃん、汗かいてる」
「えっ」
長山さんはオーバーオールのスカートのポケットに入れていたハンカチを私に差し出す。
「本当にごめんね。暑かったでしょ。ここ直射日光すごいしクーラーの風も届いてないよ」
「ハンカチ、自分のあるから。ありがとう。先にお金しまって」
「うん。そろそろお昼食べる?疲れちゃったよね。体調悪くなったらすぐ言ってね」
「平気だよ。でもお腹は空いたかも」
館内にご飯が食べられる場所はあった。だけど学生のランチの値段ではなかった。ホテルのレストランほどではないし払えなくはないけど贅沢な気がする。長山さんも大きく賛成した。
暑かったし二人とも腹ぺこだったのでカフェなどではなくしっかり食べたいという意見も一致した。美術館から出て少し歩くとどこにでもある中華料理のチェーン店を見つけた。ここはとにかく安い。二人の考えはまた同じだった。
「二名様ですか?お席すぐ用意するのでお待ちください」
ハキハキした店員さんとクーラーの冷たい風と油っこい匂いに迎え入れられた。
「いわちゃんもこういうお店入るんだねぇ」
「よく来るよ」
「なーんか意外!」
店は男のお客さんでいっぱいだった。お酒を飲んでる人もいてにぎやか。店員さんは言った通りに急いでテーブルを片付けて私たちを案内してくれた。私は中華麺の半チャ餃セット、長山さんはタンメンを頼んだ。
店員さんが持ってきた水を長山さんは一気に飲み干した。カランと氷の音がする。大きく息を吐くとテーブルに置いてあるピッチャーで二杯目をドバドバと注いだ。私も一口飲む。生き返る。ゴクゴク飲めた。
「いわちゃん、お水もっと飲む?」
「ありがとう」
私のコップには水しぶきが飛ばないよう丁寧に注いでくれた。
「初めての美術館はどうだった?」
「楽しかったよ。何もかも新鮮だった」
「良かった〜!あたしも楽しかった!あの絵、サイズ小さかったよね?距離があったから実際はもう一回りくらいは大きいのかな。ポスターとかで見ると繊細な印象だけど筆使いは大胆でギャップがあったなぁ」
「…私も!小さいと思った!」
私は嬉しくなって声がちょっと大きくなってしまった。長山さんも同じこと思ってた。自分の感じたことが正解だったようで安心もした。
「ねぇ〜。実物ってやっぱり違うよね。いい刺激もらったよ。帰ったらすぐにでも絵を描きたい気分!」
誰かが走ってると私も走りたくなることがあるから気持ちはわかる。やる気が影響される。
「でもね、美術館に行っても今みたいに絵を描きたいって思わない時もあるの」
「そうなの?」
「絵を見ても何にも感じなかったり、描かなくちゃって焦ったりすることもある。でも今日は全てがプラスなの」
長山さんはにこっと笑う。長山さんも焦ることがあるんだね。言葉に出そうとしたけどやめた。
そして一週間も走れなかった中学二年の頃を思い出してしまった。大した怪我じゃなかったんだけど走れなくてイライラしてた。軽いストレッチしか許してもらえなくてマネージャーの手伝いをしていた。体力が戻らなくなったらどうしてくれるんだと誰かを責めたい気持ちだった。あれから休まなくちゃいけないような怪我はしていない。
「お待たせしましたー。お先にタンメンの方」
「はい!」
店員さんがラーメンを持ってきた。私の頼んだセットもすぐに来た。
ラーメンは汗をかいた体に染み渡る。チャーハンも餃子も美味しい。朋律は大雑把だか何だか言ってこの店はそんなに好きじゃないみたいだけど私は定期的に食べたくなる。
「餃子一つあげる」
「おや!ありがとう!いただきます!」
餃子の皿を長山さんの方へ差し出した。長山さんは箸で一つ取ると餃子をタンメンに浸して一口で食べた。
「おいひいねえ」
いい顔をする。もっと見たい。
「もう一つあげる」
「え!?六個中二個は太っ腹すぎない!?」
「いいからいいから」
明日が月曜日で学校に行く日だって考えもしなかった。二人そろってニンニクの効いた餃子を味わった。
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