第11話
毎日毎日、同じ道の繰り返し。家から中学まではゆっくり歩いて十五分だった。高校は電車を乗り継いで一時間くらい。
毎週水曜のその一時間がこんなに楽しみになるなんて入学した頃には思いもしなかった。
「遅くなったけど、入学式の写真です!」
帰りの電車で長山さんから封筒を渡された。厚みがある。
開けると写真は十五枚も入っていた。桜の前で私と長山さんが並んでる。どれも少しずつポーズや角度が違う。こんなにたくさん撮ってくれていたとは思わなかった。私一人で撮ってもらったのもある。
「いい写真だよねぇ」
長山さんはにこにこしながら覗き込む。写真の長山さんもとても楽しそうにピースしている。それに比べて隣の私は真顔だ。今ならもっと楽しそうに撮ってもらえるだろうな。
「ありがとう。家族もきっと喜ぶよ。おにいさ…おじさんたちにもお礼伝えてくれる?」
「うん!」
写真をリュックにしまうと電車の出入口の近くに立っている他校の男女が目に入った。寄り添ってコソコソ話してはキャッキャと笑い合っている。お互いしか見えていないようだ。
「カップルがイチャイチャしてるね〜いいね〜」
長山さんも二人に気づいて小さな声で冷やかすようなことを言った。
思えば長山さん自身の恋愛の話を聞いたことがない。どうなんだろう。富士山を一緒に描いてる男子たちとは仲がいいみたいだけど。
「長山さんはそういう相手いるの?」
「ん?」
「付き合ってる人」
「ええ!?いないよ!」
「どうして?」
「どうして!?」
「作らないの?今は勉強や部活に集中したいからとか?」
「できないんだよ!あたしを恋人にしてくれる人なんていないよ!」
長山さんの顔は赤くなる。こういう話題好きそうなのに。私の話は真剣に聞いてくれたけど自分のことになると照れるんだな。
「好きな人はいる?」
「え、ええ〜〜〜いないよぉ…」
「いないなら」なんてかつて誰かに言われた言葉を思い出してしまう。こんな気持ちだったのかな。嫌だな。
長山さんは小さい両手で顔を扇いでぱたぱたと弱い風を送った。
「長山さん、かわいいね」
「えーーー!?あ、でもそれってアレでしょ?動物とか小さい子がかわいいのと同じでしょ!親戚いっぱいいるからそういうかわいがられ方には慣れてるよ〜」
「違うよ。どう言えばいいかな…」
もし私が男だったらって言ったらわかりやすいかもしれない。でもそうじゃない。
「長山さんは一人の人間として魅力的な人だよ」
「へ…あ、ありがと…」
「……」
二人とも黙ってしまった。電車の揺れる音と乗客のざわざわした声だけが耳に入ってくる。
数秒後、真っ赤な顔で小さく長い溜息をついて長山さんは呟いた。
「もし、あたしが秋西くんだったらさ」
「え、な、何それ…」
「いや…」
秋西の話なんて全然してない。どこから出てきたのかわからない。びっくりして私は長山さんを見つめた。長山さんの顔からは熱が引いたようだ。
「秋西がどうしたの?何かあった…?」
「ううん。あのね、いくらモテモテのイケメンでも好きな子に告白するに勇気は必要だと思う。せっかくこんな素敵な子とお付き合いできたのに何もせず変な別れ方したのが不思議なの。奴はもっと上手くできなかったのか…って思っちゃった…」
長山さんは真剣な顔で言う。素敵な子、だって。調子に乗ってしまいそうだ。
「…長山さんが秋西だったら上手くやってた?」
「あたしが秋西くんだったら…あたしだったらチャンスは逃さない!いっぱいデートする!もちろん、いわちゃんに喜んでもらえるようにする!」
「それなら楽しそう。好きになっちゃう」
「メロメロにしてみせる!」
長山さんのキメ顔。笑ってしまう。かわいい。
自然体で他人のことにも一生懸命。私の周りは気取ってて自分勝手な人ばかりだった。中学の私の世界はとても狭くて偏った場所にいたんだなぁ。
「なーんで笑うのー!?」
「ううん。もう、私は長山さんにメロメロなんだよ」
「そうなの…?」
「かわいいもん」
「それはもういいよ!」
電車のアナウンスが次は私たちの最寄り駅に着くと伝えた。長山さんが私の半袖を引っ張る。
「ほらほら!降りるよ!」
「はーい」
「今日も東口から帰る?」
「うん。歩きたい気分」
最近、いつもと違う道を歩きたくて長山さんと一緒に東口から駅を出るようになった。長山さんを家の近くまで送ってから私は家へ帰る。お茶を飲んでいくよう誘われたこともあるけどどうしてか断ってしまった。少し後悔してる。
長山さんの家から帰るのはもちろん遠回りになるんだけど大したことない。ついさっきまでのことと来週の下校を考えながら帰るのは楽しかったから。
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