第12話

 暑さのせいで部活中に部員が二人倒れた。いくら直射日光を避けて水分を摂って気をつけても熱中症になる。自己管理をしっかりなんて言うけどここまで暑いとどうにもできない。倒れても仕方がないと思う。

 他の部活も注意しながら活動しているようだ。アクション部もそうらしい。

「こうしてあたしは見事なでんぐり返しをキメたのです」

「先輩も納得のでんぐり返しできたんだね。おめでとう」

「ありがとう!できたら今すぐいわちゃんにも見てもらいたいよ!」

 今は電車の中。流石に披露できない。吊革に掴まって私と長山さんは揺れている。次は後転にチャレンジするそうだ。長山さんは怖いと言った。確かに後ろ向きで倒れるのは改めて考えると勇気がいるのかもしれない。

「富士山の絵は進んでるの?」

「この間、三人とも落描きに夢中になって作業時間潰しちゃったんだ。それでも他の班より進んでるっぽいんだよね」

「ふふ。絵描いてるのに別の絵を描き始めちゃうんだ」

 美術科の人って絵を描くのが本当に好きなんだ。私は美術の授業以外で絵を描いたことはほとんどない。私の何倍描いてるんだろう。

「小さい時から絵描いてたの?」

「外で遊ぶのも大好きだったけど室内で遊ぶ時はよく描いてたかな。でも、お絵描きそのものよりクレヨンが好きだったんだ。何色も並んでてきれいでしょ?手に取って転がしたり、口に入れたこともある。味は覚えてないけどすごく怒られたよ。赤ちゃんじゃないんだからって」

「あはは!」

 私は大きく笑ってしまった。一緒に銭湯へ行った時にもきれいな石鹸を美味しそうって言ってたっけ。食いしん坊なんだなぁ。

「笑いすぎ!若気の至り!誰にでもある!」

「ないよ!クレヨン食べないよ!んふふ」

 私はひとしきり笑った。


 笑ってたら好きな色のクレヨンが最初になくなっちゃうって歌があったことを思い出した。小さい頃に歌った覚えがある。

「長山さん、何色が好き?」

「全色!この世の色、全て愛してる」

 予想外の答えに驚いた。いつでもどこでも好きな色に囲まれていることになる。長山さんの世界はカラフルだ。

「どの色も同じくらい好きなの?一つ選ぶとしたら?」

「強いて言うならモエギかな」

 聞いたことない名前の色だ。私が知ってる色なんて小さい子でも知ってるだろう。

「ざっくり言っちゃうとモエギは緑だね。深緑も黄緑も大好き」

 緑色は自然っぽい。伸び伸びとした感じが長山さんに合ってるのかもしれない。

「いわちゃんは何色が好きなのー?」

 私は長山さんと反対で好きな色は昔から特にない。どれか一色選べと言われたらその時の気分で選んでた。

 でも蛍光色とか派手な色より淡い色が好き。ふわっとしてて春みたいでいい。最近は少しグレーかかった色もかわいいと思うようになった。

「パステルカラー好きなんだねぇ」

「言葉は聞いたことあるけどパステルカラーってそういう色のことなんだ?」

「うん。白が混ざったようなほんわかした色でしょ?すくんだパステルカラーはダスティカラーとかスモーキーカラーとか。色にも種類がたくさんあるんだよ」

「おぉ…!詳しいね。美術科って感じ」

「美術科だもん!何でも訊いてよ!答えられること答えるよ!」

「何でも…何でもかぁ…」

 知らないことならいっぱいあるはずなんだけどすぐに思いつかない。勉強でも何がわからない?って質問されても何がわからないのかわからない時がある。それと同じだ。

「何か知りたいことない?」

「知りたいこと…」

 長山さんのこと、まだ全然知らないな。

「誕生日はいつ?」

「え!?あたしの!?四月二日!」

「血液型は?」

「A型」

「身長は?」

「一五二センチ…」

「利き手は?」

「右利き!」

「座右の銘は?」

「座右の銘!?」

 長山さんはうなる。彼女にとってもこれは難しい質問だったみたい。

「う〜ん…座右の銘か…考えたことないかも!いわちゃんにはあるの!?」

「部活で自己紹介する時、急に言わされたよ。全員思いつきで言って乗り切った」

「陸上部怖〜い!何言った?」

「健康第一」

 あの時はこれしか出てこなかった。今振り返ると悪くないと思う。

「あたしはどうしよう。目標とか戒めだよね?」

「無理して決めなくていいよ」

「いや、いわちゃんだってその場で決めたんでしょ?あたしもなりきるよ。陸上部の新入部員に」

 真剣に悩んでいる。長山さんは真面目だ。

「昔から落ち着きがないからそれ何とかしたい。どっしり構える!うろたえない!みたいな意味のかっこいい言葉…何かあるかな…」

 私も考えてはみたけど何も思いつかない。ことわざや四字熟語もそんなに知らない。私より長山さんの方が色んなこと知ってるんだと思う。

「………あ!動かざること山の如し、とか!?多分そういう意味だよね!?いわちゃん知ってる?」

「どっかで聞いたことあるけど、それってことわざ?」

「上杉謙信か武田信玄のスローガンかな?風林火山の山の部分」

「あぁ、風林火山…」

 中学の顧問の先生が言っていた気がする。確か風みたいに、林みたいに、火みたいに、山みたいに…状況によって対応しろってことだったっけ。詳しく思い出せない。

「あたしはそういう人になりたい」

 長山さんを知る前に日本史について調べなくてはならなかった。

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