第10話

 学校帰り、私たちは乗り換えの駅で初めて降りた。立派な寄り道だ。もう誰かに見つかったらなんて心配はちっともしてない。見つからない自信さえあった。

 馴染みのない駅周辺を見て歩いてハンバーガー屋でLサイズのポテト三人前を頼んで二人で山分けした。ドリンクもLにすれば良かった。店内は満席で冷房もあんまり意味がない。

「日曜日、同窓会行ってきたんだ〜」

「どうだった?」

「誰が誰だか一瞬じゃ判別できなかった!女子はお姉さんだし男子は大きくなってるし!」

「長山さんもお姉さんになったんじゃない?」

「全然変わってないって言われたよ!」

「あははっ」

 小学生の長山さんを想像してみた。今よりもっと小さいだけで本当に変わっていないのかもしれない。その頃の長山さんにも会ってみたかった。

「…楽しかった?」

「まぁまぁかな!二次会もあったんだけど一人で抜けて帰った」

 思う存分楽しんだかと思っていたので意外だ。いまいちだったのかな。

「一番仲が良かった子に会いに行ったみたいなもんなの。来てなくて」

「それじゃつまらないね」

「うん。その子、小学校卒業と同時に引っ越しちゃったんだ。電車で三十分かかるくらいの場所だから春休みはよく中間地点の駅で待ち合わせて遊んだりしたけど、中学生になってからどんどん…」

「お互い忙しくなったんだ」

「そう…」

 私は長いポテトを口へ入れた。長山さんは短くてカリカリになったポテトが好きらしくてその部分は全部彼女にあげた。

「…引越し先とか電話番号は教えてもらってたはずなのにわからなくなっちゃって、誰か連絡先知らないかなって他の子に訊いてみたの。そしたら、その、秋西くんなら知ってるんじゃない?って言われて…なので、致し方なく…」

 出た。秋西。

「あーあ。秋西とは話さないって言ってたのに」

 わざと責めるように言ってみた。そういう事情なら仕方ないけど珍しく意地悪なことをしたくなった。

「それは、本当、心から申し訳ない…でも!あたしはいわちゃんの味方なので!」

「…わかってるよ。友達の連絡先は?秋西知ってた?」

「ううん。連絡つかなくてお知らせ送れなかったって。わからず終い」

「そっか」

 カリカリのポテトを一口で食べない長山さんはリスやハムスターみたい。小さく細かく口を動かしてポテトを飲み込むと息を深く吐いた。

「…秋西くんってかっこいいんだね」

「何で?」

 もう秋西の話は終わりだと思ってた。あまり聞きたくないけど長山さんは話し続ける。

「昔からかっこいい!好き!って言ってる友達は何人もいたから漠然とかっこいい男の子だとは思ってたんだよね。中学ではあたし全く話さなかったし印象もそのまんまでさ」

「うん…」

「なんか、久々にちゃんと顔を見て話したら、これはなるほど、モテるわ〜と思った」

「へぇ…」

 男女問わず友達が多い人だったけどそんなにモテるやつだったんだ。そんな人と私は付き合っていたんだなぁ。そりゃ別の子にも目を向けるよ。たくさん選べるんだろうから。

 長山さんも久しぶりに話して秋西を好意的に感じたのかな。そう考えるとお腹のあたりがぐっとなる。タイムやペースを気にしないで走り出したい気分だ。

「顔かっこ良くて背高くて格好もちゃんとしてるし話し方はハキハキして声も爽やかだったし」

 そうなのかもしれない。一緒にいて不快じゃなかった。

「まとめ役でスポーツ得意で」

 学級委員やってたのは想像つかないけど運動が得意なのは本当。野球に一生懸命だった。確かに得意なことがあって、それを頑張ってる人はかっこいいのかも。

「クールを気取ってて自分勝手で…秋西くんのことやっぱり嫌いだなぁ」

「へぇ?」

 間抜けな声が私から出た。

「秋西くん、同窓会でも女の子に囲まれてたよ。憎たらしいね」

「憎たらしいの?」

「憎たらしいよぉ!引っ越しちゃった子もね、昔、秋西くんが好きだったんだ。あたしとお喋りしてても秋西くんの話するんだもん。嫌だった」

 かわいい焼きもちだ。でも今なら私もその気持ちがわかる。

「その上、いわちゃんの元彼だし。何もかも気に食わない。大嫌い」

 ポテトを五、六本掴んで長山さんは口に入れてもぐもぐ噛んだ。

「あーーー!…初めて人のこと嫌いって声に出して言っちゃった。悪口言うんだ…あたしって…」

 長山さんはテーブルに突っ伏してしまった。ツインテールの片方がポテトの山に入ってしまいそうなので私は髪をポテトから離した。

 その時、右隣のお客さんがトレーを持って席を立った。続いて数秒後、左に座ってたカップルも食事を終えて帰った。両脇に空間ができてクーラーの涼しい風が通る。

 油と塩塗れの右手は引っ込めて左手で彼女の髪に触れてみた。初めて手に取る。想像以上にさらさらだ。

「別にそれくらいいいじゃん。本人が聞いてるわけでもないし」

 親指で長山さんの髪を撫でた。私がこの長さにするにはどれだけかかるのかな。

「他人事だと思ってるでしょ!」

 長山さんがガバッと顔を上げると髪がさらりと手から逃げた。

「思ってない。私は長山さんの味方だし、むしろ同じ気持ちだよ」

「同じ?」

「私も秋西、大嫌い」

 長山さんは自己嫌悪したけど私は言葉に出して気分が良かった。ずっと言いたかったのかもしれない。こんなに清々しくなるとは思わなかった。

「もっと早くに言えてたら違ったかも」

 そう言うと長山さんは困ったように笑った。

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