第7話

 雨上がりのせいで空気が臭いけど清々しい気分だった。

 校門で長山さんを待っている。今週は掃除当番があるから遅くなると言われたけど一緒に帰りたかった。待ってると伝えれば長山さんは嬉しそうにしてくれた。人って笑うだけであんなにかわいらしくなるものかな。


「いわちゃーん!ごめんね!かなり遅くなっちゃった!」

 とことこやって来た彼女の格好はいつもと違った。

「どうしたの?」

 長山さんの鼻に絆創膏が貼られている。髪もポニーテールだった。初めて見る。似合う。

 それに上下とも学校指定のジャージ姿だった。校則で登下校時は必ず制服を着なくてはいけない。ぶかぶかなジャージにはよく見ると深川と刺繍がある。誰のだ。

「へへ…制服派手に汚しまして…今日だけ特別ジャージで帰るよぉ」

 持っている大きい紙袋を照れくさそうに見せる。中に制服が入っているんだろう。

「汚したって?何かあった?」

「転んじゃった…」

 駅に向かってゆっくり歩きながら恥ずかしそうに長山さんは話す。

「掃除終わってゴミ捨てに行ったの。班の子たちと校舎裏からゴミ捨て場行ったんだけど雨で濡れてて滑って転んだ…」

 ゴミを集めるところは全科共通だから私も行ったことある。少し高い丘になってるところだ。傾斜の角度が他と違うから坂道ダッシュしてる人もいた。

「もう帰れるぞ!って油断してたんだろうね。滑り落ちちゃったよ」

「痛かったでしょ…」

「アスファルト硬かった~」

 長山さんが前髪を上げるとおでこにも絆創膏が貼ってあった。ほっぺにも小さい擦り傷がある。

「同じ班の子たちが保健室まで連れてってくれて手当てもしてくれたの。それでもっと遅くなった。待たせて本当にごめんね」

「いいよ。私が待つって言ったんだし」

 でんぐり返しできないって言ってたから運動が苦手なんだとは思ってたけどかなり鈍臭いのかもしれない。入学式の日も転んでた。

「おっちょこちょいだね」

「いやぁ、お恥ずかしい!昔からよく転ぶんだよね!体の重心が変なのかな。スポーツ何もできないし」

 そう言って長山さんは笑う。だけどこういう笑顔は違う。

「荷物持とうか?」

「いいよ!いわちゃんも荷物あるのに」

「荷物ないよ。リュックの中、ペンと財布くらい。今日は部活なかったしほぼ空だよ」

 教科書やノートはいつもロッカーに置きっぱなしにしてる。軽い軽い。

「じゃあ…」

 私の伸ばした手に紙袋が渡された。制服の重みだけ。

「そっちのカバンも。全部持ってあげる」

「これ重いよ!写真集二冊も入ってるの!」

「気にしないで。誰の写真集?」

「富士山…」

「いいね。電車乗ったら見てもいい?」

「…うん。ありがとうね」

 カバンを預けてくれた。確かにずっしり重かった。長山さんの顔をちらっと見ると目が腫れてるように見えた。ほんのり赤い。

「もしかして泣いた?」

「へ!?あ〜…」

 見る見る長山さんの顔が真っ赤になって私はしまったと思った。無神経だった。

「ごめん!からかうつもりで言ったんじゃないの。あんな場所で転んだんだもん。そりゃ痛いよ」

「痛いのもあるけど…」

 指摘しなければ良かった。長山さんの目からじんわり涙が出てくる。

「二人ともやさしくて。やさしいなぁと思ったら…泣けてきた…っ」

 二人というのは班の子のことかな。長山さんは立ち止まってしまった。下校する他の生徒たちがちらちら見てくる。私は焦った。

「長山さん…」

「うう〜また泣けてきたぁ…ごめん…」

 どうするべきかわからなくて長山さんの背中をさすってみた。どんな効果があるのか知らないけどドラマとかならこうすると思った。

「いっ、いわちゃんも…」

「私?」

「やさしくされると、好きになるっ」

 そんなことを言われてどきっとした。

「情けないぃ…あたしは、いつも…」

 お手上げだった。長山さんの涙が止まらなかったからしばらく道の隅っこに寄って背中をさすり続けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る