第8話
毎日毎日、何を食べようか考えなくちゃいけないのが面倒だ。食べること自体は嫌いじゃない。給食は便利だったんだ。大体どのメニューも美味しかった。なくして気づくとはこういうことなのか。
食堂と購買は昼にはすごく混むからなるべく朝にコンビニへ寄ってお昼ご飯を買う。だけど今朝は食べたいものがわからなくて何も買ってこなかった。
「磐井様。本日は購買へ向かわれますか?」
財布をリュックから出した私に同じクラスの友人が声をかける。
中学の時はいわちゃんとか磐井って呼ばれることが多かった。どうしてだか高校のクラスメイトの何人かは私に様を付ける。
「でかい麦茶一本買ってきてほしい~!お願いします!お釣り出たらあげる!」
二百円を渡された。様付けなのにパシらせる。
昼の食堂と購買は出入口で混み具合がわかる。今日も大混雑だ。端にある自販機コーナーはまだ人が少ないから先に麦茶を買うことにした。
お金を入れて麦茶のボタンを押す。そしたら同時に私が後ろから押された。
「わっ」
「うああわわ!」
私は転ばなかったけどチャリンチャリンと小銭がばらまかれた。私の財布からではない。
「ごめんなさい!」
「いえいえ」
ぶつかって来た人は謝りながら小銭を拾う。この人混みだ。転がって遠くに行ったら回収はかなり難しい。私もしゃがんで足元のお金を集める。私たちに気づいた周りの人も手伝ってくれた。
「とりあえずこれだけ拾えました」
小銭を渡そうとしゃがんだまま振り返る。ぶつかってきた相手の絆創膏だらけの膝と脛が目に入った。
「長山さん…」
「わ!いわちゃん!ごめんねぇ。ありがとう」
長山さんも飛び出した金額を細かく把握していなかったけど大体全部拾えたみたい。
「いやはや、お手数おかけしました!皆様ありがとうございます!」
手伝ってくれた人たちは購買や食堂へ散っていく。
「足、大丈夫?」
長山さんが坂から滑り転んだのは二日前。こんな広範囲に擦りむいてしまったんだな。
「痛々しいでしょ?でもそんなに痛くないんだ。お風呂の時に染みるくらい」
「そっか。お大事に。長山さんもお昼買いに来たの?」
「うん。友達の一人が購買でパンを買いに、もう一人は食堂の席取りへ。あたしには無理だって言われた」
「長山さんは小さいから潰されちゃいそう」
「あたしは比較的平和な飲み物の係…」
長山さんは自販機を指差す。私は自分の水を、長山さんはコーラとオレンジジュースと麦茶を買った。
「なが!!!」
人混みからこちらに向かって大きい声が聞こえた。
「あ!こっちこっちー!」
長山さんの友達がパンを買って戻ってくるらしかった。ぴょんぴょん飛んで長山さんは一生懸命手を振った。
長身の男子が食堂の席を指差しながら雑踏に負けない声を出した。
「なが!ふかが四人席死守してる!今、唐揚げが揚げたてだって!俺は列に並ぶ!ながも食べるか!?」
「食べる!」
そうなると今日はここでお別れだ。次は私が自分の昼ご飯を買うため大群に立ち向かう。
「ねぇ、いわちゃんも一緒に食べようよ!友達もいいって言ってくれると思うし」
「あー…」
私は教室で待ってるクラスメイトに麦茶を届けなくてはいけない。残念だけど断った。
「わかった!機会あったら一緒しましょうね!またね!」
長山さんは食堂に向かって人混みをかきわけた。すぐ姿が見えなくなる。雑踏に押し潰されず、きれいに結ってるツインテールを崩さないで友達と合流できるだろうか。そんなことを思った。
科が違えば校舎も違う。クラスどころの話じゃない。長山さんと同じ組ってどんな感じだろう。あまり今と変わらないかもしれない。
でもクラスメイトだったら待ち合わせなんかしなくても毎日顔を合わせられる。おはようが言える。気軽な距離が羨ましかった。
麦茶のペットボトルがびしょびしょになってきたことに気づいて急いで購買へ挑んだ。
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