第6話

 部活がない日の帰りの電車内。混んではないけど空席がなかった。傘を持ってる人ばかりで湿った空気がこもってる。

「昨日は久々に丸一日雨が降らなかったでしょ?だから外にマット出してアクションの練習して…」

 電車が揺れると吊革に掴まってる長山さんの髪も揺れる。横目で追ってしまう。飽きない。猫の気持ちってきっとこうなんだと思う。昔飼ってた子は猫じゃらしが大好きだった。

「先輩がね、お、おおっと」

 ガタンと大きくガーブを曲がると長山さんがよろけて私とは反対の方へ傾いた。咄嗟に肩を支える。

「踏ん張って」

「ありがとう。ここのカーブいつもすごいね」

 危なっかしい。席が空いてたら座らせてあげよう。

「それで、先輩がどうしたの?」

「そうそう!先輩がでんぐり返しのやり方教えてくれたんだ!」

「…長山さんのでんぐり返しってどんななの?」

「回れるんだけど起き上がれないの。筋力がないって言われた」

「筋トレだ」

「先輩も言ってた…」


 席が二人分空いたので並んで座ると長山さんの長い髪の一束が私の肩にちょんと乗った。

「失敬!」

 髪はささっと回収された。

「なるべく気をつけてるんだ。邪魔にならないように満員電車では髪掴んでるの。勝手に触る人もいるし」

「え!?」

「え?」

 驚いて自分でも聞いたことない大声が出た。

「それ、痴漢じゃん…」

「やめてくださいって言ったらやめてくれたから大事にしなかったんだけどやっぱり駅員さんに言えば良かったかな?ごめんなさいって次の駅で降りて行っちゃったんだよね」

「触った時点でアウトだよ。気持ち悪い。怖くなかった?」

「大丈夫!近くにいたお姉さんが気遣ってくれてダメージ減ったの」

 長山さんはけろっとしてるけどきっと怖かったと思う。私がいたらとっ捕まえてやったのに。少しいらついて自分の短い髪を撫でた。癖毛ではないけど毎朝ぴょんぴょん跳ねる厄介なショートヘアだ。

「いわちゃんはショート似合うね」

「そ、そう?面倒臭いから短くしてるだけなんだけど」

「ボーイッシュな髪型いいなぁ。あたしも昔は短い時があったんだけど男の子に間違えられたの。それはもうボーイじゃん」

「あはは」

 長山さんの話を聞くのが楽しかった。こうやって驚かされるような話もあるけど聞いていたかった。今まで友達とかそういう仲良くしてくれてた人たちと話しててもあまり笑えることはなかった。授業や部活がだるいやら誰と誰がどうしたやらばかりだった。長山さんの話も内容は似たようなことだけど不思議とおもしろく聞けた。


「磐井!」

 家の最寄り駅に着いて長山さんと改札を通ると後ろから中学の友人が追い越してきた。もうすでに懐かしく感じる。

「磐井〜!卒業式ぶり!元気だった!?」

「元気。そっちも元気だね」

 友人は私の隣の長山さんを見て驚く。

「長山さんも一緒!?二年の時、同じクラスだったね!二人って仲良かったの?知らなかったよ!」

「お久しぶり~。あたしたち仲良し」

 長山さんは優しく微笑む。お淑やかだ。誰に対してもハイテンションで人懐っこいわけではないんだな。

「磐井は帰りいつもこの時間?」

「部活のある日はもっと遅いよ」

「相変わらず陸上頑張ってんだね!偉いなー!」

 早くここから離れたい。長山さんに私たちの話は聞こえてるはずだけど聞いてないよう振る舞ってちょっと後ろで待っててくれる。私ならさっさと帰っちゃうな。

「今度遊ぼう!一組の子たちに連絡するから」

「うん。部活あるけどなるべく予定合わせるし日程決まったら教えてよ」

「そうだ!秋西も呼びなよ!ね!」

 久しぶりに聞いた名前だった。卒業式からちょっとの期間、頭の片隅に秋西はいた。あまり考えないようにしてたけど気づけば入れ替わるように長山さんが現れたんだ。

 友人は急いでいたらしく、また連絡すると言って東口へ走り去った。

「ごめんね。騒々しかったね」

「あたしもよくうるさいって言われるよ」

 長山さんとは全然違うと思う。人の話を聞かない人、私は苦手。

 一組の人に連絡するって言ってたけど一組ってのはクラス全員じゃなくてあの子が一緒にいて楽しい人のことだ。同じクラスにいただけであの子の友達は私の友達ではない。複雑なようで単純な人間関係だ。

「ねぇねぇ、秋西くんって三組の人だよね?野球部のかっこいい子」

 もっと気分が悪くなった。長山さんが秋西を知っていたことが嫌だった。誰?と言われたら一組に入り浸ってた人だよって答えたのに。

「…うん。三組の人。長山さんはどう?六組の人たちと会ってる?」

「クラス関係なく仲の良かった子とは遊んでる!映画とか美術館行ったよ」

「美術館…」

 美術館へ遊びに行くって別世界だ。行き先の候補に挙がったことは今まで一度もない。

「いわちゃんも美術館好き?」

「え!?全然!難しそう!」

「え〜!?気軽に行けば良いのに!楽しいよ!」

 楽しみ方なんてわかんない。場違いだと思う。長山さんは美術科だからきっと知識もあって楽しく感じられるんだろうな。

「もし、おもしろそうな展示あったら声かけてもよろしい?いわちゃんの部活が忙しくない日にするから。一緒に行こ?」

「いいよ…」

 人間は単純だなぁ。

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