第5話

 二日後の放課後、学校を出た私と長山さんは銭湯に向かって歩いていた。

「この間は迷っちゃったけど今日は大丈夫!」

 長山さんがずんずん進むから後に続く。学校の周辺には大小様々なビルがたくさんある。ご飯屋さんも結構あるのに寄り道が禁止されてるから堂々と入れないのは残念だ。こんなオフィス街を少し歩いた先にどーんと広大な学校があるなんて変だと改めて思った。

 二十分くらい歩くと暑くなってきた。街並みも変わってビルより家が増えてくる。古そうな一軒家が並んでてマンションもぽつぽつ建っている。学校の誰かが住んでいる可能性もあるけど、のどかな住宅街で人も多くないから学校関係者に見つかる不安はなかった。

「あ!見て!」

「ん?」

 長山さんと見上げた青い空に灰色の煙がもくもく伸びているのが見えた。煙突だ。

「すぐそこだね」

「うん!良かった!迷わなかった~!」


 銭湯に来るのは初めてだけどイメージ通りだった。湯と書いてある暖簾が入り口にかかっていてそこから男湯と女湯に分かれる。番号の書いてある木札が刺さってる下駄箱に靴を入れた。長山さんは数字とひらがなにこだわりがあるようでどこに入れるか考えていた。

 受付のおばあちゃんにお金を払う。大人料金は四五〇円だったけど割引券で四〇〇円になった。使い切りのシャンプーとリンスのセットも買った。

 体を洗ったり拭く用のタオルは持ってきた。ボディーソープは長山さんの物を使う。とびっきりのものがあるから嫌じゃなかったら貸してくれるとのことだったので借りる。

 脱衣所にはすでに入浴済みのおばさん二人がいるだけだった。世間話していたみたいだけど私たちに気づいてこんにちはと言ってくれたので挨拶を返した。

 ロッカーに荷物を入れて長山さんが制服のベストを脱いだ。それだけで胸の大きさが変わって見えた。特別とても大きいわけではないと思うけど小柄で言動も子供っぽい印象のある人だからチグハグで少し驚いた。着痩せって錯覚なのかな。どんな仕組みなんだろう。

 今まで合宿とかで同級生と風呂に入ることは何度もあったのにそわそわしておかしかった。でも長山さんは恥ずかしがる素振りなんて見せない。彼女が髪を下ろして裸になっても私はまだ靴下とタイくらいしか外していなかった。

「先に行ってるね~」

 そう言って置いて行かれてしまったので急いだ。


 浴室に入ると長山さんはもうシャワーを浴びていた。私は隣の椅子に座る。

 シャンプーの袋を切って頭を洗う。よくある匂いだと思うけど家で使ってるのとは違うから新鮮だ。リンスも。

「じゃーん!見て!これ知ってる?昔からあるんだって」

 髪の水分を切ってお団子にまとめると長山さんは私に白い腕を伸ばした。思い切り開いても小さな手のひらには赤くて四角い宝石みたいな石鹸が乗っている。

「きれい…」

「ね!美味しそうだよね!初めて来た時に一個だけ売ってて一目惚れしちゃった!どうぞ使って!」

 長山さんの言ってたとびっきりってこれのことか。美味しそうかはさておき、一目惚れはわかる。透き通って明るい場所にかざすとキラキラする。

 あまり嗅いだことないおしゃれな香りがする。お屋敷の花瓶に飾られている花にほんのちょっと貴重な胡椒を振りかけたような匂い。この間の長山さんの匂いはこれだったのかな。泡立ちも良かった。普段は石鹸なんて使わないのにちょっと欲しくなった。


 湯舟には二人で熱い熱いと連呼しながら入った。他にお客さんいないからって騒ぎすぎたかもしれない。

 そのうち、お湯の熱さに慣れて落ち着いた。外の暑さと大違い。気持ちがいい。

「長山さんはどうしてここ知ったの?」

「あのねー、美術科の一年生には共同作業ってのがあって、クラスの子たちと文化祭に向けて作品作りしてるの。あたしたちの班は富士山を描くことに決めて──」

 長山さんは話しながら湯船で伸びる。白い肌は赤くなっていた。

「それはもうでっかいのを描いてやろうぜってことで何か参考にならないかと探してたらここを見つけたわけです」

「…一緒に来た男子が同じ班の子?」

「うん。男子二人とあたしの三人グループ」

「そうなんだ…どれくらいの大きさで描くの?この富士山くらい?」私は振り返って壁の富士山を見上げた。「あれ?」

 富士山はなかった。空と海と岩と木だけ。それだけでもきれいな絵だけど富士山があるもんだと思って見たら殺風景だ。

「富士山は男湯側に描かれているのである」

「え!?」

「ふふ…ここからなら男湯の富士山を盗み見ることができるのだ…」

 長山さんが湯舟の端に移動した。私も場所を変える。一枚の横長の壁画は中心で男湯と女湯に仕切られていてその壁の向こうに富士山の頭だけが見えた。

「不公平だね」

「ね!近くで見たいよね!これより大きい富士山描きたいなぁ。計画書の段階で教室に展示できるくらいにって先生に言われちゃった。本当は体育館にだって収まらないくらいのが良かったんだけど」

「野望がでっかいね」

「へへっ。照れる」

 こんなことで照れるんだ。変なの。

 私たちの体はもう茹でダコみたいになって一度水風呂で冷やした。ここでも一緒に冷たい冷たいって言い合ってまた湯船に戻ってのんびり浸かった。

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