第4話
まだ春だってのにこんなに汗ばむなんて異常だ。部活が終わってへとへとだった。今日は顧問の先生の機嫌が悪かったらしく上級生たちがピリピリしててやりにくかった。こういうのはやめてほしい。迷惑だ。
学校から家までは一時間くらい。早くシャワー浴びたい。寮生が羨ましい。
乗り換えの電車は目の前で出発してしまった。ホームでぽつんと立ち止まる。家までワープができればいいのに。地下鉄の空気が生温かくて気持ち悪い。
「い~わちゃん!」
明るい声にぽんと肩を叩かれ、振り返るとふわっと華やかな匂いがした。
「長山さん…」
「ぼーっとしてたね!部活でお疲れ?」
長山さんがにこにこしている。私と対照的に今日も元気だ。普段は二つに結んでる髪を下ろしていて印象が違った。いつも耳の上の少し高い位置で結っててちょっと幼く感じるから大人っぽく見える。
「長山さんも部活だったの?…髪、濡れてない?」
びしょびしょではない。ほどんど乾ききってるけど彼女の髪が全体的にしっとりしているように見えた。
「銭湯行ってきた!ドライヤー使うに有料だったの。節約のため自然乾燥中」
「銭湯?」
学校の一駅隣に銭湯があるらしい。歩いて行ける距離と判断して長山さんは友達と徒歩で行ってきたのだと言う。
「迷って迷って歩き回っちゃった。でも一層お風呂がより気持ち良く感じたと思う」
「いいなぁ。私もさっぱりして帰りたい」
「体育科にシャワー室とかないの?」
「あるけど使わない」
運動部員に対にしてシャワーの数が少ない。順番を待ってる間に着替えて帰った方が楽だ。実際シャワーを浴びないで適当に体を拭いてから帰る一、二年生は多い。
「じゃあ今度一緒に銭湯行こうよ!」
「えっ」
「お風呂、人と入るの嫌かね?」
「あー…ううん。そうじゃなくて、ちょっと、びっくりした」
「えー?どうして?」
「だって銭湯行こうって初めて言われたから」
「確かに!あたしも初めて誘った。銭湯ってあんまり友達と行く場所じゃないかも」
やっと電車が来た。車内は涼しくて最高だった。席は空いてなかったので冷房の風が直接当たる場所に立った。
「美術科は寄り道してもいいの?」
体育科は禁止されてる。事前に届けを出せばいいらしいけどそれは学校の用事で出かける必要がある場合だけに出すものだと思う。遊びに行くために提出したら怒られるだろう。部活に影響出ることは避けたい。寄り道を知られたくらいで退学や停学にはならないだろうけど反省文を書かされたり親に連絡が行ったりしたら嫌だ。
「寄り道は美術科も駄目だけどカラオケやゲーセンならまだしも行き先は銭湯だよ?とても健全だと思う!…え!?健全だよね…?」
「え?どうだろう?」
カラオケとゲーセンは治安が悪くなりがちな場所なのはわかるけど銭湯はわからない。行ったことがない。
「まぁ、バレる心配はしなくてもいいと思う!学校からもちょっと離れてるし知ってる人には会わないよ」
「そっか。バレなきゃいいか」
「女湯なんて誰一人いなかったんだよ。時間帯のせいかな?貸し切り状態だったの!広ーいお風呂、あたしだけの世界だった!」
「友達と行ったって言ってなかった?」
「男子だからね。できるなら一緒に入りたかった!なんてね」
「男子…?」
「男湯にはご近所のおじいちゃんが何人もいたって。声が聞こえてきたけどすんごく楽しそうだった」
「ふぅん…」
長山さんは男友達が多いのだろうか。人懐っこい人だから性別関係なく友達は多いのかも。その男友達って本当に友達なのかな。また汗がじんわり出てきた。
「お店のおばちゃんが割引券くれたんだ。今度は女の子のお友達ともおいでって二枚。いわちゃんにあげるから一緒にお風呂入ろ」
「じゃあ…行ってみようかな…」
ほんの少しやけくそだった。
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