第3話

 入学して二週間と少しが経って高校生活がどういうものかわかってきた。クラスメイトとも先生とも先輩とも今のところは上手くやっている。勉強だけ早速不安。

 毎週水曜日は必ず部活が休みで今日もさっさと帰ろうと教室を出た。階段で一枚の大きなダンボールを抱えてもたもた歩く人を追い抜く。ダンボールの板から見覚えのあるツインテールがちらりと見えてつい声をかけてしまった。

「…長山さん?」

「へ?あ!イワイさん!偶然だねぇ!」

「何してるの?」

 美術科が体育科の校舎に来ることって滅多にないと思う。しかもダンボールなんか持って。

「これ取りに来たの。アクション部は部室ないから体育科の倉庫に置いてもらってて」

「アクション部?」

「アクション部をご存じない!?」

 長山さんの話によるとうちの学校にはオリジナルのヒーロー戦隊がいるらしい。文化祭とかのイベントでヒーローショーをするという。私は入部する部が決まっていたから部活紹介は真剣に見てなかった。

「できてまだ三年目のクラブでね。ボランティアもやるんだ。学校の近くに住んでる人とか会社とも交流があるんだって~」

「長山さんもヒーローなの?」

「あたしは上手にでんぐり返せないので残念ながら戦闘員にはなれないんだ…」

 でんぐり返しできない人っているんだ。運動神経が特別悪いのかな。

「でも絵が描けるからこういうのを担当してる!この看板はもうボロボロになってるけどこれを元に新しいの作るんだ」

 美術科らしい役割だと納得した。ドラマや映画も表に立つ人だけじゃ作れないもんね。

「長山さんは今からどこ行くの?」

「美術科の教室に戻るよ。今日は下書きの線引くんだ。イワイさんもこれから部活?」

「水曜は休み。帰るところ」

「そっか!気をつけて帰ってね!それでは!」

 ダンボールを抱え直して長山さんは再びもたもた歩き始めた。気をつけなくちゃいけないのはどっちなの。

「…手伝うよ、運ぶの」

 私はダンボールの端を掴んだ。

「いいの!?」

「ん。別に用事もないし」

「ありがとう!案外大きくて運びづらかったんだ!小さいサイズの看板だから一人でも余裕だろうと思ってたんだけど助かる!」

 長山さんはにこにこする。人間としてかわいいと思う。


 後ろから長山さんのツインテールが揺れるのを見ながらダンボールを美術科の空き教室まで運んだ。美術科の校舎には初めて入った。上手く言えないけど体育科と匂いが違う。絵の具や紙のせいだったりするのかな。

 教室の床には新品のダンボールが既に広げられている。

「ここにどーんと置いちゃって!」

 言われた通りにダンボールを床に置く。

 運んできたものを改めて見るとちゃんとヒーローショーの看板になっていた。ただ、色もはげて字も下手で強くかっこいいヒーローとは程遠い。

「…これって長山さんが一人で完成させるの?」

「違うよ。今度、先輩たちと色を塗るの。下描きまではあたしがやる」

「そっか」

 長山さんは楽しそうだけど一年生の女子一人に押しつけてるのかと思ったからちょっと安心した。

「じゃーん!これが新デザイン案!」

 自由帳を広げて見せてくれた。色鉛筆で配色もきちんと決めているようだ。凝っている。なのに小学生が使うような自由帳を美術科の人が使ってるのがおかしく感じた。

「どうかなぁ?」

「かっこいい。古いやつより全然いいよ。文字も立体的になってるし」

「本当!?先輩たちのリクエストも入れてあたしが考えたんだ!」

「すごい…」

「へへ〜!よし!描くぞ!」

 長山さんは左右の髪の結んだ先を後ろで結んだ。絵を描く時に邪魔にならないようにしてるのかな。初めて見る髪型だ。

 そして床に四つん這いになって新しいダンボールに鉛筆で線を引き始めた。線引きは使わず豪快に腕を動かす。その度に彼女のキュロットスカートが上に上がる。私はスカートを選んだけど長山さんはぴょんぴょん動くタイプみたいだしキュロットで正解だったね。

「ふぅ…」

「もうできたの?」

「どうかな?バランスとか」

 立てかけたダンボールから少し離れて全体を見る。バランスとかよくわからないけど悪くないんじゃないかと思う。

「線、薄すぎない?」

「これは下書きの下書きだから大丈夫!」

「なるほど」

 またダンボールを床に置いて今度は違う鉛筆で線をなぞった。さっきよりずっと太い線。

「今日はこれで完成!」

「これどうするの?」

「また体育科の倉庫まで持っていく。二枚とも」

「………」

「手伝ってもらえますか…?」

 お願い、と長山さんは両手を合わせる。誰にでもそうやって甘えるんだろうか。

「…いいよ。暇だし」

「ありがとう!ありがとう!」

 万歳して喜ぶ。大袈裟な子だ。


 この日から長山さんと一緒に帰るようになった。毎週水曜日。二人とも部活のないこの日に校門前で待ち合わせる。

 長山さんがあれこれ話してくれるので沈黙や話題に困ることはない。私は話を聞いてうなずくだけ。家の最寄り駅に着いたら寄り道もせず改札口で解散。私は西口、長山さんは東口へ向かう。

 これが思いの外、楽で良かった。クラスメイトでも部活関係でもない人といるのは案外落ち着くのかもしれない。行きは私に朝練があるから合わせられないけど朝から長山さんと会えば目が覚めそうだなんてことも考えた。

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