第21話 尋問

暗い部屋の中央に一人の少女が座っていた。

部屋の電灯がチカチカと点滅したかと思うと不機嫌な表情の『魔装使い』を照らす。彼女の後ろには手錠がなされている。カチャ、カチャという音が部屋の中に響く。部屋は清掃されているが、薄汚れた色合いの机があり、その向かい側にスペンサー大佐たる男が厳しい態度で質問を問いかけている。

「君は基地の襲撃の際、ある人物から指示を受けていたはずだ」

「……」

「アンドロイドはどれも軍用のもの、しかも国籍のわからないもので統一されている」

「……」

「なんとか言ったらどうなんだ!?」

「……」

「…………すこし席を離れる」

スペンサーは根負けした様子で席を離れる。

その表情には焦燥とうんざりした様子だけが見られていた。

「……どうでした?」

「……ダメです。犯人の自供、治療同意書のサイン、どれもいただけません」

「まずい、一刻も早く治療を行わなければ、彼女自身の命が……」

スチェイの顔に焦燥の色が出る。

「だが、彼女はそのことを分かっていない!もうお手上げだよ……」

「……『魔装使い』の寿命半減期は一週間経過後。契約して何日経過したかどうかも不明。協力者も不明。リセットソサエティの関与の可能性大。……くそ、目の前に手掛かりがあるって言うのに」

マジックミラー越しにスペンサーとスチェイの二人は少女の様子を見る。彼女の表情から尊大な態度は崩れていなかった。十四歳の少女にも関わらず厚化粧。先を赤く染めた金髪。パンクな恰好。彼女の性格や雰囲気が難物であることを如実に表していた。

しばらくして、部屋に一人の男が入って来る。

レオハルト中将だ。

「……状況は?」

「お手上げです」

「彼女の経歴を」

「ここに」

スペンサーは一枚の身辺調査書を差し出した。

エマ・アイヒマン

十四歳。惑星エリス出身。セントアンドレー(エンゼルフィッシュ市との境目あたり)のジュニアハイの学生。

地元一般家庭の両親のもとに生まれた。次女。ただし、父は数年前に仕事(商社)を不当解雇されている。現在訴訟中。

部活、女子三次元フライングボール部所属(現在は怪我のため部を引退)

品行、劣悪。過去に同学年生徒と口論の末暴力を振るったことがある。家族を馬鹿にされたことが原因とのこと。

治療歴、足の靭帯断絶。

以上。

「………………実に『苦い』経歴だ」

レオハルトはその書類の概要を見て、苦い顔をする。そして、実際に苦みを感じていた。レオハルトの共感覚である。それは、彼女の表情や服装をみてから呼び起こされた感覚であった。

当然、中将が感じたことはそれだけではない。

靭帯。怪我。

戦闘の時、確かに彼女は『走って』いた。豹のようなスピードで。

「……スペンサー彼女は何も喋らないのか?」

「ええ、下手にストレスを与えすぎると、急性魔獣化現象もあり得ます。かといって反抗的な態度で、扱いに……どうすれば?」

「……彼女には、『元教師志望の人間』の力が必要だろう」

「……つまり?」

スペンサーが怪訝そうな顔をした後、レオハルトは口を開いた。

「私が尋問します」

「……どうぞ。私では手に負えません」

レオハルトは尋問室へと回り込んだ。認証式の扉が開かれ、少女の向かい側に彼は着席する。

「……」

少女は黙っている。強い苛立ちと反抗心が表情や態度から滲み出ていた。足を組んだまま少女はそっぽを向いていた。

「……エマ君。私の顔に見覚えはあるかな?」

「……ち、あのときの」

「覚えてくれて嬉しいよ。私はレオハルトだ」

「話すことなんてないわ」

エマは口を聞いてはくれたが、警戒心を崩すことはなかった。

「君が苦労していることはよく知っている。両親も大変だったそうだね」

「……あなたには関係ないわ」

「私の父は、大学生の頃に死んだ。だから羨ましいんだ。君の両親が健在だから」

「……どーも。でも、アタシには関係ないけど。わたしどうせ不良だし」

「そんなことはない。きみにとって家族は大事な存在なはずだ」

「あ?聞いてないの?関係ないって」

「もしそうだとしたら家族を馬鹿にされて怒ることなんてない」

「……ちっ、そこまで調べてんのかよ」

「周りの人間は暴力を振るった事にしか目にいってないが、まずその原因は何なのかを知りたいんだ」

「……貧乏だから」

「というと?」

「あたしの家ビンボーなの。お父さん働いてんだけどさ。真面目に。でも人がいいからって騙すやつもいてさ。マジムカつく」

「そうか……私の父も厳しいが仕事に誠実な人間だった。……そのせいだろうか。実の家族にも疑り深いところがあった」

「……うわぁ、アンタも大変だねぇ、さっきの軍人とは違って。あのボンボン『恵まれてますオーラ』が凄くてさ。話しててムカついたよ」

「そういってやるな。あれで彼も苦労しているのさ」

「へーどんな?」

「人間関係」

「わかるー。アタシの周りもさ……」

エマは徐々に態度を軟化させた。姿勢もレオハルトの方をきちんと向いてくれている。レオハルトは第一段階をクリア出来た。

警戒心の解除。それが終われば次は決まっている。

情報収集。

報告書だけではデータが少ない。いつどこで『力』を手にしたかをはっきりさせる必要がある。場合のよっては、『彼女のため』に全てを急ぐ必要がある。レオハルトは質問に移った。自然な形になる様に。地雷を踏まない様に。

「そう言えば、スポーツ好きだったね。僕も三次元フライングボールの観戦をときどきするよ」

「へーそう、そう言えばお兄さん。出身どこ?」

「ヴィクトリア生まれヴィクトリア育ち」

「へえ、都会っ子なんだね」

「そう、いろんな奴がいるから苦労したよ。楽しかったけど」

「あはは、遊ぶのにも一苦労だろうね?」

「そうだな。……君ぐらい身体能力高ければなぁ」

「お兄さんギャグで言ってない?光の速さで動く人がなに言ってんのさ」

「はは、でもこの能力はさ。ある種、父の形見なんだ……」

「……厳し過ぎた父が?アタシが契約したみたいに?」

「ちょっと違うかな?……あ、そう言えば君のはいつ手に入れたの?」

「……三日くらい」

「じゃあまだ日が浅いんだね。すっごいなぁ」

「ふふ、でも、慣れさえすれば私は誰よりも速く走れる。選手にも復帰できる。メタアクターの検査にも引っ掛からないし」

「え?」

「だってさ。この力自体は少女なら誰でもあるものだからさ。引っ掛からないんだよね」

「そう、……なんだ」

嘘だ。通常のメタアクター検査では引っ掛からないが、それより重大な検査に引っ掛かる。……特殊マギ反応検査。アスガルドの未成年の少女に実施する基礎の検査だ。若い国民の義務である。

細胞内のミトコンドリアやエネルギー代謝の反応を調べる。『魔装使い』となった少女は異常な数値を検出したり、細胞自体の働きに奇妙な『ぶれ』を検出する。その場合、検査機器が陽性反応の警報をならす。陽性の反応が出た者は緊急入院。一週間経つ前に治療を行うのがベストだが、そう出なくても『コア沈静化処置』をとる。

この検査は対象の年齢である女性ならば誰でも検査を受ける。一週間に一度の割合でだ。なぜならば、この検査を受けなければ、社会に深刻なダメージを与えることになる。重大な犯罪なのだ。普通は大人の側が検査を実施するはずである。

「へぇ、そんな力が扱えるなら僕も興味あるな」

「無理無理。あなた女の子じゃないでしょ?」

「へぇ?どうして?」

「うーん、なんでだろうね?素質がある子なら『契約すれば』扱えるって聞いたけど?」

「うん?誰の情報よ、それ?」

「ファヴィって名乗ってた。白い変な生き物」

「……ありがとう。お礼に良いこと教えるよ」

「えーなになに?」

少女は『無邪気』な顔を覗かせた。

「……言いにくいことだが、『気難しい彼』は治療を推奨しなかったかい?」

「あー、……してたね。なんで?」

「しないと君は死ぬ。化物になって」

「ふーん…………へ?……え?」

「そのファヴィは、君に隠し事をしてたんだ。何故だと思う?」

「……なんで?」

「悩みを抱える人物に近寄って『契約』結ばせる。そのことで知覚種族から可能性とエネルギーを抽出する。我々は『抜き取る者』と呼んでいる。彼らによって、多くの種族を滅ぼされたんだ。巧みな弁舌の技術と『魔装化によるエネルギー抽出』によって。彼らは知覚種族のエネルギーを奪うことで今日まで生き延びてきた。外宇宙から。ファヴィは君に善意で助けようとした訳じゃない」

「嘘……嘘言わないで!」

「嘘?」

「だって、だって、ファヴィはそんなこと言わなかった!ファヴィは私を助けてくれたんだ!」

「足のこと?」

「そうよ。私は将来を期待された選手だったのに相手選手の妨害で台無しにされたの!」

「その選手の名前と所属を教えてくれ。適切に対処する」

「嘘よ!大人はそう言って何もしてくれなかった!」

「なら、僕も『ファヴィ』に習って契約する!彼らに出し抜かれるなんてごめんだ!」

「……どうしてファヴィを目の敵にするの!?ファヴィは私の気持ちを分かってくれたんだ!大人と違って!」

「なら僕は君を救う最初の存在になる!」

レオハルトは机の引き出しに鍵を差す。引き出しから白紙を取り出すと何かを書き始めた。『誓約書』だった。

「なにそれ?」

「……誓約書だ。これにサインしてくれれば、君を嵌めた連中を一人残らず牢屋に入れることが出来る」

「……見返りは?」

エマの顔が心無しか凛々しくなっていた。

「成長したね」

「見返りを教えて」

レオハルトは大きく息継ぎをした。

吸う。

吐く。

そして意を決してこう言った。

「見返りは……『君の治療』だ……ほら、ここに書いてある」

「え?」

一瞬。

少しの間、部屋中が沈黙する。

「君の治療は無料じゃない。税金からまかなわれている。しかし半分は君自身が払わなくてはならない。なぜなら、君は本来『補導対象』だ。大人がファヴィのやったことを奨励すれば『重犯罪者』として扱われる」

「払える訳ないでしょう!私の家は貧乏って――」

「そうだ。……だから今回、僕が払う。これは君を止められなかった僕たち大人の責任だ。そして君を貧乏にした挙げ句、『夢』まで奪ったこの社会と大人の責任だ。だから、今回は僕に治療費を払わせてくれ。大人の代表として」

「…………」

エマは黙った。

空気から音が消える。

部屋の空気が緊張に支配される。

そして。

「……教えて?」

「なんなりと」

「……レオハルトさんだっけ?」

「ああ」

「…………なぜ、ファヴィを……『抜き取る者』を憎んでいるの?」

「…………父の…………父の仇だからだ」

「…………そう、……だったんだ……」

エマはサインした。『治療』の同意であった。

「僕からも聞かせてくれ……『血染め天使』はどこにいる?あのアンドロイドたちは誰から譲られたんだ?」

エマからある場所を教えてもらった。ハーヴェイグループ本社。それは企業だ。ヴィクトリア市にある大きな外資系企業の一つ。彼女から全てを教えてもらった。

「ここにいけば全て分かるわ」

「ありがとう。約束だから」

「ええ」

少女と約束したレオハルトは牙城へと歩を進めた。

部屋の扉がロックされる。電子音がそれを告げた。

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