第22話 レッテルと天使

雨の廃ビルの前にイェーガーと『シャドウとしての姿』をしたシンが立っていた。その後ろを黒い戦闘服を来たユキが続く。

雨音が寂れたコンクリートにぶつかり小さな飛沫を上げる。雲は薄暗く、昼なのに夜のような状態といっても過言じゃないほど、視界を暗くしていた。

「……少しは落ち着いたか?」

「……ああ、すまなかったな」

「……『天使部隊』の連中は警戒心が強い。言葉には気をつけろよ」

「了解」

「……どうしてあんなに荒れたんだ?」

「……『アマチュア』にレオハルト様を侮辱されたことが屈辱だった。……それでも冷静さに欠けた振る舞いをしたのは軽率だった。すまない」

「なるほど。おまえじゃあ、しょうがないさ。恩人兼主人だからな」

「……ああ」

「ユキ。建物の様子は?」

「……『ロプロック』に偵察させていた。その途中で『あいさつ』もすませてあるわ。撃たれる心配はなさそうね」

「……あいさつ?」

「アポな。アポイントメント」

「ああ」

三人の男女が廃ビルの中へと入ると寂れた場所特有の埃の匂いが鼻腔を刺激する。階段をいくつか駆け上がると、暗い通路に出た。ユキは物陰のほうに目線をやると金属状の物体を発見する。監視カメラであった。だいぶ、古い型であることがユキには察せられた。

三人は右手の大部屋の扉を開いた。

若い戦闘員とオペレーターらしき男女、指揮官らしき女性がこちらの様子を伺っている。

「……」

「……」

「……あなたがシャドウね」

「そうだ。過激派について聞きたいことがある。拒否権はない」

「座天使隊の生き残りの事ね」

「ああ。『血染め天使』に借りがあってな」

「……私たちでも分からないわ」

「……そちらが揉めたことは分かっている。だが、こっちにも多くの犠牲者が出ているのでな。言葉は身長に選んでいただきたい」

「……私たちでも話せることは限られているの」

「言葉を選べ」

威圧。

シャドウは不意に怒りの形相を見せる。殺気が大部屋の空気を一変させる。

何人かのオペレーターが、ひぃっと短い悲鳴をあげた。

「シュタイン家の件はどう言い訳しようが貴様らの責任だ。1人の女が人生を狂わされて傷ついている。彼女の家族の無念を晴らすのは俺が彼女に誓ったルールだ。これ以上ふざけた回答を聞かせるなら、『尋問』を『拷問に切り替え』ても良いが?」

「……非礼をお詫びするわ。先ほどの言葉は撤回する。なんでも聞いてちょうだい」

沈黙が殺気と混ざり、異様な雰囲気を醸し出す。

ふう。

シャドウは呆れたような吐息と共に、穏やかな目つきに戻った。

「分かれば良い。知っていることは全部聞かせろ」

「彼女達にはスポンサーがいたの」

「スポンサー?」

「ハーヴェイグループと見てるわ。元々、私たちも何人かの人間にバックアップを受けながら活動をしていたわ。政治家、科学者、大学教授。みな350年も前の宇宙進出後も争う人類のあり方を憂いていたの」

「……ハーヴェイグループは違うのか?」

「……資金提供は大きなグループだけあって桁違いよ。でも彼らには別の思惑があった」

「それは?」

「わからない。私たちは少なくとも嵌められた」

シャドウは女指揮官を睨みつける。しかし嘘をついている様子ではない。ありのままを堂々と述べている様子であった。シャドウはすぐさまイェーガーに問いかけた。

「イェーガー?ハーヴェイグループについて何か知ってないか?」

「そういえば、あそこの名誉会長、出馬するらしいな」

「出馬?」

「天使部隊の討伐に貢献した功績を元に選挙に出るそうだ」

「一企業グループがどう貢献するんだ?……まてよ?」

「……新型の軍用パワードスーツさ。対メタアクター戦に特化したタイプでな。まだ数は少ないが、普通の軍人もメタアクターと戦える様になる優れものだ」

「ああ、その時の会社か。あの作戦はテレビ中継でも大々的にやっていたな」

「ああ、その時の作戦には俺も従事していた。過激派と古参のグループの討伐に、パワードスーツ無しでな」

「……まさか。あのときのスナイパー?」

「そうだ。俺はイェーガー。狙撃手だ。まさかこうやって話をするなんて思わなんだ」

「貴方にはずいぶん苦しめられたわ」

「パワードスーツ部隊より評価が高かったようでなによりだ」

イェーガーは無表情を維持しながら軽口を叩いた。

「もうひとつ聞かせろ。シュタインの一件なぜ止められなかった?」

「……彼らは私たちと違う指揮のもとで動いていた様よ」

「違う指揮?」

1人の若い戦闘員が前に出て話に参加した。

「彼らは『天使』ではない」

「……久しいな、エフ。どういう意味だ?」

「力を良い様に使って暴れていた。民間人にすら容赦無しだ」

「……『掟破りな連中』だったってことか」

「そうだ。彼らは天使じゃない。……あってたまるか」

エフは怒りの形相で拳を握りしめていた。眉間にしわがより、顔はおぞましい悪魔のことを思いだすような苦い表情をしていた。

「……よほどそっち指揮官が愚鈍だったか、それとも……」

「ピエロになってもらう予定だったのだろうな。彼ら全員に」

「そう思うか?お前も」

「ああ」

イェーガーが頷きながら天使部隊を見た。現に彼らは『義賊』から『凶悪なテログループ』へと評価を急落させられていた。過激派『座天使隊』によって。少なくとも、見境なしに暴れて本流の『天使部隊』にメリットになることは何一つない。あるとすれば当時小さかった、アテナ中央連邦がAGUとして勢力を統一し銀河で拡大したことかアスガルドとAGUの国交が回復したぐらいであった。だが、天使部隊側に犠牲者が出過ぎている。利益が損失に余りに見合っていない。

「そう言えばそちらのスナイパーは?」

イェーガーは口を開く。

「彼は、ライリーは死んだ」

「……そうか」

「ライリー、――『デュナメイス』はある傭兵と撃ち合いになって死んだ。相打ちだったようだ。勇敢な……最期だった」

何人かのオペレーターが涙ぐむ。ライリーと言う人物が慕われていたことが十分に伺えた。

「傭兵?……ちっ、あの人間のクズか」

「クズ?」

「ゲイリーだよ」

「……ゲイリーか。アイツまだ生きてたんだな。身体は半分消し飛んだって聞いたが……」

シャドウの目つきが急速に殺気立った。イェーガーも同様だ。

「オズ連合出身のサイコ野郎。血に飢えた戦争中毒。会長殿から何としてでも聞き出さなければな」

「落ち着けよ。シャドウ」

「イェーガー。あの口先だけは達者なクズには手を出すな。俺が殺す」

「おい……あれは俺の獲物だ」

「アイツはかつての戦友を何人も嵌めた。自分が楽しむためならどんなことでもするクズ野郎だって事は知っているだろ?」

「こちらも奴の件は狙っている。レオハルト様直々に『生きて捕まえろ』と言われている」

「…………」

「…………」

イェーガーとシャドウは相対する。

再度の緊張。

空気が震える。

その振動にも似た緊張感。止めたのはユキ――アラクネだった。

「やめなさい」

「……アラクネ?」

「ふぅ、ここで味方同士がいがみ合ってても仕方ないわ。黒幕が分かった以上、協力しなきゃダメよ」

「……」

「……」

「すまないな。アラクネ、後イェーガーも」

「こちらも非礼を詫びる」

「……いいわ。いがみ合いなんて見たくないもの」

「優しいな。アラクネは」

「勘違いしないでよ。別に深い意味はないわ。ただね、シャドウに傷ついてほしくないだけよ。うん」

「ふ、いつものテンプレなツンデレごちそうさまです」

「む、むぅ」

アラクネことユキの頬が徐々に紅に染まる。目をぱちくりしながら照れているその様子はシンにとって、とても可愛いらしく見えたのか、ニヤニヤと微笑んでいる。それを見たアラクネが、ぷくーと頬を膨らませてそっぽを向く。その姿は可愛らしいミニトマトの姿を思わせるのであった。天使部隊の面々もこれにはニヤニヤと微笑する。

それを見てイェーガーはやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。






高層ビルの最上階その一室。

立派な執務室には高級木材で出来た机。アズマ国の掛け物。大画面のテレビモニター、そして大きな窓ガラスがある。防弾ガラスの窓の外は小雨がガラスを叩くのがはっきりと見ることが出来る。

ハーヴェイ会長は机の下でガタガタと震えていた。その様子は携帯端末の振動を想起させるような小刻みな震えかたであった。

「……ビルに『シャドウ』来ているのだろうが、警備体制はどうなっている?」

「援軍も既に呼んであります!しかし、応答ありません」

「馬鹿が!何の為にお前らを雇ったんだ!」

通気口の金具が蹴破られる。金具が落下しけたたましい音が執務室に響く。

「目糞が鼻糞を笑うって奴だな」

「な!?」

「今世紀最大級の愚か者が人の失敗を笑える立場か?」

漆黒の出で立ちのシャドウが降り立ち、その後ろにイェーガーとアラクネが続く。

「ひ、ひ、後生だ」

「そのセリフは犠牲になったシュタイン家の人間のセリフだろうが?」

シャドウが会長の胸ぐらを掴んだ。

「な、そこの軍人さん。君だよ。この暴漢を……」

「シャドウ、俺は扉の外を見て来る。レオハルト様が来たら教えてやる。今回だけだ」

「ありがとうイェーガー」

「そ、そんな――ゴフ」

イェーガーが部屋の外に出ると同時に、シャドウは会長の顔を掴む。

「血染め天使は知っているか?」

「何のこ――ガッ!」

シャドウは会長の顔を思いっきり机に叩き付けた。何度も。何度も。バスッケットボールでドリブルするかの様に叩き付ける。会長の鼻の骨が不自然な方角に折れ、口や鼻から血が流れる。

「は、鼻。ハナガ。ハガ」

「……何度も言わせるな。血染め天使だ」

シャドウの目が鋭くなる。その目つきはカラスと言うより猛禽類のものだ。

「わ、わしはある組織と組んで、天使部隊を嵌めた。リセット・ソサエティとゲイリーを名乗る男から莫大な金を積まれて……。天使部隊を『道化』にしてくれたら、金をやるって……」

「シュタイン家を殺したのは金の為か」

「シュタイン家は違う!あれは座天使隊にいたニーナ・ケルナーが勝手に暴走して――ゴ」

「机とのキスがご所望か?」

「ホントだぁ!ホントなんだぁ……」

ハーヴェイのズボンに臭いのある湿り気があらわれる。

「……基地襲撃は?」

「え?」

「基地襲撃は!?」

「わしではないぃ!」

「誰だ!」

シャドウはカラス窓の方角に会長をぶつける。防弾ガラスとは言え、大の大人が叩き付けられる衝撃で窓に蜘蛛の巣状のヒビが入る。

「リ、リセット・ソサエティ。やつらめアスガルドを恨んでいる。何の因縁かは知らないが……ニーナや私の居場所や正体まで抑えている!!」

「どこにいる?」

「ここだよ」

会長は机の上から落ちた携帯端末を指差した。シンがメモアプリを起動すると、天使待機場所と書かれたメモを指差す。

「そう言えばもう1人の少女は何者だ?普通の方法では『魔装化兼エネルギー生体抽出契約』なんてことはこの国では出来ないはずだが?」

「……」

「黙るな」

「……ゴホォ!ゴ!」

会長の顔面をモニターに二度叩き付ける。モニターのガラスが割れて、顔の皮膚が切れ、血が出る。その顔面にシャドウは強烈な膝蹴りを食らわせた。会長の口から血と共に折れた歯が吐き出される。

「エマっていう名前らしいな。彼女は学校でも指折りな『三次元フライングボールの特待生』だったらしいな?彼女はなぜ動ける?相手校の妨害で足を怪我し、選手生命断たれたはずなのに?」

「それもリセット・ソサエティの仕業だ。奴らは『抜き取る者』とも協力している」

「……奴らとゲイリーはどこにいる?」

「組織は知らん、ぅぐ。……だがゲイリーなら知っている。ニーナが兄の仇だって躍起になって探してたよ」

「ゲイリーの居場所は?」

「それは――バゴッ!?」

それは、シャドウの仕業ではなかった。会長の頭部。こめかみに閃光が貫く。

「イェーガー敵だ!!ガア!?」

「敵だと!シャドウ!!」

シャドウはとっさに身体を躱したが右肩を撃ち抜かれる。布と皮膚、そして肩のわずかな肉が焼かれ、シャドウは痛みに悶えた。

「イェーガーこっち来ちゃダメ!」

アラクネがイェーガーに大声で警告する。そして彼女はシンに駆け寄った。

「シャドウ!……は!?」

ユキは、小さな敵の姿を見た。それは蜘蛛に似ているが蜘蛛ではない。八脚の足と小型の対人レーザー砲台。殺人ドローンがアラクネの急所を狙っていた。

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