第18話 悪意の粒子

回転式拳銃を撃ち尽くしたシンは、エナジー式のアサルトライフルの装弾を確認する。残弾の表示が映し出され、五十数発の弾丸が確認できる。

「……うじゃうじゃいるな。他に手は……」

物陰からアンドロイド部隊と共和国軍の撃ち合いを観察する。

数の上での劣勢を武装と奇襲戦術で圧倒している敵部隊に対して、装備人員は勝っていても、状況と負傷者の存在が足かせとなっている友軍。彼らが十分に戦う為には、負傷者を司令部跡まで退避させる必要がある。しかし、その進路上を挟む様にして敵軍が配置されていた。

「……これはやられる訳だ」

シンはそう呟く。正規軍の指揮に問題があることは明確であった。部隊をとにかく進ませることしか考えられていない。それでは待ち伏せされたとき的にされるだけである。しかも、敵は軍用のアンドロイド部隊であることに加え、左右に配置されている。両側から撃たれればひとたまりもない。

だが、何人かの部隊はこれを予期していたかの様に待機している。望みは決して薄くはなかった。まともな指揮官もいることの証拠である。

「……ち、馬鹿が突っ込みやがって」

サーベルを身につけた若い将校が悪態をついている。彼が指揮官であった。

「そこの」

「あ?」

「そう、あなたです。今から俺が待ち伏せしている部隊を回り込んで攻撃を仕掛けます。合図と共にそっちも攻撃してください」

「……お前、最悪死ににいくようなものだぞ」

「問題ありません。策はあります」

「……合図出す前に死ぬんじゃねぇぞ」

「はい」

指揮官から信号拳銃を受け取ったシンは右腕を倉庫の上の方に伸ばした。フックのついたワイヤーが伸び屋上のある地点に引っ掛かり、超小型のモーターが作動する。

シャドウの身体全体が浮いたかと思うと屋上へと引っ張られていた。フックショットは屋上の角の部分に引っ掛かりそこから乗り出す様にしてシャドウは屋上へと到達した。その後は駆けるだけだ。

フェリシアとレナ、アディ達も続く

彼は反対側へと移動して、敵部隊の様子を観察する。アンドロイド部隊が左右に待機している。その中央に奇妙な服装をしている少女を視認した。

「……『魔装使い』か」

同時に指揮官でもあった。彼女のそばにいたアンドロイドが指示を仰いでいる。

「……爆弾付きの羽手裏剣だけじゃ心もとないな。どうするか?」

今の武装はアサルトライフル一丁、火薬式(弾切れ)とバッテリー式の拳銃が一丁ずつ、爆発式の羽手裏剣が二つ、凍結羽手裏剣が四つ、どちらでもない羽状手裏剣が六。小型煙幕発生装置は十個、そして合図の為の信号弾だけだった。

だが戦力は自分一人だけではない。

ドローン『ロプロック』がいた。

彼女もまた、攻める機会を伺っていたのだ。

ドローンから何かを送信する音がする。すると、アンドロイド達の壁際で火花が飛び散る。何体かのアンドロイドが電撃の直撃を受け、機能不全に陥る。電気系統を無理矢理ショートさせて、罠を作り出したのである。今戦っている場所が基地内であったことを利用した奇策であった。

「なるほどな」

シャドウもまたアラクネの攻撃に続く、爆発式羽手裏剣を二つ。右と左に投擲する。

そして信号弾を上に発射する。それと同時にシンは中央の部隊に対して背後から奇襲をかけた。

「……な!?」

少女が大慌てで攻撃を回避した。そして、そのとばっちりはアンドロイドが食らうことになった。

「く、共和国軍の服装じゃない!?」

「お前が指揮官か。軍を引け。なぜ彼らを攻撃する?」

「余計なお世話よ!」

少女は右手に粒子状の光を生成する。光は形となり、武器の姿を形づくる。

「……サーベルか」

輝くシルエットは刀剣の形となった。

少女が猛スピードで距離を詰め、こちらに斬り掛かってきた。

シャドウは左、右と避けた後、後方転回の要領で後方に回避する。

少女の攻撃は虚空を斬るだけであったが、それでも果敢にシャドウへと向かって来る。シャドウは向かってきたアンドロイドを盾にする。人を模した機械は高速の斬撃を受けて真っ二つになる。

「……とてもじゃないが少女の動きではない。かといって訓練された動きではない。これはいったい?」

シンに考えている暇はない。猛獣より速い動きの少女が眼前に迫るのだから。

「……なら」

直線的に距離を詰めた少女は猛烈なスピードで向かってきた。それを利用しない手はない。シャドウは斬り掛かってきたタイミングを見計らって、少女の手を掴んだ。

「な!?」

少女が猪突猛進に突進してきた勢いを逆に利用して、シャドウは少女を投げ飛ばす。少女の身体が三回転半宙を舞う。

「ぐはッ!?」

少女は受け身を取ることも出来ず身体を叩き付けることになった。通常なら背骨や内蔵にダメージがあってもおかしくはなった。しかし少女は再び立ち上がった。ダメージは普通の人間よりも軽いようだ。

「……ぐ」

「…………人の事言えないけど丈夫ね。この子は」

「全く」

アディの言葉にレナが全面的に同意する。

正規軍はそのタイミングで流れ込んで来る。さっきの無愛想で有能そうな指揮官の部隊である。アンドロイドたちは不意をつかれた状態で次々と破壊されてゆく。形勢逆転である。

「……て、撤退!てった――え?」

少女は豹のような速度で逃げようとしたが、何者かに紐でぐるぐる巻きにされた。それは蒼く光る残像で、よく見ると軍服の姿をした何かがそばにいた。

「……今回のMVPはアラクネ&シャドウコンビのようだね」

「……中将?そうか彼女を」

蒼い残像は少女を捕獲した。残存したアンドロイド達も両腕を挙げ投稿のポーズをとる。

「ぐ、離せ!」

「もう勝負はついた。大人しくするんだ」

「ぐ」

フェリシアとレナ、アディの三人に押さえ込まれ、少女は身動きが取れない状態になる。

「大人しくなさいな」

「ぐ!」

少女は身体に打ち込まれた麻痺毒によって完全に身体の自由を奪われた。

「元薬学者だけあって、アディは頼りになる」

「暴徒鎮圧から毒殺まで、アタシの毒は何でもござれよ」

「手加減はしたんだろうな?」

「当然よ。不要な殺しは好みじゃないわ」

アディの尾がスカートの中に収まる。

「……合体の必要はなかったみたいだ」

「でも良かったわ、レナ。意外にうまくいったね」

かくして、突発的な戦闘はあっけなく終えた様に見えた。しかし、異変はすぐそこまで迫っていた。

「まだだ」

「!?」

「出てこい!『血染め天使』!」

シャドウが羽手裏剣をある地点に投げる。その周囲に見えない何かが現れた。

赤いモヤであった。

透明だったナニカは赤いモヤを放ち始めた。

少女だ。そばにいる『魔装使い』と同じくらい。彼女は仮面を被っている。

白い仮面だ。仮面から目が光っていることが分かる。頬の部分は粒子の色と同じ紅で彩られている。身体ピンクを基調としたライダースーツのような服装をしていて、その背面からは毒々しい色の輝く翼が展開されている。

ザザザザザッ。

レオハルトの小型端末から砂嵐のような音が漏れはじめる。

「通信が……!?」

「……まさしく『血染めの天使』だな」

赤い翼をしたナニカから『少女のような甘い声』が聞こえてきた。

「あははは、こんにちは、アスガルド軍の皆さーん!今日もお仕事ご苦労様!」

「…………なんだ?」

正規軍の指揮官が愕然とする。

血染め天使が血に降り立った。その姿は無邪気な雰囲気すら漂わせる。兵士達は恐怖を見せながらも各々の小銃を構える。

「まさか『シャドウ』と『アラクネ』まで現れるとはね。あたしびっくりしちゃった。きゃはははは」

「やあ、天使君。僕はレオハルトだ。どうしてこんなことをするんだ?」

「あ、レオハルトだ!蒼い旋風の!やだ、イケメンじゃん!座天使ちゃんってよんでよ!」

「答えてくれ!君のしていることは多くの人を苦しめることなんだ」

「きゃははは、私たちは『正義の為』にやっていることなんだよー」

「正義!?」

「決まっているじゃん。天使部隊の目的は世界中の争いを終わらせてAGU圏内の平和的統合を実現することだよー。でもね、古い部隊はどうしても生温いやり方で進めたいらしくてさ。私たちがっかりしちゃった」

「古い部隊?」

「おまえら一枚岩ではないんだな?」

シャドウが語りかける。

「そうそう、一人いい感じのイケメンがいたんだけどさ。それ以外はなんかがっかりぃ。だからもっと早く平和を実現しようと思って日夜戦っているの!」

「……その結果が『シュタイン家爆撃事件』か?」

場の空気が凍り付く。シャドウの目は鋭かった。彼は目の前の人物を『少女として扱うこと』はしなかった。『冷酷な罪人』を見据えた態度を既にとっていたのである。

「……天使部隊と共闘したことがあってな、そこの連中はみな戦争被害者だった。だから、彼らは軍人を標的にすることはあっても民間人を付け狙うことはない。一つもメリットもないしな。ちょうどその時だったな?過激派と古参の連中が衝突した頃は?」

「……」

「答えろ。レナの家族を殺った理由はなんだ?」

「……くく」

「……」

「きゃははははははははははははははははははははははははははは」

仮面の天使は狂ったかのような笑いをあげた。さっきまでの無邪気さを残しながら残虐で無配慮な一面が表に出る。

「あのさ、私たちはボランティアじゃないの。仕事でやってるの。仕事で。なのに、あいつら何?私たちが作った平和をいいことにさ。能天気に遊んでいるのぉ。だ・か・ら、死ねって感じ。死んじゃえば良いよって思ってさ。ムカついて、撃っちゃった。きゃっははは」

「……」

「……」

「……」

「……オマエガ」

レナの雰囲気が、表情が、声色が、一変する。

「レ、レナ」

「ま、まずい!みんな離れろ!離れるんだ!!」

「退避ィィィ!」

フェリシアとレオハルトが状況に気づく。

レオハルトが周りの人間に、兵士に、緊急退避を呼びかけた。

「……オマエガ、…………オマエガァァァアアアアアアアアアア!!!」

レナの皮膚が、少し日に焼けた肌が、完全な白色に変色しひび割れる。

鱗だ。

鱗が身体中に形成される。歯も人のそれから、爬虫類のそれに変形する。服が破け、臀部からトカゲの尾のようなものが生えはじめる。四つん這いの姿勢でレナは変異を開始する。

「ぐぅ、ぐ、……ぐぐぐぅ、グググゥ、グガ」

身体の骨格と組成、内蔵の仕組みが塗り替えられる。若い女の身体が人間から巨大な爬虫類に作り替えられる。

「グゥォォォオオオオオオオオオオオオオッ!」

「レナァッ!」

涙ぐんだ様子でフェリシアが呼びかける。しかしレナは答えない。怒りのあまりレナは変異を遂げた。メタビーングの力。それを不完全に発現させて。

レナは雄叫びを挙げる。

その姿はまるで神話の存在。架空の神が邪悪な書物から出たかの様に。

その存在はまるで魔物。空想の世界から魔物が顕現したかのようだ。

レナは『不完全な竜』となった。

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