第17話 アカイテンシ

『地獄の入り口』に四人の人物が降り立つ。

色黒で軍服の大男、サソリの妖婦、戦う女電脳技術者、カラスの男。

彼らは廃墟と化した基地の前に立っていた。カラス以外の三人の者達はためらっている。そこにあるのは確かに『地獄』だからだ。理由、理屈は分からなくても直感と死の匂いが彼らを立ち止まらせる。

「…………」

「…………」

「…………」

ほんのわずかでも手掛かりを得る為に地獄の現場に彼らは向かっていった。先陣を切るのはいつも『シャドウ』である。その後を『アラクネ』が追う。軽装ながらも武装を整え、シャドウの後を追った。

「……止まっていても始まらねぇな」

「……やあね、ほんと」

口々に精一杯泣き言を言いながらも、ジャックとアディもまた、歩を進め始めたのであった。

ゲートには暗い表情をした兵士がいる。

「止まれ、ここは許可のない者を……」

シャドウが兵士の方を向く。漆黒のプロテクターとヘルメット、カラスの両翼を模した模様のマスク。その姿を見た兵士は得心を得た様子で、先ほどの言葉を訂正した。

「……シャドウだな?SIAの者から許可を受けている。……ただし、覚悟しろよ。あそこは……」

「心配ない。地獄なら慣れている。お気遣いに感謝する」

「そうか……。それでも覚悟しておけ。あそこには娑婆の常識を逸脱したことが起きている。ゲロ袋は持った方が良い」

「……わかった。三人分は持っておこう」

そう言って、三人分のみのゲロ袋をもってシャドウは前に進む、三人の男女もその後に黙々と続いていった。

死臭。

肉が焼けただれ、腐敗する匂い。

その忌々しい匂いは地獄への予感。周囲の人物に否が応でもそう感じさせるものであることは想像に難くなかった。

「ち、匂いが強くなってるぜ……」

壊れた倉庫、せわしなく動く兵士。負傷者を収容しているであろう医務用のテント。破壊された砲台。激戦の跡が生々しく残されている。だが特段、目を引く者が確かにあった。

血と肉。

飛び散った血。

消し飛びきれず残った肉。人だった欠片。

それは激戦の跡でないと気づくのに時間はかからなかった。

それは虐殺の現場。

メタビーングかメタアクターか。彼らがもつ力はいかに強大で、いかに人知を超えているかを克明に痛感させられる現場であった。それら全ては赤。人だったもの。『兵士だったものたち』が、こびりついている惨状が目の前に突きつけられる。

「……う」

「見るな。無理するな。アディ」

普段から人の死を見慣れている二人が目を背ける現場である。

ただ殺されたのではなかった。遊ばれて殺されたのだ。吹き飛ばすだけでは飽き足らず、苦しめ、苦しめ、もてあそんだ後に殺したのだ。襲撃者が周りを人間と認知したのならこんな現場は作られない。自分たち以外は玩具。その発想が出て初めてこの惨状が起こされる。

シャドウは肉片一つ一つに手を合わせた。祈る様に。

「……シャドウも神に祈るのか?」

「神がいたら、こんなことが起きるとでも?」

「……だな」

ジャックの問いかけにシンは痛烈に答える。シャドウは苦しみ人に寄り添った態度でいた。そして、どこまでも不条理を憎む態度でいた。ユキがその辺の兵士から司令部の場所を聞き出すと、シン達は肉片と血で染まった悪夢の中を歩んでいった。兵士達の表情も暗く悲惨だ。兵士の中でも目の前の光景に取り乱すもの、嘔吐をする者、泣き出す者、沈痛に黙る者、犠牲者の為に祈る者と様々だった。

司令部につく途中であった。四人は、二人組の女性に呼びかけられた。

二人とも軍服姿であった。片方は栗色のポニーテールをした兵士。もう一方はプラチナブロンドの長髪を結った衛生兵。その二人の右胸の部分にSIAのマークが描かれていた。

「貴方がシャドウね」

茶髪の方が語りかける。

「君は?」

「私はレナ。レナ・シュタイン。地獄へようこそ」

「シャドウだ。君のことは中将から伺っている。警察特殊部隊出身だったらしいな」

「近接戦の達人って聞いてたから、どんな奴かと思ったけど……ちょっと意外だったわ」

「どの辺がだ?」

「想像より15センチは小さい」

「すまない。努力はしたのだが」

「気にしないで。私は男に興味ないし」

二人がそう会話すると、ジャックが会話に入り込んで来た。

「外見はこうだが、こいつはヤバいぜ。訓練で俺とそこのアディの二人掛かりで相手した時はすごかったよ」

「ふぅん、それは興味深いね」

「信じてないな?」

「まあね、筋肉ダルマの大男がこの小さなレイヴンマンに負けるなんて信じられないわ……」

「気にしなくて良い……その子は?」

「フェリシア。フェリシア・ピアース。私の幼い頃からのパートナーよ」

「……よ、よろしくお願いします」

「……すまない。威圧させてしまったか?」

「ああ、気にしなくて良いわ。その子は男が苦手でさ」

「……なるほど、配慮する」

「……あ、私のことはお構いなく」

フェリシアはレナの後ろに隠れてしまった。

「それで司令室はどこにある?そこで解析作業が行われているって聞いたのだが」

「ああ、こっちよ。私たちについて来て」

こうして、六人の男女が惨劇の中心地、第三基地総司令室に向かうことになった。人を避け、血の付いた通路を避け、ようやく目的の場所に辿り着くことが出来た。

司令室の設備は無事であった。

設備は。

その周りに黒く焦げた焼死体と血を吐きながら絶命する通信士。中途半端に焼けて炭と肉の混合物と化した肉塊が床に散らばっていた。その死体を何人かの兵士が運び込む準備をしていた。

「……見慣れているとは言え、くるものがあるな」

「そう思うなら早く襲撃者を特定しなくてはね。シャドウ?」

「わかっている。アラクネ、解析を頼む」

「わかった。時間をもらうよ」

「あんたが『アラクネ』なんだね。クロカワ・ユキさん。軍の資料で名前は知ってるわよ」

「え?ええ」

「貴方は期待以上ね。ねー『フェリア』」

「……うん、思ったより美人さんよ。レナ」

「う、うん、ありがとう」

思わぬ賞賛に困惑しながらも、お礼を述べるユキ。その顔はどこか赤面していてトマトの様であったが。

「あー、すまないこれから作業に入るから、邪魔をしない様にしてほしい」

「ちぇー」

「……残念」

二人組の思わぬ食いつきに困惑しながら、シャドウはユキの作業の状態を確保することにした。ユキはコンソールに手を伸ばし作業を再開する。

シャドウはふと声のした方を見た。死体の一つに動きがある。

動き。生存者だ。

ジャックを含めた何人かがその人物に駆け寄る。

「お、おい大丈夫か?」

「生存者だ!フェリシア!」

「わかった。見せて!」

「ギギ…………ひ……」

「おいお前、ここで何が」

男は引きつったかの様に顔を歪める。それは恐怖の為であった。

ただし、その顔は通常の反応ではなかった。

笑っていた

「……ひ、ひ、いひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

生存者の一人は笑っていた。引きつったような笑いであった。よだれを垂らし、白目を向いて。ただただ笑っていた。

「ひひひ、天使、赤い。ひひひひひひ」

「だめだ。これはもう――」

ジャックがため息をついた時だった。

「ヒヒ、ヒ?ヒギ、ギギギギギギギギギギギギイイギギッギイイイイ!!」

男の身体がのたうち回る。両手と両足を奇怪に動かして。糸の切れた人形を激しくデタラメに動かしたかの様に、その男は節足動物が狂ったかの様に蠢き続けた。ジャックを含めた三人の男に抑えられたにもかかわらず。

「ぎぃぃぎ!ぎっぎぎぎぎぎぎ!ぎ!?」

男の目と口から血が吹き出される。

ごほっと吐血する音を最後に男は動かなくなった。

「……瞳孔拡大。心肺停止。……残念ですが」

「……そうか」

誰もがその様子を見守るしかなかった。

ユキ、レナ、フェリシア、アディ、ジャックそしてシン。

誰一人として助けることが出来ず。のたうち回りながら苦しむことを見るしかなかった。せめてシンは、シャドウは祈った。神はいないとしながらも、魂の為に。

その時であった。

警報。赤いランプ。基地全体に音声が流れる。

「総員、種戦闘配備。総員、戦闘配備。正体不明の軍団に襲撃を受けている!全戦闘部隊は基地入り口周辺に集結せよ!」

シャドウはジャックに声をかけた。

「ユキを頼む。俺はレナ達と共に敵を迎撃する」

「分かった。任せろ」

「気をつけてシン」

「ああ」

二人に司令部を任せ、アディ、レナ、フェリシア、シャドウの四人は迎撃に向かった。

ユキは解析システムの起動と共に、調査用に持って来たノート型PCを起動した。

「お前、システムは良いのか?」

「ジャック。プログラムは作動してるわ。あとは時間が来るまでこれを守る必要がある。もしかしたら、敵の目的はこのデータかもしれないわ。なんとしてでも死守するわ!」

「おう、わかった」

ジャックは兵士達から手渡された機関銃を構え、敵に備えた。

「もう一つ仕事しなきゃ」

ユキがノートパソコンの画面を開く。その表示の一つは基地防衛システムとリンクしていた。

「さて……無事だと良いけど?」

ユキはわずかなカーソル操作とタイピング入力で、ある『心強い援護』を行った。






基地の通路を走り回ると、怪我をした兵士が足を引きずっていた。

「……人型の機械が……押し寄せて……傷病者が」

兵士は息絶え絶えの様子で外の様子を伝えて来た。

「……これは合体も考えないと」

「そうねレナ」

「私も久々に本気出そうか知らん」

「……」

四人は施設内の外へ出る。銃撃があちこちで起きていた。敵の兵力は少なかったが、味方が押されていた。傷病者を抱えた状態で奇襲を受け大混乱の様相を表していた。

シャドウが敵アンドロイドの一機に近寄る。

「ギ!?」

シャドウは装弾数6発の火薬式拳銃を取り出したかと思うと、後ろからアンドロイドの頭部を二発撃ち抜き、その手元からライフルを奪い取る。さらに、その近くにいたアンドロイドの頭部を、奪ったアサルトライフルで正確に撃ち抜いた。

右の一機。

中央の一機。

左の向かって来た一機。

合計三機のアンドロイドがほんの一瞬で粗大ゴミと化した。

それは高度に訓練された特殊部隊の動きであった。

「え?」

「な、速い……」

戦闘に慣れてないフェリシアも驚きの表情を見せたが、元警察特殊部隊にいたことがあるレナですら驚嘆の声が上がった。

「うかうかするな。いくぞ」

こうして地獄だった場所は戦場となり、その戦場に思いもよらぬ援軍が舞い降りることになった。『影』の名を名乗る『カラスの男』であった。

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