第16話 死者の呼び声
惑星エリスに到着したシン一行は船内で休息をとった後、現場である『エリス第三基地』へと足を進めることにした。食事を簡単なものに留めて、準備を進める。各自の武装、点検を念入りに素早く行われる。といっても、持っていけるものは、どうしても小型の銃器や、携行できるものに限られる。それらが済み次第、一行は『セントアンドレー』の名を冠する街に踏み入れる。
市内はヴィクトリアと違いそれほど大きな街ではない。しかし、ここには他の地にはない活気と採掘惑星独特の雰囲気が支配していた。
自由でおおらか。そこに住む者達の傾向を見てゆくとその傾向が強い。田舎の地であるということも強く作用しているのだろう。ヴィクトリアなどの都会で急かされているような神経質な雰囲気は感じられない。その代わり、彼らはみな短気なものを持っていた。おおらかな時と仕事をしている時の差が彼らにアクティブな二面性を与えていた。
「……混んでるな」
「……ええ」
ウイングスーツの上にゆったりとしたローブを纏った男が居る。シャドウが街の様子を静かに呟く。ユキのほうは動きやすくぴっちりした服を着ていた。
シャドウの服装には意味がある。犯罪者やテロリストへの威嚇そうした意味が。見知らぬ人物に恐怖を与えぬ様に、シャドウの位置がおおっぴらにならぬ様に動く為に、航海者のような恰好に偽造することを考えたのだ。
ユキの場合はアラクネとしての顔は確かにあるが、一般市民への認知は皆無だった。各国政府のサイバーセキュリティ関係者、ハッカー関連の人物ならともかく、それ以外の人物には顔が割れることはない。
シャドウが不審者のような出で立ちをしなければならない以上は、彼の周辺人物ぐらいは身分を保証しなければならない。セントアンドレーという土地柄の性質上、顔の見えない服装をしていても気にならない事が功を奏した。基地の前まではこの服装で出歩き、基地に近づいたら、ローブを脱ぎ捨て、シャドウとしての行動を行う。潜入を視野に入れた行動である。
「……ん?」
ユキは怪訝な顔をして2メートル先の暗がりを見た。
シンは彼女が見ていた方を見るが、何も存在しない。だが、確かに人の気配を感じた。
「……誰かいたのか?」
「ええ、これ」
ユキは視覚データを画像や映像として保存・再現することが出来る。彼女が右手を上に向けて広げるとさっき見た画像が鮮明に映し出される。
それを見たシン、ジャック、アディの三人は奇妙な状態に目を疑った。
「……え、えーっと」
「……なんだこれ」
「新手のジョークだな」
子供向けアニメーションに出て来る少女の魔法使いのような服装をした人物が物陰に消えていった。そのことがはっきりと分かる。余りにも奇天烈な画像をみてシャドウはさすがに目が点になった。
そんな一向に近づいてくる者が居る。スチェイ。この事件の依頼者だ。
「やあ、よく来てくれました。四人も……どうしたんです。何か変な者で物でも見ました?」
「この近辺にこんな人物を見たんだが……」
画像の人物をシンは指し示す。スチェイは最初こそは目が穏やかであったが、次第に顔が青ざめ始めた。
「……彼女はまだいますか?」
そう言った時四人は物陰に歩み寄った。何かが路地裏に走り去るのが見える。
「捕まえろ!」
スチェイが叫ぶ。
「……え?」
「はやく!」
アディとジャックが戸惑いを隠せずにいる。シャドウはローブを脱ぎ捨てた。
スチェイは血相を変えている。シャドウとユキが一番早かった。小柄で体力があり、身体能力が高い。その上ユキは『ロプロック』と名付けた多目的ドローンを所持していた。偵察や特殊工作をするためのドローンであるが、空からの追跡にも対応できる高性能機器である。
「追いかけてロプロック!」
彼女の音声を承認したロプロックはもの言わず飛翔し、走行する対象を視認する。受信データから対象の位置情報を確認したユキはシンに指示を飛ばす。
「あっち!」
「ああ」
シャドウ達は路地裏の迷路を駆け抜ける。
左に右に、入り組んだ地形を駆け抜けると20メートル先に少女を視認した。
シンはスチェイの様子から一つの結論に辿り着きつつあった。SIAの職員が血相を変える状況。魔法少女の様な恰好。そこから辿り着く結論はシンプルだった。シャドウは『魔装使い』の存在を確認した。
シャドウの動きはニンジャじみた動きをしていた。その動きはパルクールとよく似ている。素早い移動。跳躍。金網への登攀と移動。よく訓練され手いるはずのアディとジャックが苦戦するような障害物をシャドウは羽の如く軽やかに移動する。
魔装使いの少女は身体能力に任せて移動を続けるが、シンの洗練されたスキルと身体能力、そして最短距離を移動するによって、次第に距離が縮まりつつあった。
「!?」
少女の前方に空間の歪みが広がる。少女がその中に飛び込んだ後、歪みは消えてなくなった。
「……逃げられたか」
「シン、あれ!?」
「さっきの見た?」
「ええ、あれなに!?」
「わからん」
スチェイ達三人が駆け寄って来る。
「捕まえたか?」
「変な歪みに飛び込まれた」
「……遅かったか」
「顔の画像はとれたわ」
「ナイスだ。その画像を」
「ええ、調べてくれるかしら?」
「この近辺の通学者のリストと照らし合わせれば出てくるかもしれないな」
スチェイにユキが画像データを送信する。スチェイの端末に少女の顔のデータが映し出される。
「……スチェイ、あれはまさか」
「……まさかだよ。非常事態だ。最近見なかったと油断した」
アディとジャックは困惑した様子で説明を呼びかけた。
「ねえ、あれ、なんだったの?」
「俺たちにも分かるよう言ってくれ」
「あ、ああ、すまない。基地跡に向かう車があるから、乗りながら話をしよう」
そうして五人は路地裏を跡にする。しばらく歩いて戻るとローブを脱ぎ捨てた付近に軍用車が止まっていた。そこに見慣れた若い将軍がいた
「スチュワート君。『ジェム持ち』はこっちに?」
「イェッサー、ですが逃げられてしまいました。近くにポータルが存在していたようで」
「なんてことだ。この近辺をしらみつぶしに調べるしか……」
「ですが、身元に繋がる情報を得ました。彼らのおかげです」
スチェイが指差した方をレオハルトは確認した。シャドウ達もレオハルトのほうに気が付いた。
「最近は縁があるね。助かったよ」
「俺は何も、ユキの手柄です」
「すまなかった。ところでこれから調査だろう?『血染め天使事件』の」
「ええ、その調査の許可を……」
「構わない。正規軍は自分たちで解決したいと考えているが、この事件はどうも我々が追っている案件でもある。なんとか許可をもらってきた」
「ありがとうございます」
「どういたしまして、こっちは任せてくれ……そちらの二人も、事情の説明はスチェイが話すよ。車に乗ってくれ」
「……え、ええ喜んで」
「あ、ああ、分かった」
共和国の英雄を前に二人の元傭兵は緊張の面持ちでいた。彼がにっこりあいさつをすると二人も仰々しく敬礼を返した。
こうしてシャドウ達五人は軍用車の車内で状況に整理をすることになった。
揺れる車内の中でスチェイは四人に対して口を開いた。
「シンには既に話しているが、今回の事件は私の旧友が犠牲になったのです。ニック。ニック・ブラウン大尉。彼だけじゃない。エーカー少将を始めとした多くの人命が失われました。襲撃者の正体、目的、要求は不明。それらも含めての調査をお願いしています。可能なら捕獲してこちらに引き渡してください。不可能なら、生死は問いません」
「……物騒な奴らね」
「なるほどな。骨が折れそうだ」
「……つくづく思うが、思い当たることは何かないか?」
「というと?」
「襲撃の原因や、敵の正体だ」
「………………ない訳ではないのです」
「へえ?」
「襲撃者の攻撃手段から『天使部隊』を名乗るテロ組織であると結論づけている」
「天使部隊か」
「戦争被害者で構成されたテロ組織だ。あらゆる軍事組織を憎み攻撃を行っている。何年か前に強襲作戦を行い部隊に打撃を与えて以降活動を休止している。今でも血眼になって探している組織がいる。『ここ』とかな」
そう言ってスチュワート中尉は自分の方を指差した。
「SIAか。シュタイン家爆撃事件が大きな影を落としている事は聞いている」
「ああ、今回の件も極秘の名の下に秘密にされるだろう。そうなってうやむやになればまた被害者が出る」
「それが依頼の理由か」
「そうです。そしてこの事件には今までにない存在が協力しています」
「……それは?」
「分かりませんが、少なくとも二つ以上の別組織の混合部隊が襲撃したと見ています」
「なぜそう言いきれる?」
「……人を模した歩兵部隊とメタビーング、そして『魔装使い』の存在が確認されました」
「!?」
四人は思わぬ情報に思わず目を白黒させる。
「いま、アスガルド軍の解析班が解析を急いでいるが、そのことは間違いないようだ」
「そのことも含めて私たちの調査が必要かしら?」
「ええ、『アラクネ』の協力が得られるならこれほど心強いことはありません」
「……なるほど、……話を聞く限り、内部の人員では動きがとれないのね」
「……ええ、ですが協力者がいない訳ではありません。まだ新人ですがわれわれの側に出せる人員がいます」
「誰だ?」
「シュタイン家の生き残りです。そしてその友人」
「……そうか。それだけなんだな」
「彼女達は捜査能力がありますが、無理をする可能性がありますので、どうか……」
「前言った通りだ。『子守り』は任せろ」
シン達が会話を終えると、車は『第三基地だった場所』へと辿り着いた。
「……現場で物を見る時は覚悟して下さい」
「……わかった」
そう言って四人は車から降りて『基地だった』場所を見た。
「……何の覚悟?」
「……ゲロ袋が必要かもしれないってことさ」
「……覚悟しておくわ」
フルハウス隊の元メンバーのやり取りを尻目にユキとシンは瓦礫の山へとホを進めた。付近には死臭と肉の焼ける匂いの残滓がわずかに漂う。それは、間違いなく命だった者達の最後の痕跡に他ならなかった。
「無理するなよ。ユキ」
「……大丈夫。慣れているから」
「……」
『基地だった場所』に向かう四人の足取りは確実に重かった。彼らがこれから目にするのは人間の悲惨な不条理と現実を見ることに他ならなかったからだ。
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