第15話 試験

『セントへレナ』の貨物室はあまり荷物が存在しなかった。弾薬の類いは別室に保管されている。食料は調理室の倉庫内のみ。本来なら移動中の船舶には星間貿易の貨物が置かれているはずだった。しかし、共和国領惑星エリスの短距離の航海であることに加え、滞在期間の短さもあり、不必要な仕事を断る余裕ができた。代わりにこの大きなスペースにて『試験』が行われようとしていた。

部屋の中央に身動きのとれやすい服装のシンが居る。

部屋の照明が部屋の入り口から順に点灯してゆく。

シンの黒い服装が光に照らされる様になる。

その向かい側には二人の男女が直立してシンを伺っていた。

ジャックとアディ。二人の元傭兵である。

筋骨隆々のジャックは迷彩柄のタクティカルベストの上でも鍛え抜かれた身体を隠しきれずにいた。アディは中心にジッパーのついたレザースーツを着用している。短いスカートを着用しており、スタイルの良い体つきが自然と強調されていた。

二人の様子を見て、シンは口を開く。

「少し、遅くなったが、『試験』をしてもらう。二人とも、俺と戦え」

「……薮から棒だなホントに」

「……あらん?二対一で?正気?」

「本気だ。俺を倒すつもりで来い」

シンは一歩前に足を踏み出し両手を構えた。

それに合わせてジャックは特殊警棒を出す。

アディはスカートからサソリの尾の様な器官を突き出した。

布が破ける音と共に、粘液のついたサソリの尾がゆらりと獲物を伺う。

「……神経毒はきついわよ。部屋に解毒薬は用意したけど」

「心配するな。一回も当たらないからな」

「……どうなっても知らないわよ」

アディとシンの表情が殺気立つ。先手を切ったのはアディからだった。俊敏な針の攻撃が左右にシンに襲いかかる。

右。

そして左。

プロボクサーのワンツーパンチの如く鋭い攻撃が飛び出した。

シンはその双撃を回避し、すれ違いざまで、アディの腹部に痛烈な一撃を与えた。

「……ぐ」

「これで本気じゃないだろ?来い」

「……調子に乗るなッ!」

アディの殴打に合わせて、ジャックも攻撃に参加した。

アディの両腕の連打を影の如く避けるシン。その一瞬の隙をジャックは見逃さなかった。ジャックは警棒を持つ右手を振りかざす。

「!?」

「今のは、良かったな」

しかし、振り下ろした腕は途中で不自然に止まる。そしてその勢いのまま、ジャックの身体は一回転しながら地に叩き付けられた。

アディは怯むことなくシンに接近する。

右。

左。

右。

前蹴り。

激しい攻撃がシンを襲うがまるで効果はない。しかし、相手の動きが止まった。アディの微笑と共にサソリの尾が、シンを襲った。

「……ほう、なかなかだ」

「!?」

サソリの尾の針は止まる。しかし、どこにも刺さらなかった。シンの首側面に刺さるはずだった尾はシンの手に掴まれていた。

「ま、まずい――」

気づいたときには後の祭りであった。アディの身体が宙を舞う。わずかな動作で繰り出された真の投げ技によって、受け身をとる暇もないほど唐突にアディは投げ飛ばされてしまった。

「ガ、ぐぁ……」

メタアクター能力によりサソリの攻撃手段を持つとは言え、彼女の身体構造はただの人間。身体を地に叩き付けられれば、確実に大きなダメージを受けることになる。戦意を削ぐには十分であった。

「……そこまで。悪くないな合格だ」

「……またかよ……俺より……背え低いのに……」

「…………げほ」

「おい、アディ。無事か?」

「これが無事に見える?冗談きついわ」

「……よし、しゃべる余裕はあるようだな」

二人の間にシンが語りかけた。

「二人とも、とりあえず入社おめでとう」

「……ひっでえ試験だ」

「戦闘もできる人材の募集だからな。これくらいの事が出来なきゃ困る」

「はは、冗談きついぜ」

シンは倒れた二人を起こすのを手伝った。ベテランの戦闘員とメタアクターとの戦いはシンの圧勝ではあった。しかし、シンはその過程を十二分に評価しる旨を二人に話し始めた。

「ジャックにブランクはないようだ。いくつか鋭い攻撃もして来たし、動きも良かった。戦術もしっかりしている。さすがは『フルハウス隊』の隊長だなって思ったよ。そして、アディ。君は予想以上に良い人材だ。薬学の知識も申し分ない。対人スキルも備えている。武器やAFの扱いに優れている。なにより、今の身のこなしと『能力』を使った戦闘スキルは目を見張るものがある。……合格だよ。今後に備えて休んでくれ」

シンは鬼神の如く殺気立った様子から元の穏やかな表情に戻った。

それを見て二人は苦笑いの表情を浮かべた。

「もう勘弁して……死ぬかと思った」

「俺は楽しかったぜ。シンとの久しぶりの組み手」

「冗談じゃない……身体痛い……」

「骨に異常はないな。受け身はとれたみたいだ」

「それでも、あの攻撃は怖いわ。……私が投げられるなんて……」

「こいつじゃしょうがないさ。その程度で済んだことに感謝だな」

「……そうね」

「ところで、シンの旦那?飯の前に聞いておきたいことがある」

「なんだ?」

「今回の任務だ。大金は出たんだろうが、どうしてこの任務を受けたんだ?結構危険な予感がしたんだろ?」

「信頼するに値する人物の依頼だった」

「でも、奇人変人の巣窟のSIA所属なんだろ?ほら、『レオハルトの妖怪屋敷』ってうわさの……」

「物事には例外がある。彼がその1人だ。スペンサーとスチェイの二人はレオハルトの部下の中で常識人のポジションに居る人物だ」

「なるほど、真面目な奴って事でいいんだな」

「ああ、彼はしっかりした人だ。そんな彼が土下座までして俺に依頼をして来たんだ。無下には出来ない」

「……そういうことなら納得だ。旦那も良い目線をしてるぜ」

「目線?」

「人の目線さ。どうもお前さんは人を見る目がある。フラットな目線で人を観察できる人間はなかなかいないものでな」

「兄貴やレオハルト中将には敵わない」

「それでも、いい審美眼だと思うぜ。大事にしな」

「ああ、……ありがとう」

「お礼を言うなら次は手加減してくれよ。全身が痛え」

「無理な相談だ」

「全くヘビィだぜ」

その後、昼食をとりながら、二人と情報交換したシンは二人に今後の調査についてどうするかを訪ねた。元傭兵としての観点から、『血染め天使』に近づくことが狙いだった。だが、結局のところジャックたちが分かる範囲でもかなり限定されているのが実情だった。それでも、わずかなヒントになればと思ったシンは短いメモを残すことにした。

血染め天使について

私設武装組織『天使部隊』の一員と見られる。シュタイン家爆撃事件後は、それまでいた古参の部隊と『血染め天使』を含めた過激派の対立が見られる様になった。

現在の『天使部隊』の動向はAGUを始めとした有志連合の強襲作戦を受けて以降不明。

限定的ではあるもののシンは手掛かりを得ることが出来た。今はそれだけで十分だとシンはお礼を言った。

「すまねえなシン、俺たちでもこれくらいが限界でな」

「気にしないでくれ。情報を整理できただけでなく、新しい情報まで仕入れることが出来た。それだけで十分だ」

「そう言ってくれるなら私たちとしてもありがたいわ」

「ああ、そうなるとひとつ疑問が残る」

「?」

「基地にはメタアクターの部隊も常駐していたはず。なのに、その部隊がやられているのが気になる」

「そりゃあ相手は『血染め天使』だからなあ、あの毒粒子のせいでまともに戦えなかっただろう?」

「一人や二人なら、ともかく当時十人いた。かの強襲作戦ではアスガルド軍も何人かメタアクター部隊を派遣している。そのときの『天使』は苦戦していた。能力の引きはともかく、使い手そのものの技量は低かった判明している」

「どこ情報だそれは?」

「レオハルト中将。本人直々の分析結果だ」

「確定かよ。なら、基地襲撃には他にも誰か噛んでいると?」

「そう考えた方が良い。だから君たちの初仕事は護衛、捜査中の俺とユキの護衛だ。調査情報や証拠を隠滅されないように守ってくれ」

「あいよ。でいくら?」

「給料は指定の日に出す。前もって書いてもらった契約書通りだ」

「乗船前のあれか。きついな」

「その代わり約束は果たす」

「わかったよ。じゃあお休み」

「ああ」

二人はそれぞれの部屋に戻っていたので、シンも自分の寝室に戻ることにした。その途中でユキと合流して二人でこの日のことを整理することにした。

「あの二人どうだった?」

「問題なかった。ジャックもブランクを感じないしな」

「良かった。カズに助けられちゃったわね」

「ああ、アイツは世界中に友達が居るからな」

「ミハイルさんみたいに?」

「ミハイルは友達通り越して『彼氏』な。どっちかと言えば俺がたまに話をするフランク連合の音楽仲間とか……」

「そっちかー。あの人ホント顔広いよね」

「全くだ。それより、明日の調査はどうするか?どうも、今回の事件は『血染め天使』だけの犯行じゃないみたいだ」

「うーん、そうね。一人で襲撃するのは考えにくいしね」

「天使部隊は少人数でのゲリラ戦を得意としているが、それでも一人ってことはないだろう」

「んー、そうなると現場の目撃者に話を聞かなきゃ。そうなると現場を誰が調査するかが気になるよね」

「正規軍主導で調査をしているから、『門前払い』を食らうかもしれない」

「潜入も視野に入れた方がいいかもね」

「そうだな。今のうちのウィングスーツの調子を見なければ」

「そうね。私も準備しなくちゃ」

ユキとシンは『セントヘレナ』の情報を確認しながら、艦の操縦を続けた。モニターの情報を見ると採掘惑星エリスまでの距離が算出されている。あと二時間くらいでエリスの宇宙港につくことが確定していた。

艦の管理で動けないユキの代わりに、シンは二人分の装備のチェックを行うことにした。銃、投擲物、ユキ愛用のドローン、各種試薬、記録用の小型撮影カメラ、プロテクターと通話端末。

まだ他にあっただろうかと考えながら宇宙の方を見た。

艦の周辺には星だけが美しかった。惑星エリスの姿はまだない。

シンはふうっと息を吐いてから、ささやかな休息に戻った。

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