第14話 セント・ヘレナの復活
宇宙港の忙しなさと事務的な雰囲気は二人にとって独特な緊張感を否応なしに与えて来る。
シンが手続きを済ませている間にユキは、自らが所有する船舶『セントへレナ』の調子を確認することにした。その船は輸送船クラスの大きさ程しかないが、民間の船の中ではかなり重装備の部類ではあった。全長210メートル。海上艦ならば大型の軍艦クラスの大きさだが航宙艦なら駆逐艦クラスの大きさでしかない。
それでも、武装に関しては下手なシャトルよりは安全ではあった。
ユキが雑務や調理などの雇われの船員と合流した後、船の準備にかかった。といっても大昔と違い。船の管理は国内ならばそれほどの人員を必要としない。ましてや、ユキの船舶はユキ自身とシンの二人で運用すれば問題ないくらいであるほど、高性能であった。
ジーマTHX国の技術は少人数の艦船運用技術に優れており、それを支えていたのは艦船自体の人工知能であった。ジーマ人のコンピューター技術は他の追随を許しておらず、多くの技術者を生んだ功績がある。その技術を用いて極少人数での船舶の運用を可能としている。船の運用に関しては一人か二人いれば問題ないくらいで雑務や調理などの要員が存在すれば大分楽になるほどだった。
ユキが艦橋に着くとカプセルのような艦長席が存在していた。そこにはケーブル状の接続回線といくつかの箱状の補助演算装置が備え付けられている。
ユキはケーブルを手にとり自分の首元に接続する。
「……ぐ、……んん」
ユキが一瞬、びくっと痙攣したかの様に反応した後、ユキはそのまま席に座った。ユキの痙攣はしばらく続いたがやがて大人しくなった。ユキの意識は艦全体の状態をチェックし始めていた。
ユキの手で運用するにはAIとユキをリンクさせる方法が効率良かった。手動で操舵・管理することも可能ではある。何らかの理由でシン動く場合はそうしている。しかし、この方法がタイムラグや入力への無駄が少なく、有事の際には複数かつ高度な命令を1人でこなすことができる。
この艦船を運用するときにはとても都合が良かった。
「……ごきげんよう、ユキ。調子はいかがかな」
AIはやや気だるそうな様子でユキに話しかけた。驚くべきことだが、この人工知能ほぼユキの自作だと言っても良い。元は規格品のAIだがユキがプログラミングをかなり施してあるため、改造品を通り越してオリジナルと言っても良い。性能は規格品より段違いであるが性格がややピーキーにはなっている。
「問題ないわ。船もヒューイの毒舌もばっちりみたいね」
「ああ、全てはマスターの手の内って奴さ」
「私はいつ悪役になったのよ」
「ピエロには慣れっこだろ?マスター」
「……食えないやつ」
そうこう話していると三名ほどがユキの方に近寄って来た。
「……アンタがユキ・クロカワかな?」
「そうだけど何の用?」
「ああ、カズの紹介で『バレット・ナイン』の一員になった者だ。ちょっと紹介したくてね」
「貴方達がカズの言ってた人ね。話は聞いてるわ。『バレット・ナインセキュリティ』へ、ようこそ。私が副社長のユキよ」
「おう、ジャックと呼んでくれ。こっちの美女はアディ。こっちはエランだ」
「よろしくお願いします、副社長さん。私はザザン・アディーネ・スコルピ。オズ連合から来ました。ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「貴方は戦闘スキルだけでなく薬学や毒物の知識に長けているそうね。治療が必要な時は期待してるわ」
「ありがとう、アディと呼んでちょうだい」
「わかったわ。アディ」
エランもオズの言葉を話し始めた。ユキはその意味を察しかねたが、話し方や口ぶりから誠実そうな印象を受けた。
「彼もふつつか者ですがよろしくと言っているよ。彼は熟練の整備士よ。きっと重宝すると思うわ」
「ありがとう、ところで私メタアクターでね。変異型なの、不愉快な姿になるけど大丈夫かしら?」
「問題ないわ。私もシンもそんなこと気にしないから。ところでアディさんはどうしてこちらに?」
「スリルに飢えているの」
「といいますと?」
「ジャック隊長と私は元々『フルハウス隊』と呼ばれた傭兵団のメンバーだったのだけれど採算がつかなくなっちゃってねぇ。名声のある者のもとで働こうとおもっているわ。可愛いハッカーちゃんとカラス坊やが仲間とはねぇ」
「…………シンと面識が?」
「ええ、過去にね。でもそれ以上にカズには貸しがあるからね。味方だと確定して良いわ」
「……ならよかったわ」
「まあ、アディはいつもこんな感じだから気にしすぎるなよ。女の悪役見たいな見た目だけど、良い奴だからな。この子」
「そう、ならそう考えるわ」
「分かってくれてよかったよ」
バレットナインの新メンバーと合流した後、ユキは艦の管制システムの確認を再開することにした。
「ユニークかつ個性的な連中だ。この調子ならサーカス団でもやっていけるぞ」
「……あなたには調整が必要みたいね」
「ワタシ、アナタニ柔順ナリ。本日ハジツニ出発日和デス」
「……都合が悪くなったら片言。もう飽きたわそれ」
悪ふざけの続くAIを無視し艦の出発準備をユキは順調に進めた。
シンが乗り込んでから、30分経過後のこと。
セントヘレナの発進シークエンスに差し掛かる。いくつものアームで吊るされたセントヘレナの船体が浮遊し、ゲートの方まで誘導される。アームから解放されたセントヘレナは浮遊した状態のまま、開かれたゲートの方まで進行した。
「こちらアルスター級『セントヘレナ』。これより当船舶は発進します。どうぞ」
「こちらアスガルド共和国ヴィクトリア宇宙港より、セントヘレナ。第十一ゲートに進行せよ。どうぞ」
「ラジャー、セントヘレナ。スタンバイ」
セントヘレナの尖った船体が円筒状の領域に進行する。背後のゲートが閉じられ、左右のガイドビーコンが進路を示す。前方の進路が開かれ、ゲートのハッチが開く。開かれた扉から暗黒と星々の輝きが顔を覗かせる。夜空だ。
「セントヘレナ、進路クリア。発進を許可する。どうぞ」
「ラジャー。セントヘレナ。これより発進する。どうぞ」
「管制塔より。良いたびを。どうぞ」
「ラジャー。セントヘレナ、アウト」
通信のやり取りが途切れ、白銀の船体が加速する。アフターバーナーから蒼い光が噴出されると共に、尖った船体が空を駆け上がる。
重力を振り切り、ヴィクトリアの大都会に背を向ける。
その船体が大気圏の外に出るまでにかかった時間は多くない。短い船旅。エリスの距離が短いとは言え、惑星の外は危険な事には変わらなかった。シャトルや輸送艦と共に『セントヘレナ』が虚空を突き進む。海賊や銀河暴走族の警戒をしつつ、虚空の先へ進路を取る。
「今回の調査、どう思う?シン」
「……見てみないことには分からないが、普通の手口じゃない。きな臭い仕事になりそうだ。十分気をつけてくれ」
「ええ、あなたも」
そう言った矢先だった。
レットアラート。
民間のシャトルから攻撃を受けたと連絡。
セントヘレナの艦橋に情報が表示される。
「……雑魚みたいね」
「援護してやれ。ユキ」
「はーい」
『セントヘレナ』の艦側面にミサイル発射官の門が開かれる。じりじりと角度の微調整を繰り返す。
そして。
「撃て」
シンの短い命令と共に、銀の矢が放たれる。
雇われの乗組員報告とジャックのミサイル到達カウントの音声が響く。無音の宇宙に閉ざされた艦橋の閉鎖空間に声と緊張感が支配する。
閃光。
海賊の船の全滅とシャトルの無事が知らされる。
燃え尽きた基地だった跡には何も残りはしなかった。
命だったものは形と死の痕跡を残すだけだった。それは余りにも無常で残酷な結末。哀れな命達の残酷な終焉だった。
そこに最初に降り立ったのはSIAのフリゲート艦であった。セントヘレナの原型。プロトタイプ。改造のない純粋無垢な規格品。量産された制式な艦船である。アルスター級であった。
尖ったフォルムの船舶がかろうじて無事なポイントに着陸する。
艦船の下部。ハッチが開かれた船内から、ぞろぞろと兵士達が飛び出す。その一団の中央奥から若い将軍が表れる。
レオハルト。レオハルト・シュタウフェンベルグ。
若き英雄であった。
「……なんてひどい」
忌むべき光景にレオハルトは顔をしかめる。
「間違いない。『奴』だ!私の家族を奪った『奴』だ!」
「レ、レナちゃん。どうか落ち着いて」
「分かっている……分かっているけど……」
「怒る気持ちはもっともだけど。いまは捜査に集中してね」
「……わかったよ」
レオハルトのそばに若い女性が二人いた。二人はスーツを着ていた。黒を基調にしたスーツ。スカートではなくぴっちりした黒いズボン。
レナと呼ばれた方は明らかに活動的な印象を受ける。その表情は長年の痛みと恨みで激しく怒った様子であった。
対照的にフェリシアは冷静だった。レナに『フェリア』変わった呼ばれかたをされるこの女性はレナのストッパーとして機能していた。内向的で繊細。明らかに押されたら折れるタイプの人物ではあったが、相棒の安全のため、あえて強硬な態度でいることを選んでいた。
「レナ。フェリシア。調査の際には覚悟してくれ。その代わり、今なら有益な情報が眠っているはずだ。……生存者もいるかもしれない。十分注視してくれ」
レオハルトがフォローをする。
「サーイェッサー」
「……い、イェッサー」
対照的な返事だが、真摯な返答だった。
レオハルトは最後まで手を尽くすことを考えた。
その横に近づく者がいる。スチュワート中尉だ。
「呼び出しとの事ですが……」
「スチュワート君。すべて分かっている」
「……申し訳ございません」
「……理由も分かっている。君は親友の死の理由を知りたがっている。そしてその為の切り札はもうこっちまで来ていると」
レオハルトの指を指した方角を見ると、セントヘレナが空中を横切っていった。エンゼルフィッシュ市の宇宙港の方角だった。
「……おそらくこの事件は極秘の名の下に封鎖されるでしょう。そして全てがあやふやになる。それがただただ、堪え難かったのです」
「……本来なら、それでも耐えてほしいと言いたかったが、状況が変わった。彼らと協力して事件を解決してくれ。ただし、必ず犯人に辿り着け。さもなければ、正規軍に我々が圧力をかけられることになる」
「わかっています」
「エクセレントだ。レナとフェリシアを頼むぞ。スチェイ」
レオハルトはそう言って姿を消した。青い残像、時速560キロの軌跡。
蒼き英雄は『蒼き旋風』となった。若き将軍の残された跡には三人を含むSIAの局員達が呆然とした表情だけが残された。
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