第二章 魔女と堕天使編

第13話 血染めの毒天使

悲鳴。そして恐慌。

基地司令室は絶望と恐怖が蔓延していた。無線の音声から聞こえるのは命の最後の叫びであった。

「……こ、こちら、タンゴ5!は、早く援軍をぉ……わぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」

「デルタ3だ!援軍はまだか?応答してくれ――」

「ひゃ、ひぃはははははは、赤だぁぁ。赤にまみれて死ぬんだよぉぉぉっぉぉ!」

「ひぃ、ひぃぃぃぃいっぃいいいいいいあああああああああああああああ!!」

「ぐがぁ、ぐげげえげげぇぇえええええぁぁああ!!!!」

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくな――」

聞こえる無線からは地獄の音色が響く。

悲鳴と肉が焼ける音、分子がほどける音で響く地獄の音色が。

「タンゴ・チーム全滅!ブラボー隊50%をロスト!」

「デルタ隊は生存者わずか!部隊の機能維持しておりません!」

「基地自動防衛システム、損傷率75%突破!もう限界です」

「攻撃用ドローン部隊壊滅、も、もうだめだ……」

司令室の無線通信士達が違う意味で悲鳴を上げる。

どの顔にも絶望の顔が伝わって来る。

「司令官。もう危険です!撤退の指示を」

「……総員、基地を放棄。総員退避だ!」

司令官がそう告げるとオペレーター達もその言葉を繰り返した。

「撤退だ。総員退避。繰り返す、総員退――」

次の瞬間、司令部に深紅の霧が充満した。

逃げようとした通信士を、老齢の司令官を、年若い副官を焼いた。霧状の粒子が弾け全てのものに引火する。

「あぎぃいいいぇあああああああ!!」

「ぃぎぃぃぃああああああああああ!!」

「ごがぁあああああああああああ!!」

肉が焼け、皮が焦げ、髪が燃える。

中途半端に焼けたものは悲鳴をあげることができた。焼ける最期の苦しみを声で伝えることができた。しかし。粒子を多く直撃した者はそれすらできなかった。

「……ぐ、……げ……」

「ガ…………ガ…………」

熱で声帯が潰れる者、そもそも火だるまの者。恐怖で発狂する者。どれもこれもが凄惨であった。

地獄の具現化とも言える悪夢の中に、無邪気な女の笑いが響く。

「あっはははは、もうたまんない!はははっは、うふふふふふ、あははははは」

少女のような堕天使の声が命の悲鳴をせせら笑った。






秋の気配を感じるある日のことである。

ライコフ事件が世間を賑わして一ヶ月以上のことだ。小さいながら『バレット・ナイン・セキュリティ』は小さな依頼を重ねながら、細々と生きていた。ユキの情報セキュリティ関連の依頼と、カズとシンの仲介業務、そしてシン直々に動く特殊な警備業務や細々とした調査の依頼をこなしながら、束の間の平穏が過ぎていった。

その平穏はある来訪者の登場と共にあっけなく破られることになった。

ノックと共に現れたのはSIAの将校の一人スチュワート中尉だった。

奇人変人とびっくり人間の集まりであるSIAの所属の中では、彼は比較的良識をもった男である。アズマ国の文化を明後日の方角に楽しんでいるところを除けば、竹を割ったかのような真面目な好青年である。

「君がここに来るのは珍しいな。何かあったのか?」

シンは怪訝そうな顔をしつつ、疑問を口にする。

彼は泣いていた。感情を抑えて行動できる男のはずであったが、この日の様子は変だった。軍服を着ているが、どこかよれている。腕の方には黒い布が巻かれている。喪章だった。

「……どうやら、とんでもない依頼になりそうだ。ユキ、スケジュール帳を持って来て」

「わかったわ。ちょっと待ってね」

ユキが席を外した後、シンは慎重に言葉を交わすことにした。

「……」

SIAの人員は何から何まで特殊だった。任務の特殊性や、高度な戦闘能力を必要とされる背景、求められる様々な技能、設立の歴史。どの観点から見ても異質な組織と言える。警察組織の機能を持ちながら軍隊でもあり、防諜機関でありながら研究機関でもある。

あまりにも奇怪な組織のため『レオハルトの妖怪屋敷』と揶揄されることも多々あった。そんな組織にも例外的に良識的な性分の人物がいるもので、スチュアートはその三人いるうちの一人といっても差し支えはない。彼は例外的に正規軍の人間関係も良好で、正規軍との連携をとる際には要となる人物の一人であった。

そこでシンはもしやと、考えた。

スチュアートは恐らくは正規軍時代の友人を亡くしたのではないかとシンは考えた。そうなると、普通の案件以上に危険なかなり厄介なものとなるのは確実である。依頼の拒否も視野に入れて慎重に考慮することをシンは求められていた。なにせ――。

「……どなたかは存じませんが、亡くされたようですね。心中お察し申し上げます」

「……ありがとう。今回ここに来た理由は他でもない。惑星エリスで亡くなった旧友のためなんだ」

「……というと?」

「……『血染め天使』の調査を依頼したい」

「……!!」

『血染め天使』。その存在が確認されたのは今から5年前、再興暦322年の頃だ。ある野外パーティの会場が突如として攻撃を受けた。今でも原因は分かっていない。その事件は、当時『シュタイン一家爆破テロ事件』と呼ばれていた。その当時、生き残ったのは少女が一人。

レナ・シュタイン。名門シュタイン家の血筋を引く女の子だ。

彼女自身は平凡な家庭環境に生まれ育ったに過ぎない。しかし、彼女の運命は遠い親族の結婚式に招待されたことによって狂わされた。

両親は死んだ。親族郎党みな死んだ。幸か不幸か、彼女は林の中で一人いた。彼女以外の親族は全員命を奪われた。

ある者は焼かれ、ある者は塵に帰し、ある者は黒く焦げた人形となった。

レナ・シュタインは警察のキャリアで実績をあげた後、紆余曲折の末にSIAの職員になったことをシンは聞いている。

「……その案件は危険すぎる。俺の見立てが正しければ彼女は特殊な粒子を体内に溜め込む性質を持った女テロリストだ。俺以上に適任者がいるだろう。例えば……レナのコンビとか」

「良くご存知で」

「新聞の記述にあるぞ。シュタイン家最後の生き残りSIAに入局とな」

「……」

「この時に今の相棒とちょっとした騒動を起こした事も聞いている。そのときに『人間やめちゃった』らしいな。衝撃的だよ、こんな記事。彼女らに任せても問題ないんじゃないか?」

「……この案件は貴方にこそお願いをしたいのです」

「……メタビーングやメタアクターの力がどれほどの規模かはお前だって知っているだろう。それほどの力を得たなら、『堕天使退治』はそいつに一任してもいいんじゃないか。新人だからって言い分は無しだ。他のメタビーングだって存在するだろうに」

「……私は『血染め天使』を殺したい訳ではなく、彼女に口から真実を知りたいのです。なぜ、リックたちは殺されなくてはならないのか。それを知りたいのです」

「それを知ってどうする」

「全てを知ったら、法の裁きにかけていただきたいのです。彼女は情状酌量の余地があるのか、それとも死んで当然の毒婦なのかを、私は知りたい」

「…………」

「お願いします!友人達から金をかき集めて来ました。これだけあれば、家一軒立てることもできます。それだけのお金をかき集めてきたのです。それでも足りないなら指でも腕でも持っていって下さい!必要なら、ハラキリもします!お願いします」

床に正座した中尉はそのまま両手と頭を地に着けた。

早い話か、土下座だった

「……お前な、俺をアズマ国のマフィアと勘違いしてないか?」

「……う、お願いする時は指を詰めるものだと、てっきり」

「はぁ、まあいいさ。それにしてもなんでリックって奴にこだわるんだ?」

「彼は士官学校でも同期だったのですが、それ以上に幼馴染だったんです」

「……そういうことか。そんな話をいつもしてたな。彼が……」

「はい、…………彼の残された家族もどうして死んだのかを知りたがっていました。しかし、正規軍が重要なことを隠してしまうのです。だから是非貴方に調査を……」

「…………」

よれよれのスーツを着たスチュワート中尉の様子と、かき集められた札束のカバン。似非アズマ国文化に被れているものの、誠意のある姿勢。それだけのものを見せられた以上はシンとしてもその頼みを無下にはできなかった。

「……わかった。やってみよう。ちょっと待ってろ」

シンはユキに声をかけた。

「ユキ、ちょっといいか。スケジュール帳には今日から八日分の予定を開ける様にしといてくれ、あと、契約書。捜査の依頼だ。さっき言った分の作成を頼む」

「ありがとうございます」

スチェイは初めて笑顔を見せる。その顔は暗闇の中で光を見た人間の顔であった。

スチェイが帰った後、シン達は装備を整え始めた。

「シン、ウィングスーツの調子はどう?」

「問題ない。プロテクターに異常もないし、滑空用の羽も正常に稼働できる。可視化ゴーグルの調子も良い」

「よかった。銃器は現地調達だから、装備は着いたらすぐに点検しといてね。……あ、私は問題ないよ。戦闘服とゴーグルの機能オールグリーンね」

「わかった。……カズ今回は行けそうか?」

「ごめん、ちょっと別件が。書類の翻訳。そっちがあるから始めのうちは無理そう」

「わかった。事務所の戸締まりを頼むぞ」

「オッケー」

カズはにっこりと笑った後、仰々しく敬礼のポーズをとった。それを見てにっこり二人は微笑み目的地までの旅路を相談した。惑星エリスまではユキの所有する船舶を使えば十分にいける。時間はそれほど掛からないが、そのあとの予定が問題であった。

手掛かりがない以上は惑星エリスの襲撃された基地を捜査するしかない。だが正規軍が極秘扱いする以上はなにかしらのアプローチの仕方を考えなければ追い払われるだけの結果に終わるのは明白。シンは捜査の前にある人物にコンタクトをとった。

「……レオハルトさん。申し訳ないのですが、ある人物と同行させていただきたい。……はい、例のコンビとです。その子たちの子守りです。それを、私に任せてはいただけませんか?そうすればトラブルがあって彼女達だけでは苦労することも、対処がしやすいと思います。……スチェイの件です。……はい、では、そう言うことでよろしくお願いします」

端末の電源を切ったあと、シンはユキに声をかけた。戦闘服は一度カバンに収納し、身動きのとれやすい普段着でシン達は行動する。事務所から出た二人は電気自動車に乗りながら、宇宙港の方角に自動車を飛ばしていった。

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