第8話 嵐の前の静けさ

戦争は準備で決まる。

その教訓は古代の兵法書を始め、数多く存在した。

それは今を生きる我々にとっても例外ではない。死にたくないなら、救いたいなら、生き残りたいなら、なおさら備えるしかない。

シンにとっては自分の過去に裏打ちされた常識に他ならなかった。

シンはだからこそ情報を集めた。

事はユキの救出だけではない。アスガルドに放たれる『死の矢』をも阻止しなければならない。

捕獲した将軍と盗んだ資料によれば、ユキのいる要塞監獄とミサイル発射地点は真逆の位置にある。人員を二手に分けなくてはならないのは明白であった。

「……とんだ災難だな。シャドウ」

「……君がいてくれたおかげで、まだ何とかなりそうだがな」

「ああ、……それにしても、どうするんだその将軍は?」

「取引につかう」

「と見せかけて囮にする算段なんだろ?」

「ばれたか」

「シンプルなやり方だな。要塞に入る前に戦力を分断するわけか」

「ああ、だが俺の目的はユキだけで良い。そちらのしたいことはそちらに任せる。まあ、ミサイルだけはなんとかしてくれや」

「……言われなくてもそうするつもりだ。絶望を信仰するカルトどもの相手はうんざりだ」

「忍耐強いお前が『うんざり』か。そいつらは末期だな」

「その手の連中はどんな思想であれ、うんざりだ」

「ああ、それだけは賛成だ」

ミハイル将軍はボックスにしまって正面から出た。気づいた時には後の祭りという落ちだ。資料もあらかたいただいた以上、敵の目的とやり方ははっきりと分かっていた。後は一泡吹かせるだけだが、問題があった。

ミサイル発射地点に関しては問題ない。発射台のミサイルをその場でめちゃくちゃにすれば良い。

ユキの要塞に関してはそうはいかない。侵入経路が見つけられない。

最大の問題だった。

「…………」

シンは深い思考の海に意識を落とし込んだ。

敵の手の内や目的が不明瞭な以上は生半可なやり方では返り討ちに遭うだけだ。ミサイル砲台の破壊自体は簡単だ。こちらにはイェーガーもジョニーもいる以上はいろんな手段が考えられる。

ジョニーが直接大暴れするのも良いが、イェーガーは長距離射撃の名手だ。戦術は大きく広がるだろう。しかし、問題はユキのいる監獄だった。警備システムは厳重。警備体制および警備設備がしっかりしている。内部への侵入は非常に困難。よって『宮殿』でおこなったような潜入の手段は非常に危険。ならば、正面から大型の機動兵器に搭乗し、直接突入したほうがまだ望みはあった。

要塞監獄ではあるが、対空装備は機関砲とわずかな迎撃ミサイルだけだ。空中から時間をかけずに攻め込めば、入り込むのは簡単だ。

しかし、その場合は脱出の流れは二通りのうちどれかになるだろう。

その一つ目は空中から脱出することだ。しかし、空戦型の機体では、装甲は薄く防御は見込めない。

陸戦用では、自走砲台の餌食になる。

「……機体を囮に、逃げるしかないか」

現状で最も確実なのは、空から奇襲をかけて、ユキの場所に急行。機体を自律モードで囮にしながら、地上に降りて陸路から逃げることだ。

木々の多い樹海地帯を使えば敵の目を欺きつつ合流ポイントに向かえる。

時間。

時間が全ての勝敗を分ける。

報告書の内容から警備体制とユキの居場所が分かる以上、手早いやり方が求められる。

少しでも攻め込む時間を掛けると援軍を呼ばれアウト。少しでも逃げ後れると追いつかれ、あるいは待ち伏せされアウト。

時間勝負のタイトな作戦になる。

「…………すまない。ジョニーこれは危険な作戦になる」

シンはジョニーが割が合わないと怒るのを覚悟した。どんな凄腕でも、危険が伴う。万単位の金でも割が合わないと考えた。普通ならそうだ。普通の傭兵ならさっきの時点で降りるだろう。

だがそれはシンの思い違いだった。

ジョニーは笑っていた。

これからピクニックに行く様な顔でシンをにっこりと見ていた。

「よかったぜ。こんなドンパチができるなんてな。しかもさ、お前はなんと言うか漢だな。愛する『フィアンセ』の為にそんなにさ、そこまでイカれたことできるなんてさ……」

中年の戦闘狂は少年のように笑った。からかうような様子でだらしなく笑った。

一方のシャドウは冷静を装ってはいた。

「……『家族』さ。大切な事には変わりはないが……な」

反応が反応だったために面食らうのも無理はない。だが、長い駆け引きの経験が冷静さの維持に一役買った。

「なははは、大切なのは認めるのだな。いいさいいさ。俺も久々にスパイシーなドンパチができる。極上の獲物がいれば最高だろうがな。まあ、それはアンタに任せるぜシャドウ」

豪快に笑いながら、ジョニー準備に戻った。

機動兵器の手配は済んである。地対空仕様の人型機動兵器。アサルトフレームまたはAFと称されるその兵器は第一次銀河大戦のプロトタイプ投入を皮切りに急速に普及していった。ある特殊部隊の運用をきっかけに攻撃と汎用性に特化した性能は各国の攻撃部隊のあり方を急速に変化させた。

第二次銀河大戦はその最たるもので、この傑作兵器群を使える国か使えない国かで勝敗を分けたと言っても過言ではなかった。

今の銀河においては小規模な紛争やテロがメインである以上は一個人がAFを手にするメリットはない。傭兵か軍人、あるいは星間船の船員や民間警備会社でもない限り。






アオイの驚愕したような表情が全てを物語っていた。

「それは……本当なのですか?」

「……ああ、一歩間違えれば我々とツァーリンの戦争だ」

アルベルト・イェーガーの報告を受けたレオハルトもまた難しい決断を強いられる事になった。

「しかも、今回は大規模な事態だ。軍の出動。アテナ銀河連邦の介入も考えられる。……何か手をうたなければな」

「止めることもできたのでは」

「アイツに相棒を見捨てろと?そう言ってアイツが止まったのを見たことがない。ましてや私が今のアイツの立場なら……」

「…………そうですね」

「とにかく、『カラス』の行動パターンを把握できた以上、できる手は全てうつ。止めるだけ止めるが、おそらく無理だ。アイツは……」

「……」

「ユキを連れ出して軍を抜けるだろう。」

レオハルトの顔は暗く沈んでいた。一二を争う実力者を失う上に最悪テロリストに成り下がる。敵は黒。完全に確信はしている。そして、シンに対しても同情はできる。しかし、彼は国の秩序に敵対することになる。

生半可な覚悟ではない。

国一個敵に回すということはそこに生きる者全てを敵に回すということだ。シンとて安易な流血は避けようと努力はするだろう。

しかし、それ以上に彼にとって『家族の命』はなによりも重かったのだ。






ジョニーが酒のボトルを開けたのはその男が来てからのことであった。

彼の顔は帽子やマスクで隠れて見えない。男であることは声や体格でかろうじて分かる。古い廃工場の倉庫内でも彼の暗い雰囲気はもう一段強調されていた。

「…………」

それでも不気味であった。商人の癖に最低限のお辞儀もしないし冗談ひとついわない。商売と必要な装備の調達に関しては全く問題ない。そんじょそこらの無法者に任せるよりも余程信用ができた。それでも、その服装とおしゃべりを嫌う陰気な性格、不気味な雰囲気からあまり良い印象をジョニーは感じなかった。

「…………『品』は用意したぞ」

「……あ、ああ、いつもすまないな」

「それだけじゃないだろ。今回の『呼び出し』は」

「……まあ、な」

「……ふん、常連の上客の付き合いだからな。それくらいのことは理解できる。……安心しな。上客をみすみす手放す趣味はない」

「その言葉に感謝するぜ。……ツァーリンのお偉いさんはどんな感じだ」

「……詳しい事は言えねえな」

「……金なら出すさ。それにアンタもあいつらのやり方は好きじゃねえだろ?」

「…………ち、感づいてんのか」

「お前の言った通りさ。俺たちの付き合いは長い。それはお互い様って奴なんだよなぁ」

「……この国自体は気に入ってたんだけどな。気に入らねえ連中が怪しい事ばっかしてんのさ。適度にドンパチする分にはいいが、なにせ会話の内容がな。大量虐殺を計画してやがる」

「ち、そんなことだろうと思ったぜ。抵抗できねえ奴をいじめて何が楽しいかねぇ?」

「お前さんみたいに世の戦争屋が、強者との戦いに飢えてりゃもうちょっと世の不条理が減るんだがなあ……。リセット・ソサエティの連中さ」

「捕まえた奴の言っていた組織か」

「……お前さんの情報源なんぞ知ったことねえが、そんな名前だったことは確かだ。五十人以上いる不気味な宗教連中だったぜ。特にライコフのサド野郎は一番着に気に食わねえな。女の子を火あぶりにした挙げ句、笑いながら女が泣き叫ぶのを楽しむ算段らしいぜ」

「……その女の子って黒髪だったりしなかったか?」

「……髪の色は知らねえ。だが名前は聞いてる。ユキってやつだぜ。高名なハッカーらしい。なんというかご愁傷様だ」

「……」

「……こんなところか?あとは武器や装備を何個か買ったら冷やかすくらいだったな。……傲慢な連中だ。やっつけてくれれば商売しやすくて助かる」

「……お前にしてはおしゃべりだな」

「……余りに印象に残ったんだ。たまにはいいだろ?じゃあな」

「ああ、気をつけろよ」

「……今回はそんなに金はいらねぇ。だが今度はもっと金もって来な」

「あいよ」

暗い雰囲気のフード男は廃工場を満足げに出た。余程、ツァーリン連邦内の『害虫ども』が気に食わないと予想できる。ベテランの武器商人。実際の修羅場を知っているベテランが顔をしかめる程の処刑。どれほどの悪趣味さは想像しないほうが精神衛生に良いことは明白だった。

「……安心しな。俺らには『カラスの男』がいるぜ」

三体の『ファランクス』を見上げながら、ジョニーは不敵に微笑んだ。

この10メートルの鉄巨人は、戦車の装甲と空戦用戦闘艇の機動力を両立し、さらに装備の互換性まで確立させている。AFの強みを損ねることなく、さらに馬力と応用性をも強めた『マーク3』は世界各国の軍隊はもとより、民間の警備会社、土木建築業者、競技用と幅広く普及している。装備さえ換えれば、戦闘に耐えるだけの性能は十分に確保できた。しかも、書類や機体の安全装置をごまかせば、怪しまれることなく他所の国に運ぶ事ができる。

これ以上に十分な装備は用意できない。実行の時を待つだけだった。






廃工場の一室でシンとイェーガーは暖を取りながら、作戦の立案をしていた。

「……リセット・ソサエティの星間弾道ミサイルさえなんとかできれば、とりあえずなんとか安全を確保できる。こちら側としては、最悪の自体だけは事前に回避したい」

「……そうなると、イェーガーは必然的にミサイル発射台方面を叩くことになるな」

「ああ、お前がユキを連れて帰るプランにも問題はない。迎えの手はずも進めてある。問題は『奴ら』の目的だ。なぜ『奴ら』は我々を滅ぼそうとするのかが不明だ」

「その件は『ユキの情報』が重要になると俺は思う。俺は実利の面でも相棒としてもユキを救う側に回りたい」

「そうなると、問題は『ジョニー』だ。奴をどちらに回せば良いと思う?」

「……その件に関しては、そっちに回す。スポッターとしても優秀だし、近寄られた時に頼りになるだろ?それに『そちら側』に少しぐらい恩返しをしたい」

「アスガルド軍人としてはありがたい限りだが、お前はどうなんだ」

「捕獲したミハイルによればAFに対する備えは薄い。なによりAFの配備がされていないなら状況は問題ない」

「方角としては反対方向だ。助けには行けないぞ。……それに、『公には存在しない俺』はともかく、お前は汚名を被ることになる。本当に良いのか?」

「相棒の命には代えられん」

「…………そうか」

二人は準備に戻る。

夜中の吹雪。アスガルドは8月だというのに、とんでもない落差だった。夜の闇には敵が潜んでいるかもしれない。その不安を抱えながら翌日の作戦の成功を祈った。準備は時間がかかるもの。

恐ろしい『アラクネ』処刑予定日は二日後にまで迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る