1-3
「店長、お先失礼します」
「あ、うん。ありがとうね~」
スーパー閉店から一時間後。
最後まで残っていた社員が帰っていった。
後は自分が戸締りをして帰れば、業務は終了だ。
「ふぅ」
店長室に入り着替えをすると嫌でも鏡に映るのは、冴えない中年の姿。若かりし日に、いつかは自分もこうなるのかと辟易とした姿だ。
店のロゴが描かれた店内用のジャンパーは就業の解放感をくれるが、反面、等身大の自分を映し出す。ワイシャツ越しでも分かる大きく膨れた腹、上半身に押しつぶされるように短い脚。まだ、店の制服を着ていた方がマシな気がする。
だが、スタイルはともかく、一番、辛いのは顔である。
別に昔は格好良かったわけではない。が、若い頃はそれこそ、同僚に付き合いって流行りの美容院やワックス、香水なんかを試したりはしたし、着飾れば人並みには様になっていた、と思う。
しかし、今やどうだろう。
老いに負けに負けた肌は、たるんで、嫌な脂が微妙な部分に溜まっている。ここ数年で特に薄くなってきた頭は、すっかり肌色が露出してしまっている。唇を結んでいるから映らないが、歯だってボロボロだ。ヤニやらコーヒーですっかりくすみ、虫歯に犯された歯とて一本や二本じゃないだろう。一時期痛んだものだが、歯医者に行くことすら先延ばしにして、もはや痛まなくなった。
見るたびに辛気臭くなる面ではあるが、年を取れば、毎日忙しく働いていれば、こうもなるよなという納得感もあり、改善しようという気概には至らないのが不思議だ。
ともあれ、詰まるところ、どこにでもとは言わないでも、まあまあの数いる冴えない中年の一人、それが私なのだろう。
そんな結局毎回行きつく結論でそれ以上の思考を止め、店長室を後にする。
その後、事務所の電源スイッチを確認して、店内照明が落ちているのを見て、外へ。バックヤードの扉に鍵をかければ、それで完了だ。これ以降の不法侵入は警備会社が対処してくれる。
疲れた身体を、年末の凍てつく寒さに晒しつつ、帰路を急ぐ。
身体を縮める様に両ポケットに手を突っ込み、猫背になって歩く。自宅のアパートまでは二十分足らずであるが、耐え切れずに自動販売機に吸い寄せられた。
ホットの缶コーヒーを購入するとプルタブを引き、中の琥珀を飲み下す。そう、飲み下す、である。口から喉を通り、臓腑まで落ちていく。それが感じられるこの瞬間は好きなものだ。
ほう、と熱の籠った息を吐きだすとまた歩き出す。我慢できる百円ではあったが、スーパーの店長で独身の身では労働時間に見合わない、薄給でも持て余すのだ。
ちびちびと急速に冷めゆくコーヒーを呷りつつ、家に着く。
「ただいま」
と言っても誰もいないんだけど、なんて笑えるのは酒に酔った帰りくらいなもの。
内心でそう思いながらも、口はうそぶく。
「って真っ暗。誰もいないか、ここ二十年くらい!」
大学卒業後、独り暮らしを始めてからのことである。それから一度も誰かのいる帰宅はない。たったの一度も、だ。家に同僚呼んだりした時の買い出しからの帰宅、みたいなのもない。普通は一回くらいない? 二十年あれば。
なんて考えながらリビングへ。
すると、
「ややっ」
テーブルの上に何かを発見して、大げさに驚いてみる。
そこにはご存じ、赤いきつねとその上に貼られた付箋。
『今日もお仕事、お疲れ様! 先に寝てるね。大好きだよ~』
何とも胸に染みる言葉。一日分の疲れも吹っ飛ぶ、家族、または彼女、いや妻の愛。
いや、待て。
誰かの待っている帰宅なんて無かったのでは? となればこれは……。
「へっ」
机の上のそれに嘲笑を一つ、コートを脱ぐ。
ホラーなんかじゃない。
何せあれは、朝自分でセッティングして行ったものなんだから。
ともあれ、お湯を沸かし、夕食にする。帰宅後に料理する気なんてさらさら起きないので、夕食はカップ麺か冷凍食品が多い。
お湯を注ぎ五分待つ。
すると降りる沈黙。
やはり家なのだろう、帰宅後はテンションが上がり多弁になってしまう。それも落ち着くのがこの辺りの待つ時間である。
「……冷静に考えて、自作自演の付箋カップ麺もホラーだよな」
小さく吹き出した。
面白いとは思うが、こんなやばいこと人に言えないから、もったいない。
店長の憂い 人間 越 @endlessmonologue
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