1-2

「あ、ユアちゃんちょっと待って」


「はい?」


 ユア――私がスーパーのアルバイト終わり、帰ろうとすると店長に声を掛けられた。


「はぁ……はぁ……」


 デフォルトで息切れを起こしている中年の男は、この店の店長。

 別に何かされたわけじゃないが、ちょっと生理的に受け付けない。デブとハゲってあんまり好きじゃない。別にそれだけで嫌いってわけじゃないけど、店長は無理。デブとハゲの要素以外にも、滲み出るなよなよした雰囲気とかが嫌いだ。自分に自信が無さげというか。ううん、まあカッコ悪いままカッコつけられてもそれはそれで厄介なんだけどさ。


「……えっと、なんですか?」


「あうん。えっと……なんか怒ってる?」


「別に」


 そういうのを聞いてくる感じもダメだ。そういうの気にするなら、もっと気にするべきところあるでしょ、というか。清潔感とか。


「でなんですか?」


 ともあれ、私はこれから帰るところなのだ。用がないなら引き留めないで欲しい。


「う、うん。えっと、これ」


 そう言った店長がおずおず差し出したのはおそば屋さんの鴨だしそば。


「は?」


 どんなリアクションをすればいいか分からず、ストレートな疑問が口を付いた。すると、店長はボソッと付け足した。


「……その、どうぞ」


「あ、くれんの?」


 思わず素の反応が出た。


「……っ。そ、そう、プレゼント。メリークリスマス、が要らないならハッピーニューイヤーってね」


 すると、一瞬、目を丸くした店長が途端に饒舌になった。


「は、はあ。ありがとうございます。えと、それじゃお疲れ様――」


「やっぱり若いと鴨だしとか食べないでしょ、あんまり。いや、おっさんでもそんなに食べる機会ないんだけど、美味しいからね、是非!」


「あ、はい。お疲れ様でーっす」


「ちょっと渋いチョイスだったかもだけど、僕は結構好きなんだよね――」


 謎にスイッチの入った店長だったが、私は動作を止めずにバックヤードのドアを開け、強引に帰る。


「…………店長、鴨だし好きとかウケる」


 まあ、度を越えて好きなものを語る時は、人間、相手が案山子でも平気なものだ。

 気分良さそうだったし、いいでしょ。

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