店長の憂い
人間 越
1-1
「お疲れ~っす」
「あ、ちょっと待って」
スーパーでのバイト終わり、バックヤードから出ようとすると声を掛けられた。
「どうしましたか?」
声を掛けてきたのは店長。珍しいことだったので少し身構える。
豊かな身体を揺らして近づいてくる様はのっしのっしという擬音がよく似合いそうだ。そして俺の前まで来ると切れた息を整える。若干、前屈みになると身体とは対照的に貧しい頭部が露わになる。薄っすらと汗で湿っていた。
悪い人ではないけど、店長は、まあ、そういう人だ。オブラートに包んで言えば、モテる人ではない。まあ、俺とてモテるわけじゃないけど。
「こ、これ。プレゼント」
そういって店長がくれたのは緑のたぬき。
「は、はぁ……」
受け取りながら、なんでという疑問やそのためわざわざ話しかけてきたのか、という呆れとも関心ともとれない思いが胸に湧く。
「……あ、ありがとうございます。えっと、クリスマス、だからですかね?」
ちょうど今が十二月の下旬ということに思い至り、尋ねる。すると、店長はいきなり決まりが悪くなったようにたじろいだ。
「え、あ、うん。そ、そう。クリスマス、プレゼント…………ていうのは変かな?」
「えと、変っていうのは?」
「その家族以外でクリスマスプレゼントなんてカップルくらいでしょ? だからキモイかなって言うか、セクハラで訴えられたりしないかななんて」
言いながら青ざめていく店長。いやいや、どれだけ考えてんだ。
「いや、カップ麺一つくらいじゃ何も思いませんって……多分」
断言できなかったのは、貰ってすぐに疑問、いや警戒をしてしまった後ろめたさがあったから。後は、それだけ考えてるなんて聞かされると不気味というか、重いというか、便利な言葉で言えばキモイ、だ。
「そ、そうかな?」
とはいえ、俺の言葉にパーッと店長の表情が明るくなる。
「いやほら、最悪年越しそばに出来ると思ってそばにしたんだけど」
「そんな保険まで考えてたんすか……いや、別にいいと思いますよ、なんでも」
「そっか、なんでもいいのか。じゃあ、赤いきつねでも黒い豚カレーでもいいの?」
「……いいんじゃないすか?」
なんでも、の意味が違っていた気がしたが指摘はしなかった。
「それじゃ、店長、ご馳走様です。おつかれした」
「うん、お疲れ。またよろしくね」
何にしようかな、とルンルンな様子の店長を尻目に俺はバイト先を後にした。
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