第2話 馬鹿な神の話
「おはようございます、ノヴァ様。今日もお目覚めが早いですね?」
「ああ……あの娘が今度は何を仕出かすか分からないからな。落ち落ち寝坊も出来ん」
不機嫌そうに頭をかきながらやって来たノヴァがぼやく。
メイドの魔族たちと楽しそうに遊んでいるカノンを恨めしそうに睨みながら。
王女の衝撃的な発言を聞いた後、
「……とりあえず、コレは転移元に戻しておこうと思う」
「貴方にしては、妥当な判断だと思います」
と珍しく二人の意見が一致したのだが、それを聞いたカノンが大泣きした為、他の配下たちが集まってきてしまったのだ。
年端もいかぬ少女を誘拐しただけでは飽き足らず、酷く泣かした。
一体何やりやがったんだ、このロリコン野郎が。
という視線で、特に女性魔族たちに言葉なく責められた為、カノンを返品する雰囲気ではなくなり、この状況が二週間程続いていた。
寝坊常習犯なノヴァだが、彼女が来てからは規則正しい生活が続いていた。というのもこの王女、すぐに好奇心に任せて世界崩壊規模のやらかしをする為、目が離せないのだ。
この間は、大昔に封じた危険なモンスターを解放しようとした。
その前は、見たら災いが降り注ぐ書物を開こうとした。
なので、おちおち二度寝も出来ない。
ならばせめて、自国を征服して欲しい理由を聞きだそうとしたのだが、彼女は頑なに語らないのだ。無理やり聞きだそうとすると、大泣きしてまた女性陣たちから冷たい目で見られてしまう為、無理強いも出来ない。
(押しても駄目なら引いてみろ、だな)
ノヴァは人払いをすると、少女と向き合い微笑んだ。どこか、諦めたような苦笑いを浮かべて。
「今日はお前に一つ、馬鹿な神の話をしてやろう」
カノンの顔がこちらを向いた。
理由を問い詰められると思っていたのだろう、不思議そうにしている。
寂しさを感じさせる低い声色が、物語を紡ぎ出した。
「大昔、とある世界に神がいた。神はとても真面目で、この現象世界を良くしようと情熱を抱いていた。彼の配下である天上人たちも、神に従い働いていた。世界は発展し、人間たちは豊かさを享受した。だがいつ頃からか、人間たちは神の恵みを当たり前だと思うようになり、感謝を忘れた」
「神様に、ありがとうって言わなくなったの?」
「ああそうだ。感謝の想いは、神の力。だが人間を信じていた神は、自身の頑張りが足りないからだと思い、さらに必死で世界の為に尽くした。苦しみを抱えながらな。頂点であった彼は、自身の苦しみを吐き出す事も相談する事も出来ず、ずっと内に抱え続けた」
「……それで、神様はどうなったの?」
「神の心が壊れるのと同時に、彼が持つ聖なる力が淀み、腐った。それによって神は悪しき存在へと変わり現象世界に堕ちた。彼に仕えていた天上人もろともな」
「そ、そんな……神様は、もう神様に戻れないの?」
「腐った力を浄化する方法はある。だが一度壊れた心――世界に対する愛や慈しみは、元には戻らない……二度とな」
少女の大きな瞳が見開かれた。
彼女なりに、話から何か感じるものがあったのだろう。
カノンの頭の上に手を置くと、ノヴァは少し疲れたように目を細める。
「もしその馬鹿な神が、自分の苦しみを誰かに相談する強さを持っていたら、今でも神であったかもしれないな。まあ私が伝えたいのは、『祖国を征服しろ』とまで思うに至ったお前の苦しみや悩みを、誰かに相談しろって事だ。取り返しがつかなくなる前にな」
ノヴァは口を閉ざした。
迷いを見せるカノンの視線を真っすぐ受け止めながら。
しばしの間の後――
「じ、実は、お、おとう、さま、が……お父様が……」
少女の唇が震えながら、言葉を紡ぎだす。しかしすぐさま、喉の奥から溢れ出た嗚咽が言葉を奪ってしまった。
しかしノヴァは続きを促す事もせず、大きな声を上げ涙を流す少女を、ただそっと抱きしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます