征服してください、魔王様!
めぐめぐ
第1話 征服してください、魔王様!
「って事で、そろそろ魔王らしく世界征服をしようと思う」
「そんなクッソ軽い決意表明で、よく私が賛同すると思われましたよね? 一応、理由をお聞きしても?」
「目覚めた時に『あ、今日世界征服しよう』って閃いたのだ。ま、思い立ったら吉日だと言うだろ」
「……今年一番のどうでもいい情報でしたね」
目覚め、執務室にやって来た城の主――魔王ノヴァとの言葉に、側近として仕えている魔族グロリアが溜息をついた。
グロリアの顔には深い疲れが刻まれ、栗毛色の髪には少し白い物も混じっている。さぼり癖が酷すぎる主に代わり、人間たちから魔界と称されるこの地と魔族たちを纏めてきた心労によるものだ。
一言で表現すると、苦労人である。
ちなみに、主である魔王ノヴァの表情は正反対だ。居眠りと称して十年ぐらい眠っていた為、元気そのもの、黒い髪も肌もツヤッツヤ。居眠り前には死んだ魚のように虚ろだった瑠璃色の瞳を輝かせ、フフフッと不敵に笑う。
「って事で、世界征服の手始めとして、早速隣国の姫でも攫おうと思う」
「わざわざ攫わなくても良くないですか? 貴方が一たび魔法を放てば、一瞬にして全世界が貴方の足元にひれ伏すと思いますが」
「合理性を求めても空しいだけだぞ。何事も結果ではなく、そこに至るまでの過程が大切だと言うだろ」
「その大切な過程すら『飽きた・疲れた・寝る』って放り出す人から、一番聞きたくない言葉ですね。どの口が仰っているのですか? 面の皮厚すぎません?」
「……私が寝過ごし、魔界を十年間もほったらかしにしていたのが、そんなにも憎いか、グロリア?」
「いいえ? 貴方様から与えられた『代理統治者』という栄誉を、しょぼくれた自分の顔を鏡で見る度に噛みしめていますよ?」
と、世界を呪っていそうな笑顔を浮かべながらグロリアが答える。
魔王ノヴァは怠惰。
何をしても続かず、すぐに疲れて眠ってしまう。そして気づいたら二十年ぐらい寝ちゃってた、てへっ★ という事が多々あり、尻拭いをいつもグロリアがしていた。なので、彼が主のメンタルにチクチクやるのも仕方ない。許したげて。
とはいえ、彼も果てしない時間を共に過ごしてきたノヴァの忠実な配下。
今日はこれくらいにしてやろうと作り笑顔を消すと、人差し指を空中につきつけた。目の前に、光り輝く文字列が浮かび上がり、グロリアの口元が意地悪い笑みを形作る。
「隣国グラーヴェ王国には、リアーナ・エルドネスタ・グラーヴェという十六歳の一人娘がいるみたいですね。『グラーヴェの至高』と呼ばれる程の美姫だそうです。その姫を攫って好き放題……生唾モノの胸躍る悪の所業ですね」
「お前、そういう性癖の持ち主だったのか。ちょっとヒクわー」
「って貴方魔王ですよね? 今から世界征服するんですよね? 悪の所業を尽くすんですよね⁉︎」
「お前、魔王は皆、攫った女を襲うと考えてるのか? 魔王の風評被害だから今すぐ改めろ。ちなみに私は、いちゃらぶ至高派であり、略奪や
「……変な派閥作らないで頂けます?」
てめぇの性癖など聞いてねえよ、と言いたげな側近を後目に、ノヴァは右手を地面をかざすと、目の前に時空転移の魔法陣が現れた。
先ほどまで自身の性癖を語っていたとは思えない唇が、厳かな低い声を奏でる。
「現象世界を司るノヴァ・セレスティアルの名の下に、グラーヴェ王国第一王女をここに召喚す」
「あ、お待ち下さい‼」
王女の情報を見ていたグロリアが、慌てて制止した。
が、時すでに遅し。
部屋に光が満ちる。
魔法陣が発する輝きと共に現れたのは、十六歳の絶世の美女……ではなく、
――少女。
二重の大きな青い瞳を見開き、血色の良い唇を半開きにして二人を見上げていた。くすんだ金色の髪を背中まで流し、少しそばかすが散る頬は少女特有の膨らみを残しているが、全体的に細い。どちらかというと、急に体重が落ちた様な不自然な細さだ。
ノヴァがグロリアに視線を向ける。
このチンチクリンのどこが絶世の美女だ、という非難と涙を滲ませながら。
「申し訳ございません。さっきお伝えした情報は十二年前のもの。リアーナ王女は現在二十八歳で、夫を迎え、一人娘がいるようです。つまり――」
「リアーナ王女って、私のお母様の事?」
「という事です。ノヴァ様は先程『グラーヴェ王国第一王女』と指定なされた。つまりこの少女は、今年十歳を迎えた現グラーヴェ王国第一王女、リアーナ妃の娘です。名前は……」
「カノン・エルドネスタ・グラーヴェですわ」
「という事らしいです、ノヴァ様」
「……グロリア、さっきからこの娘、さらっとこの状況に順応して、会話に入って来るんだが」
何こいつ、怖、という表情を浮かべ、不気味そうに王女カノンを見つめるノヴァ。
それもそうだろう。
普通なら、突然魔王の城に召喚され、驚き、嘆き叫ぶ案件だ。にも関わらず目の前の少女は、好奇心満ち溢れた瞳を、二人に向けているのだから。
とは言え、一応自分は魔王。
一つ咳ばらいするとカノンの前に立ち、威圧感を持って少女を見下す。
「ま、まあいい。私は魔王ノヴァ。お前は我が世界征服の足掛かりとして攫ったのだ」
「世界征服という事は、我が国も征服するのですね? どうぞよろしくお願い致します!」
「うんうん、分かっ……って、え? い、今何て言った?」
聞き間違いかと思った。
二人の会話を聞いていたグロリアも驚きを隠せていないところを見ると、ノヴァと同じ言葉を聞いたに違いない。
カノンは立ち上がると、少女でありながらも王族らしく優雅にカーテシーをした。
「どうか我が国を征服して下さい、魔王様!」
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