第二章:変化する現実

0:1と2と3

 目が覚める。この感覚があるということは死んではいないのか、どの程度の外傷かわからないが、目が開けられるなら次の事件に間に合う可能性だって……!?

 空いっぱいに広がる白、地面は黒に染まる。

 ――現実とは思えない場所。


「目が覚めたか……」

「あんたは……!? 相沢大先生?」

「大先生か……くすぐったいな……」


 目の前に現れた未来の俺の姿、年齢は……四十代くらいに見える。

 世界を繰り返した先に見える本来の年齢、戦争なんて起こらない平和な世界でのみ存在できる姿。それが目の前にいる。


「おれ……死んだんですか?」

「いや、出血によって……脳死状態だ……」

「え? それだったら俺は……霊体になって……」

「最初の自分に代わってもらった」


 最初? 最初ってなんだ……俺と大先生二人が相沢明広という人格を持てる筈。それなのに最初って……。

 相沢大先生は静かに虚無から椅子を二つ作り出し、腰掛けるように促す。


「最初に説明しなければならないだろう。君と私以外にも相沢明広は存在する」

「え?」

「君が大先生と表現する私は……二番目の人格だ……」


 大先生静かな口調で語りはじめた。

 相沢明広という少年は最初の人生で自分という存在を放棄し、形成されつつあった二番目の人格に記憶などを譲渡し、そして心の奥底に自分を封印し、二番目がさも本物の自分のように偽った。

 大先生もそのことに気がついたのはつい最近で、西暦とほぼ同い年になった俺から離反してからようやくパズルのピースが埋まった。


「だから、君が相沢明広として認知しているのは――私であり、彼でもある」

「そ、そんな、でも! それなら……なんで俺が相沢明広になる必要があるんですか?」

「疲れたんだよ……私は君の何倍、何十倍、何百倍も人生を繰り返し、何度も主人公という存在に彼女達を預けてきた。だが、それを繰り返す中で少しずつだが、彼女達を助ける理由が無くなりかけた。自分が歩む未来より、彼女達が歩く未来の方が数倍幸せで、自分がまるで――道化師ピエロのように」

「何を言ってるんですか!? 貴方は何度も彼女達を助けて……そして……」

「――報われなかったよ」

「っ!?」


 椅子から落ちた俺に手を差し伸べる。

 ――俺が、相沢大先生に求めていた行為、それは報われること……。

 幸せになってもらいたい。

 それだけ……。


「君は、私に憑依したのではない。私が君を作り上げた」

「……どういうことですか?」

「簡単なことさ、君という存在の生い立ちすべてを機械で作り上げ……それを繰り返す人生の中で人格として目覚めさせた……」


 俺という存在は進む未来で作り上げられた機械によって作られた。機械の中で生まれた俺は、名無しとして成長し、名無しとして成人し、名無しとして行動する。その名無しの期間で一番――諦めるという行為をしなかった存在。

 努力や根性を崇拝するわけではなく、ただ、目の前の課題に全力で立ち向かい。心が折れる可能性が非常に低い個体。

 ――それが名無しから相沢明広名有りに変化した存在。


「私は……彼女達を守り通す心が腐ってしまった。だから、繰り返す人生で君という『イデオロギー行動理由』を作り出した。君という存在がどんな状況であっても行動を止めない。そして、諦めない。自己犠牲という言葉を歩く君を定着させた」

「……で、でも!? 名前が無い頃は!!」

「君は、君の両親、友人、それら以外の人間とどれだけの交友を結んだ? 道を歩く人間すべての名前や年齢がわかったか。核家族化が進んだ現代では個の繋がりは希薄になり、コンピューターでシミュレーションするのに問題は存在しない。君は、私という創造者プレイヤーが作り出した一つの個体に過ぎない」


 そうだ。俺が名無しだった頃は母子家庭で友人関係も希薄、周りの人間を認知することはあっても、こちら側から認知しに行くという行為はしていない。

 だが、目の前に壁が現れれば毅然として立ち向かう。

 そんな存在だったような気がする。

 でも、それくらいの存在なら未来のAIで構築も可能。俺はその中の一つの行動を示した存在でしかない……。


「……私は君の父親ではあるが、君の兄弟でもある。君に体を預けて二千年、百回の人生で心を折ることもなく、毅然として立ち向かう姿は懐かしさを覚えた」

「なにを?」


 大先生は優しく俺のことを抱きしめた。


「私は、親として失格だろう。自分が作り出した問題を子供に投げつけて知らんぷり。この世界は狂っていると吐き捨てて……目を反らし続けた……」

「……」

「世界の風向きが変化した……」

「え?」


 名残惜しそうに両腕を放す。

 大先生は虚無から煙草、俺も吸うことが多かったピースを口に咥えてジッポライターで火を灯す。

 白と黒の世界に存在する灰色の紫煙。


「私という存在が作り出した世界が、私という存在が切り離された瞬間に変化を示した。君という存在が本物になった時、ループする同じ世界から平行線の世界に移り変わった」

「っ!?」

「そう、君の後ろでウロチョロと行動する私が情報という資料を集める間にこの世界の彼でもあり、自分でもある存在――相沢明広を主軸として動き始めた」

「じゃあ、ループは?」


 ピースを地面に落とし、靴で踏みにじる。するとそこには何もない。


「ループは存在する。あの世界は相沢明広をある一定の時間まで生存させるが、その先は切り開くしかない。私達には寿命が二つ存在している……」

「三十と……」

「またループする君に私が体験した寿命を伝えるのは酷だろう……」


 大先生は二本目の煙草を咥えた。


「君に伝えなければならないことは一つ、世界が平行線の世界に移り変わり、二番目である私が経験したすべてが無に帰った。つまり、私が、私達が存在した世界での出来事はすべて変化する。その最たる例がアリスの叔父さん……彼の登場だ」

「……変化した世界」

「これから先、私や君に予想しえない出来事が多く起こるだろう。だからこそ、君には選ぶ権利がある……」


 大先生は背中を向ける。


「君という存在は言わば……私の息子だ。それをあの世界にもう一度、そして何度も放り投げるのは悲しさと苦しみが存在する。だから、逃げてもいい。君は、三番目の自分として、四番目に託すという選択肢を用意した」

「それって……」

「君より優秀ではない。だが、君の心が折れて、四番目に託すより――今、未来に向かって走るか、それとも、ここで折れるか……」


 ――答えられるか?

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