終わることによって見える変化
少年少女の健全な精神を育成する為の自然との触れ合い。正直な感想を述べると数週間前に約一ヶ月間山籠りの生活をして十二分に自然と触れ合った。これ以上はお腹いっぱいだ。
「お兄ちゃん……またわたしを一人にするの……?」
「学校行事だよ、仕方ないじゃないか」
家にいる時は必ず出刃包丁を握りしめている妹に若干の恐怖心。せめて万能包丁にしてくれないだろうか? 先端恐怖症なんだよ……。
仕方がないのでいつものように膝の上に乗せて撫で回す。
「むぅ、撫でられても許さないからね……」
「許してくれよマイシスター、お兄ちゃんもズル休みできるなら毎日したいさ」
「……今回だけだからね」
なぜだろうか、妹の所有物になってないか? 兄属性は妹属性に強い筈……。
「お前達は本当に仲いいな~お父さん羨ましいぞ~」
「かわり……なんでもありませんこのみ様……」
父さんも包丁持ってる妹に少しくらいのお叱りを与えてくれてもいいのではなくて? わたくしまだまだ死にたくありませんことよ!
家族三人でテレビを見ているのだが、父さんの携帯電話が鳴り響く。
「もしもし相沢です……え? 店が!? ちょ、ちょっと待ってください!! 二ヶ月前に爆破されたばかりなんですよ……」
――日本初、下手をしたら初のC4爆弾で爆破されたお好み焼き屋の誕生だ。
2
ついに今日という日がやってきてしまった。今朝の妹様は本当に荒ぶっていらっしゃったよ、父さんも再開数日後にダイナマイトからアップグレードした爆破で助けてくれない。
「アキヒロ! オハヨウゴゼイマス」
「うんうん、オハヨウゴゼイマス」
天真爛漫な笑みを見せるアリスに挨拶を返す。
近所の公園集合、いつもなら来ない生徒達も珍しく早起きして集合している。
結衣とさくらはまだ来ていないのか、アリスはお父さんに毎日送り迎えされているから距離的に早くなる。
『ボーイスカウトには自信あるんだよ! 叔父さん直伝の高速着火術!!』
『マッチかライター借りれるからいらない技術だね』
『そんなー!』
棒で木を擦り付けるジェスチャーをしてくるのだが、どうにも卑猥な行為をしている様にしか見えない。
アリスと他愛もない会話を繰り広げていたら結衣とさくらも公園に到着。
「オハヨウゴゼイマス! ユイ! サクラ!」
「おはようアリス!」
「おはよー」
三人の集結、俺という存在がいなければ百合漫画の世界なのだが、それの真逆だからこの世界は不思議だらけ。
「明広って料理得意なの?」
「普通だよ、早起きが得意だから朝食は作ってるけど」
「それなら今日のカレーは任せるわ!」
キラキラと眼を輝かせているが結衣には料理苦手設定がある。小さい頃に包丁で手を切ったという幼い理由だが、人間苦手な事というのは案外小さい切欠なのかもな。
『日本のカレー食べやすくて好きだよ!』
『野菜とお肉、そしてカレー粉で出来る安上がりな料理だけどね』
嫌な話し、俺は俗に言うアリスちゃん係というものになってる。母国語しか話せない彼女の通訳として暗黙のルール的に添えられたもので、班決めの時もそれを考慮され必然にアリスの班に混ざっている。人班男子三人、女子三人の六人編成だ。
少し不安なのは通訳がいない状態でアリスがどこまで楽しめるか? 別の人生ではなにも起きなかったが、今回の人生はアリスの叔父さんが登場したり、色々と歪な部分が目立つ。今まで通りに物事が過ぎるとは思えない。
「少し不安だな……」
「どうしたのよ明広、怖い顔してる……」
「いや、少し肌寒いと思ってね」
相沢大先生、こんな人生はじめてだよ……。
3
バスに揺られて二時間と少し、到着したのは何度も経験しているキャンプ場。そこには同じ時期に林間学校をするために集められた多くの学生を乗せたバスが止められている。少子化だとか騒がれているが、何やかんやで学生というのはいる。
「うーん、空気が澄んで肺が喜んでる」
衣類の入った鞄をポンポンと叩いて山の緑を見つめる。少し離れた場所だが、俺とアリスが一ヶ月生活した山も見える。本来ならこの場所でハイキングを楽しむという理由でアリスのお父さんが送迎してくれたのだが……。
『アキヒロと山に来るの久しぶりだね~』
『俺は二度と経験したくないよ、あんな経験……』
『結構楽しかったけどなぁ、叔父さんも来てくれたし』
『そうですか……』
この子の図太さに恐怖心、銃火器で武装した謎の勢力に追いかけ回されて最終的にリーサル・ウェポン的な叔父さんまで飛び出してビックリってやつだ。
俺も繰り返す人生で図太くなったと思うが、彼女の天真爛漫さには負ける。
辺りを見渡すと懐かしいと感じる人間を見てしまう……。
「主犯……」
他の学校との合同での林間学校だが、主犯くんが転校した学校も入っていたか……何も起きないことを期待するが、この世界がそれを許すだろうか? 不安要素が増えるのは本当にいただけない……。
イカンイカン! また暗い顔をしていると指摘される。
警戒しておいた方がいい。アイツに改心の心があるにしても、逆恨みされるだけの理由は腐る程に存在する。人間、自暴自棄が一番怖いものだ。
インストラクターに案内されて初日はテントの設営、各校の生徒達が和気あいあいとテントを建てているが刺さるような目線が数人、これは逆恨みをはらす最高のタイミングだと思われているのか……。
『アキヒローテントつくるの手伝ってー!』
『わかった。「すまないけど手伝えって言われてるから行ってくる」』
班の男子生徒に事情を説明して三人のテント方に向かう。
――テントに絡まる人間っているんだね。
「み、みるなぁ……」
「運動以外は点で駄目だな……」
絡まった結衣とテントを剥がして淡々とテントの骨格を作り布を張っていく。
設営が完了して額の汗を裾で拭うと三人娘が拍手で讃えてくれる。讃えられるようなことでもないのだが……。
「明広くん男らしかったよ!」
「いや、テント建てただけで男らしいとか……言わなくていいから……」
さくらから男らしいと言われるが、テントを組み立てたくらいで男らしいなんて言われたらキャンパーの人達に睨まれるでしょうが! 小恥ずかしい。
程なくしてすべてのテントの設営が完了し、昼食の時間。昼食はインストラクターの方々が焼きそばを焼いてくれたので自分達で作る必要はない。その後はハイキング、少し不安だが……。
チラリと主犯とその取り巻きを見る。
――狂気に揺らいでいるように見える。
4
昼食が終わってハイキング、予定のルートを歩くという珍しくもない行程なのだが、どうにも主犯とその取り巻きが恐ろしい。俺にだけ攻撃するならそれでいいのだが、団体行動という体をなしているこの場、この時、凶器を使われたら俺だけでは済まない可能性がある。
人間、自暴自棄になってしまえば一人ではなく複数人を道連れにする。道連れにするからこそ人間らしい……。
後方を確認するが、主犯のグループは存在しない。少しは安心していいのか……?
「みんな! この先にスタンプがあるよ!」
「スタンプを5つ集めて来たらお肉を少し多くするねぇ? カレーはジャガイモが一番美味しいと思うんだが」
「肉よ! 肉!!」
「女の子が肉々連呼するんじゃありません!」
レクリエーションで道に設置されてあるスタンプを五つ集めたら夕食のカレーに使われる肉の量を増やしてくれるらしい。多くても少なくてもカレーはカレーだとしか思わない。
「あ、相沢……おまえって女子と仲良くできるよな……」
「友達に男女は関係ないだろ。仲良くなりたいなら仲良くなれよ」
「い、いや、恥ずかしいし……」
「どうして一歩踏み出す勇気が出ないのやら……」
小声で隣を歩く男子に女の子と仲良くなる方法を聞かれるが、本当に男女関係なく友達になろうと思えばなれるものだろうとしか思わない。必要なのは一歩を踏み出す勇気、それ以外に必要なものはないだろう。
軽く歩いたところに他校も含めて多くの生徒が集まっている。スタンプが設置されているのだろうか、俺達もスタンプを求めて集団の一部になる。
「――許さないからな」
「ッ!?」
主犯の声が聞こえた。だが、辺りを見渡しても奴の姿は見えない。
弱者だった頃の記憶がフラッシュバックし、呼吸を乱していく。
こんなこと……無かったのに……。
「明広!? だ、大丈夫……?」
「あ、ああ……ちょっと喉が渇いただけさ……」
水筒を取り出して無理矢理に水分補給、人目がつく場所では遠慮してくれるのか、それとも――凶器が無いのか……。
5
すべてのスタンプを回収した。それだけ、それだけなのだが人の目線に過敏に反応してしまっている。
『アキヒロすごーい!?』
『これくらい普通だよ』
包丁で器用にジャガイモの皮を剥いているのが物珍しいのかアリスが食い入るように見てくる。逆に結衣の方は包丁に苦手意識があるので包丁に目線を合わせないように釜戸の火に固定している。
すべての素材の皮むきが終わり、お肉を最初に鍋に入れて火が通ったら野菜。水を入れてアクを取り除いていき、粗方のアク処理が終わればカレー粉を入れる。
「ご飯もいい感じよ!」
「いい匂い……」
始めちょろちょろ中ぱっぱ、お米の方も綺麗に出来ているようで一安心。このまま全部が終わってくれたらいいのだが……。
それから数十分後にカレーが出来上がり、各班の調理完了と共に食事に入る。
美味しそうなカレー、スプーンを握りしめて口に運ぶが――味がしない……。
「明広? どうしたのよ……ごはんが硬いとか……?」
「いや、美味しくてさ……」
「それならいいけど……」
人間の五感には色々な役割を果たす。その中の味覚は食という行為を有意義に果たす役割もある。だが、味がしない――呑気に飯を食べている時間ではないという警告、おまえは危険な場所に置かれているぞ……。
……どのタイミングで仕掛けてくる。
6
空は夜の帳を下ろし、各生徒はテントの中で川の字になって眠る。
考えすぎだったのかもしれない。こんな大人数がいる場所で攻撃なんて出来るはずがない。思い込み、これは俺が思い込みの果てに挙動不審になっただけ、主犯が転校しても俺を殺そうとしたことはない。過去を遡ってもそんなことはない。
――杞憂。
そうだ。俺は安全な状態。
張り詰めるな、次が重くなる……。
静かに目を閉じた。
咄嗟に目が開いた。
「うがっ……うぅ……」
肩に熱を持った痛みが広がる。テントの中は鮮血の香りに包まれ、一人の男子生徒の瞳が月明かりに照らされ――狂気のそれが溢れ出ていく。
隣で寝ていた男子生徒達の首にはテント設営用の杭、ペグが突き刺さっており、咄嗟に身を反らした俺が例外的に肩に刺された……。
「うっ……おまえ……」
「おまえのせいだ……おまえのせいで……」
「なん、で……」
「――おまえが悪いんだよ。全部!」
体のすべての部位に何度も突き刺さる杭、抜けていく血液、消えていく意識。
――なんで、こんな……。
繰り返しで無かったのに……!
教えてくれ……。
なんで……。
俺が……。
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