#02 怪奇な緑の番犬(グリュネシェファ)は殺人鬼

 前夜の嵐が嘘のように収まった翌朝。

 結局、ぐずる弟を放ってもおけず、そのまままんじりともせずに自宅で待ち続けて微睡んでいた姉の耳に、玄関の扉が開く音が聞こえた。

 慌てて走って行く彼女の目に、前身に細かな傷を負った老父と、彼に付き添うように付いてきた青年の姿が映る。


「お帰りなさい、お父様――いったいどうしたの! その傷――それと、そちら――?」

「詳しい話は後でな、美都子ミツコ真人マサトは寝ておるか――あと、彼に服を」

「――は、はい。その傷の手当ても――」

「あぁ、済まんが頼む」

 上から羽織ったコート以外はほぼ裸である青年を見て頬を染めた美都子は、急いで支度に走った。


◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎((/))◎◎◎◎◎◎◎◎◎◎


「――それでは、この人はロボット……いえ、アンドロイドなのですか?」

 美都子が青年ニローを見て息を呑む。それも無理なからぬ事で、彼はどう見てもごく普通の人間しか見えない。

「アンドロイドじゃないよ、だよ」

「同じことじゃないの?」

「だって、ぼくの記憶域ストレージにはそう記録されているから」

 あぁ、この融通の利かない感じは確かにロボ……人造人間だわ、と妙に納得した美都子。

「お前たちも身辺には注意せよ。が研究所を嗅ぎ付けたということは、おそらく、も――」

「はい。それにしてもお父様――信じられないことですが――」

「儂とて未だに信じられん――信じたくないが……」


 そう。昨晩の事件。

 東洋寺博士は何故あんなにも焦っていたのか。

 そして彼らを襲った不気味なロボットは何だったのか。


 事は十数年前に遡る――


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 世界的な環境保護団体、NPO『緑の番犬グリュネシェファ

 "環境の番犬"を以て自認する彼らは世界中に支部を持ち、構成員の多さから各国の政界へも無視できぬほどの影響力を持っている。

 その規模の大きさから影で様々な噂も囁かれるものの、表面的には至って穏当な団体である。


「じゃが――」

 東洋寺博士は話し始めた。

「そこの最高顧問と言うに会ってからじゃ、全てが狂い始めたのは」


 博士が"奴"と忌々しげに言う相手――『緑の番犬』最高顧問、グザィ教授プロフェサー

 世界的な地球環境科学の権威にして工学技術者でもある。

 世間的な認知としては「環境関係の会議でよく見かける先生」といったところだろうか。

 だが――。


「最初は、環境保護活動に使う警備ロボットの開発、という話じゃった」

 警備、といっても事は単純では無い。先ず相手に害意があるかどうかの判断も必要となる。そして、力では遙かに劣るであろう人に対する繊細な力加減。

「それは、結果的には高度な自立思考型AIと制御機構を持ったロボットとして完成した」

 その次に持ちかけられたのは、介護支援用のロボットだった。こちらは前者よりも更に高度な思考回路と制御機構が必要となる。

「これが完成すれば将来訪れるであろう深刻な人手不足にたいする光明となるやに思えた。じゃが――」

 それらを人間と区別出来ない程に擬態させる機能の開発が始まった頃だった。何かがと感じ始めたのは。

「先のロボットどもはなかなか実用化も公表もされる様子が無い。しかも、警備の様子も次第に厳重になり、儂は研究棟から外に出ることすら出来なくなっていった」

 ふぅ、と息を吐いて博士は続ける。

「その頃になって、ようよう気付いたのじゃ。奴は最初からあれらを違うことに使うつもりだったのだ――と」

 その頃から何故か、『緑の番犬グリュネシェファ』の環境保護活動に対して反対意見を述べる政治家や懐疑的な学者のが相次いだ。

「奴は、紛れもなく環境保護活動家であった。が――それは目的のためには手段を選ばぬ急進的な、いっそ狂気に満ちた者じゃった」

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正義と悪との碧と紅 ひとえあきら @HitoeAkira

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