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第33話 お仕置きの時間-追放したパーティリーダー視点-
夜空に月が浮かんでいる。
幻想的な光景を網膜に焼き付ける余裕などあるはずもなく、ギランは当てもなく逃げていた。
「くそっ……どうしてこんなことに」
何も間違ったことなどしていないはずだ。
地竜の卵の売買など、やっている奴ならやっている。
それがたまたま地竜の王だからだとか、盗む所を目撃されたからとか、しょうもない理由でギランは破滅だ。
ただ運が悪かっただけなのに、こんな散々な目に合ったら神様を呪わざるを得ない。
もしもギランが犯罪者だというなら、冒険者全員が犯罪者だ。
なんでギランだけがこんな目に合わないといけないのか、納得なんて行くはずがない。
逃げるしかない。
国外逃亡すればなんとかなる。
他のパーティメンバーは置いてきたが、あいつらがいても何の役にも立たない。
「ここまで逃げれば――」
一息つこうとしたら、脇腹に剣の柄頭が突き刺さる。
突然の攻撃に吐き気を催す。
「ぐえっ!!」
もんどりを打って尻餅をつくのは、それだけ体当たりに勢いがあったからだ。
遠くからとんでもない速度で、人間が大砲のように距離を詰めてきた。
一体何があったのか把握できない。
空に瞬く星屑のように眼がチカチカする。
「もう逃げきれないですわよ」
抜いた剣の刀身が月に照らされて鈍く光る。
彼女が躊躇なく敵を斬れるネジの外れた人間だと知っているからこそ、その光にゾッとする。
「な、なんで、ここにアリアがっ……」
ベルはアリアやレイリーの身を案じて、ギラン達には何もせずに駆けて行った。だが、もしもアリアがギランや商人たちがいた現場に駆けつけていたのなら、きっとギラン達は斬られていた。
斬ってすぐに顔色変えずに、ダンジョンを探索しただろう。
ベル何かよりよっぽど冷酷な面を持つ彼女相手に、応戦するほど命知らずではない。
恐怖のあまり足を一歩引くと、その足が凍り付く。
一直線に氷が走っている。
「こ、氷、まさか……」
スキルとしては『氷結』という空気中の水分を凍らせるだけのスキルだが、それをさらに極めることによって、氷を武器の形に作りあげることができるスキルへと昇華した。
そのことによって無限の槍を携えることができるのが、レイスという最強の男だ。
「逃げられる訳がないだろ」
ダンジョンにいたはずの二人が、どうやってギランに追いつけたのかは大体分かる。
二人はスキルを使って追いついたのだろう。
ギランよりもよっぽど優れたスキルの使い手なのだ。
それぐらいはやってのける。
だが、それでも逃げ切る自信がギランにはあった。
何故なら、ギランがどこに逃げるのか突き止められるはずがないからだ
それでもこうして二人はギランを追い詰めている。
一体、どんなトリックを使ったのか。
「ど、どうしてここが?」
「レイリーやそれに近しい人間には、仕掛けを施していますの」
ギランの服の裾から黒い砂が出てきて、アリアに引き寄せられていった。
アリアのスキルは『磁力』をさらに極めたもの。
主に地面に含まれる砂鉄を使う。
レイスのように砂鉄で武器を作ることもできるが、彼女が優れているのは武器生成能力というより速度だ。
自分の身体のどこかに砂鉄を仕込み、地面に砂鉄を仕込んだり、地面の砂鉄を使ったりすることによって高速移動をすることができる。
それがギランの知っていたアリアの力の使い方だった。
「じ、磁力で追跡を?」
アリアに追跡能力まであるとは知らなかった。
自分が力を使った砂鉄にマーキングする能力があれば、ターゲットにした相手がどこへ行こうとも追跡できる力か?
「そう。いつでもレイリーの窮地に駆けつけられるように、髪の毛や、服、靴などあらゆるところに。気付かれても、ダンジョンを探索した時の砂か何かだと思われるように」
「…………ストーキングするの間違いじゃないのか」
レイスが呆れたような声を出すが、第三者だからこそそんな気の抜けた返答ができるのだ。
もしも、自分がその追跡の標的になったらと思ったら、ゾッとする。
どこへ逃げようとも、誰よりも早い速度で追いつき、そして、斬られるのだ。
Sランク冒険者と対峙して、まともに応戦できる奴なんて、世界に何人いるだろう。
ギランは無駄だと分かりつつも、足を必死になって動かす。
だが、膝まで凍り付いた足はビクともしない。
無理に動けば、凍結した足が千切れる。
足が千切れたままで、この二人が逃げ切れるはずもない。
完全に詰んだ。
「他の方々は既に捕縛しましたわ。島流しになるか、投獄されるかは、関与するところではありません。ですが、私は腸が煮えくり返っていますの」
空気がピリつく。
アリアの殺気が膨れ上がっていく。
彼女の全力をギランは観たことなどない。
彼女が本気を出さずとも、どんな敵だろうと相手にならないからだ。
だが、彼女は本気だ。
武器を携え、スキルも全開で使える状況下。
本気で――――殺す気だ。
「レイリーに行った非道の数々、半殺しにされても文句はありませんわね」
ギランは斧を持ってきている。
避けられる可能性の方が高いが、やるしかない。
こっちが殺らなきゃ、殺られるんだ。
斧を投擲して何とかアリアを殺すとすると、
その手のひらに、氷の槍が貫通していた。
血が溢れる。
その血が顔にかかったところで、時間差で自分が何をやられたのか把握できた。
待って持って、鈍く、まるで《遅延》をかけられたように、遅かった。
「ああああああああああああああっ!!」
痛い、痛い、痛い。
何で、どうして、こんなことに。
叫んでいないと正気を保っていられない。
気絶して楽になりたいのに、痛すぎて気絶することもできない。
「アリア、本当にこのクズが死にそうになったら、俺は止めるからな」
「あなたこそ、出血多量で殺すつもりですか?」
「問題ない。ちゃんと傷口は凍らせてやるから」
手のひらを貫通していた氷の槍が形状変化して、手のひらが凍り付く。
痛すぎて、涙や涎が落ちるが止める術がない。
「いたっ、い、た、助けて、助けて……。あ、ああああああ……」
もういっそ殺された方がましだ。
半殺し?
こいつら、弄んで、しかも殺さないのか。
早く殺してくれ。
痛みのあまり気が狂いそうだ。
「お仕置きの時間ですわ」
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