第31話 世界の法則を破壊する力(1)

 アリアは、助けが来る可能性なんてないことなど分かっている。

 地竜の卵を誰かが持ってきてくれたら助かるなんていう、先程の呟きはただの気休めだ。


 瓦礫の山の向こうにいる職員さんの足が折れていなければ、助けを呼ぶことができたがそれも不可能。

 俺のパーティメンバーであるシャンデとリュミは置いてきた。

 ついていくと言って後ろにいたが、全力で引き離した。

 経験値の低い彼女達が、Cランクダンジョンの深層へ至るのは自殺行為だからだ。


 ベルさんも今どこにいるのかも分からない。

 つまり。

 ここにいる俺と、アリアの二人で地竜の王を捩じ伏せるしかない。


「まずは、あの池から引き剥がさないとっ!!」


 地竜の王がいる所まで駆ける。

 近づいて来る俺に対して、水の大砲のような威力の《竜水流》が噴射されるが避ける。

 攻撃範囲と威力は大きいが、見切れない訳ではない。

 必ず口から発射されることが分かれば、攻撃範囲を絞られる。

 連射してくるが、その度に左右に動きながらも距離を詰めていく。


 地竜の王は先程から同じ場所で動かずにいる。

 居座りながら、水を補充して攻撃するのが最適解だと理解したようだ。


 アリアが剣で挑発をしているが、動かない。

 あそこから動かせれば、地竜の王の攻撃力は半減する。

 あの鈍重な地竜の王を、普通に腕力や剣で動かすことはできない。

 できるとするならば、俺の《遅延》の魔法スキルだ。

 俺が地竜の王を魔法スキルで鈍くすることができれば、その間に俺とアリアの攻撃をしこたま叩きこんで弾くことができる。


「あっ」


 ズルリ、とできていた水溜まりによって足が滑る。

 そのせいで《竜水流》が避け切れなかった。


「杖がっ!!」


 持っていた杖に直撃したせいで、粉々に砕けた。

 握っていた腕がもぎ取れるかと思ったが、ある意味腕が折れた方が良かったかも知れない。

 杖が使えなくなってしまった。

 杖がなくとも魔術は使用できる。

 だが、杖があるからこそ、魔術はシームレスに発動できるし、コントロールしやすい。


 例えるなら、杖は薪だ。

 火を大きくするときに、薪が必要になるが、その薪が杖の役割を担っている。

 薪なしでは火を大きくするのに時間や手間がかかるのと同じで、かなり不利になってしまった。


 それに、今の俺は杖を失くしてしまった。

 素手で逆立った鱗を殴ったら、こっちの拳が先にイカれてしまう。

 実質俺は案山子となった。

 地竜の王に対してまともに攻撃できなくなった。

 アリアの補助をすべきだが、


「――くっ」


 アリアはアリアで満身創痍になっていた。

 自慢のスキルは封じられ、地竜の王と戦う前に幾多の地竜との戦いで消耗し切っている。

 数日前からずっとこのダンジョンにいるのだ。

 緊張感で、体も心も休めていないだろう。

 彼女も限界だ。


 そうなると、もう手段は選んでいられない。

 今こそ切り札の切り時だ。


「アリア、その剣借りていいかな?」

「まさか……」


 俺の提案だけで、アリアは何をするか察したようだ。

 今、地竜は池の水を飲んでいる。

 隙だらけになっているこの瞬間しかチャンスはない。


「やるしかない。『アレ』を……」

「待ってしましたわ、この時を……」

「……反対されると思ったんだけどね」

「まさか。久しぶりに本気でスキルを使うというなら、私は止めませんわ。あなたの本気に、私やレイス、それにベルだって惚れ込んだんですもの」


 簡単に言ってくれるが、本気でやるとスキルのコントロールはできない。

 そうすれば、近くにいるアリアも衝撃の余波が来る可能性もある。

 それでも、アリアは止めずに促してくれた。

 ほんとに、こういう時、狂っている人間がいるとありがたい。


「アレを使ったら、もう俺は動けなくなる。後は頼んだよ」

「安心してください。気絶したレイリーの身体には、何の悪戯も施しませんわ」

「全然安心できないけど!?」


 スキルを突き詰めると、その人間の癖に応じてオリジナルのスキルが生まれる。

 レイスや、アリアも、自分だけのオリジナルのスキルを持っているのと同じだ。

 俺は《遅延》しか使えないから、《遅延》というスキルだけを極めた。

 

 普通は、複数のスキルを合わせた複合的なオリジナルスキルを生み出す。

 だが、不器用な俺はたった一つだけのスキルを突き詰めた結果、歪な育ち方をしてしまった。


 普通は《遅延》というものは、一つの物を対象として使うスキルだ。

 だが、《遅延》を極めた俺は、空間を吞み込んでスキルを使える。

 その空間を俺は指定できない。

 つまり、俺は世界そのものを《遅延》させることもできる。



「――《遅々延着》――」



 瞳が赤く染まる。

 このスキルを使うと必ず血管が切れてしまう。

 そのせいで、俺の世界は赤くなる。

 赤くなった世界は速度を上げて、どんどん拡大していく。


「存分に力をお振るいなさって下さい。相手が地竜の王だろうと、本気になったあなたにとってただの雑魚ですわ。何故なら――」


 アリアの剣を受け取って走る。

 長時間の《遅延》を使用すると、全身の血管が破裂する。

 即座にケリを付けなくてはならない。


「あなたは世界の法則を破壊する力を持っているんですから」

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