第29話 ダンジョン深部に潜む地竜の王

 ダンジョン内では、他の冒険者達が戦闘を行っていた。

 それでも抑えきれないほどの地竜の大群がいて、走って来る俺にも攻撃してきた。

 一々相手をしている暇などないので、片っ端から《遅延》の魔法スキルを駆使して相手にしなかった。


 息を切らして体力を消耗してしまったが、精神力も消耗してしまった。

 Cランクダンジョン深部まで辿り着くまでに、今日使える半分以上の魔力を使い切ったことを確信する。


 敵が強ければ強いほど魔力の消費が大きい。

 この調子だと帰り道、俺は空っぽの魔力でぶっ倒れることになる。

 そしたら、俺は地竜の腹の中だ。


 いや、帰り道のことなど考えるな。

 今はただ彼女のことだけを思い浮かべろ。


「アリア!!」


 彼女は一人で立っていた。

 血だらけで怪我をしているアリアなんて、久しぶりに見た。

 いや、これほど憔悴しきっている彼女のことなんて初めて見たかもしれない。


「まさか……レイリーですの?」


 目蓋を開けきることもできない半眼の彼女が、重心を落とした。

 その動作と俺より上に視線を僅かにやった行為で、俺は膝の力を抜く。

 彼女が体当たりしてきたのに、抵抗などしなかった。


 さっきまで自分の頭があった所に、地竜の爪が弧を描いてた。

 もう少しで頭と胴体が離れているところだった。

 アリアが身を挺して、死角からの一撃から守ってくれたのだ。


「アリア、助かったっ!!」

「いいえ。それより、あなたは大丈夫ですの?」

「ああ、大丈夫だ!!」


 開けた場所に地竜のモンスターが一匹だけ。

 他にも地竜はいるが、数十匹は息絶えていた。

 だが、その数十匹より、眼前の地竜は一回り体躯が大きい。


「……このダンジョンの主か?」


 追撃されるかと思ったが、後ろを振り向いて何処かへ向かう。

 舐められている。

 今すぐ逃げ出したいが、首を時折こちらに向けて眼だけはしっかりこちらを睨んでいる。

 隙が無い。

 逃げる素振りを見せたら、手痛い攻撃を喰らう。


「それより、アリアがこんなに怪我しているの初めてみたぞ。そんなにあいつは強いのか?」

「す、すいません。私を庇ったせいでアリアさんに怪我を……」


 後ろを振り返ると、そこに足が曲がってはいけない方向に曲がっている女性がいた。

 二人いたのか。

 その女性は冒険者じゃない。

 冒険者ギルドで見かけたことがある女性だ。

 名前は憶えていないが、職員の一人だ。


 地竜に襲われた際に、きっと彼女はさっきの俺と同じように地竜に襲われた。

 そして、それを助けるためにアリアは駆けだしたが、きっと間に合わなかったのだろう。

 彼女を庇ったアリアは攻撃をもろに喰らってしまってダメージをもらったってことか。


「気にしないでいいですわよ。それに、あの地竜、私と相性が悪すぎますわね」


 どういうことかを問う前に、答えは分かった。


 地竜はダンジョンの隅にあった池から、水を大量に摂取していた。

 グルリと、こちらを振り向くと、口から勢いよく水を噴射した。


「なっ――!?」


 俺はギルド職員の手を掴み、アリアとは反対方向に避けた。

 壁にぶち当たると、亀裂が入って瓦礫が落下して来たので、無詠唱の《遅延》で速度を遅らせる。

 あまりにも速い。

 あの速度に、《遅延》を合わせるのは至難の業だ。

 あれは《竜水流》のスキル。

 地竜は覚えられないはずのスキルだが、もしかしてあの地竜、水竜とのハーフか? 特別に身体が大きいのもそれが原因じゃないのか。


 だが、これでアリアがここで手こずっていることに合点がいった。

 アリアは水浸しになっている。

 あれじゃあ、彼女の得意なスキルが使えない。


 それに、このギルド職員の人がいることで、アリアの動きが鈍くなっている。

 彼女を守るために庇いながら戦っているせいで、地竜の王に最期の一撃を与えられないでいるのだ。


 せめて足が動けばいいが、骨折しているせいで身動きが取れないみたいだ。


「立てますか?」

「いっ――」

「……すいません」

「こちらこそ、すいません……」


 立ち上がることすらできないほど重症のようだ。 

 これじゃあ、彼女一人で逃げることなんて不可能だ。


 俺じゃあ、あの地竜の王に有効打を与えることができない。

 俺の《遅延》はサポートタイプのスキルだ。

 あの分厚い鎧のような鱗を貫ける攻撃スキルなんてない。


 だが、アリアなら手持ちの剣で鱗を貫けるはずだ。

 そのためには、彼女が本来の力を発揮させることが最低条件だ。


「俺がこの人を避難させる。そのサポートを頼む」

「……分かりましたわ」


 アリアはすぐに察してくれたようだ。

 俺は女職員を抱え込む。


「きゃっ」

「しっかり捕まって下さい」

「は、はい……」


 重い。

 口には出さないが、服が水を吸っている分重くなっている。

 これじゃあ、機敏に動けない。

 となれば、重力に《遅延》をかける。


「え? なんで、速ッ――」


 地竜の王が《竜水流》を噴射してきたので、高速で走る。

 身体能力向上のバフ系のスキルは使えない。

 だが、自分にかかる重力を《遅延》させることはできる。


「いっ――」


 通路まで一気に駆け抜けるが、足が縺れる。

 スキルの効力が切れてしまい、数倍の重力が全身を襲う。

 それと同時に頭上に《竜水流》が天井を大破させた。


 アリアが地竜の王の顎に斬りかかったおかげで、直撃は避けられた。

 軌道がズレたようだが、ズレ方が悪かった。

 天井から多量の瓦礫が降って来る。


「ごめん!!」

「きゃ、きゃああああああっ!!」


 重力に《遅延》をかけて、女職員を空中に放り投げる。

 俺と女職員の間を、瓦礫が埋めていく。

 瓦礫は積み重なって、女職員が見えなくなってしまった。


「大丈夫ですか!?」

「は、はい。なんとか……」


 か細い声が返って来た。

 一瞬だけ《遅延》をかけたので反動が少なかったので、助かったようだが、俺達は助かっていない。


「閉じ込められた……」


 通路への道は瓦礫によって閉ざされてしまった。

 これで俺達は助けを求めることが困難になってしまった。

 そして、逃げるという手段もあったが、これで無理になった。

 退路はない。


「勝つしかないのか、こいつに……。他に助かる道はないのか」


 手負いのアリアは、そうですわね、と、ふらつきながら呟く。


「私達が死ぬ前にそこの瓦礫の山を壊して、地竜の卵をここまで持って来られる方がいらっしゃったら助かりますわね」


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