第28話 破滅への足音が聞こえてくる-追放したパーティリーダー視点-
「おい!! どうなってんだよ、これは!?」
ギランは店内に入ると、そう叫ばずには居られなかった。
真っ暗で店の中は見通しづらい。
そもそも外からは閉まっている店だが、実は違う。
常に営業しているが、一般時にばれないように偽装している。
ここは、ウラジオの裏通りにひっそりと建てられている店。
斜めになっている看板には薬屋と書かれているが、実際はどんな物でも扱う店。
冒険者ギルドを介さず、違法に物を売買することができる所だ。
色々と伝手を辿ってこの店に辿り着いたのだが、今日来たのは外の騒動について問いただしたかったからだ。
普段は物静かなこの通りが阿鼻叫喚の地獄絵図になっている。
地竜が攻めてくるかもしれないということで、避難するか、迎え撃つかでウラジオの人間の意見が真っ二つに割れているらしい。
「……誰かと思えばお前さんか……。無能と商売をしたせいで、儂は破滅じゃ。不愉快だ。出て行ってくれんか」
顔をすっぽりローブで包んだ老人から、嗄れ声がしてくる。
それは地竜の卵を売った男だった。
こいつのせいで大勢の人間が迷惑をしているというのに、太い態度をしている。やはり違反を平気で犯す人間はどこか頭がおかしいらしい。
本当に無能なのは誰かも分かっていないところとか、特にそうだろう。
「誰が無能だ!! なあ、みんな!?」
「…………」
「…………」
「…………」
緊急事態ということで、パーティ総出で抗議に来たのだが、誰も返答しない。
どうしたのだろう。
ギランは無能のはずがない。
いつもだったら即座に同意してくるはずなのに。
店外が五月蠅いせいで、声が聴こえなかったのだろうか。
まあ、そんな些末なことはどうでもいい。
今は悪質な商売をした奴を問いただすのが先だ。
「おい!! なんで、こうなっているのかを聞きたいんだよ!! 俺は!!」
「どうもこうも、全部無能であるお前さんのせいじゃよ。それすらも分からないほど愚か者なのか? お前さんは」
「はあ!? なんでだよ!? あんた大丈夫だって言ったし、ちゃんと地竜の卵受け取っただろ!? なのに、この騒ぎは何だ!? あんたが何かしたせいだろうが!!」
俺達は地竜の卵を、この商売人に売った。
そして報酬を受け取った。
その際に、冒険者ギルドにこの件が発覚しなければ、何の不利益も被ることはないと言っていた。
なのに、地竜がダンジョンを崩壊させたらしい。
つまり、こいつは嘘を吐いたのだ。
「儂はただお前さんから卵を受け取っただけだ。そして、一応言っておくがの、儂は地竜の卵ならば、何回も、何百回も取引したことがある。だがな、貴様、下手を打ったな? 地竜の卵を奪う時に、親に目撃されたはずじゃ」
「ああ!? なんだ、それ!?」
目撃されたかどうかなんて、どうでもいいことのはずだ。
なんでそんなことを一々聞いてくるんだ。
「ええか。地竜の卵を奪う時は、親に絶対に目撃されてはダメなんじゃ。仮に目撃されたとしても、その親は必ず殺さなければならない。そうしなければ、仲間達が大勢で報復する事態に発展する。このようにのう」
「なっ……」
「しかも、盗んだ地竜が悪かったみたいじゃのう。その辺の地竜から盗めばこんな大事にはならずに済んだはずじゃ。なんとも、運の悪い無能じゃ。ほら、少しは死ぬ前に勉強できたか? 小童」
「な、何だよ、それ……」
卵を盗んで逃げればいいだけじゃなかったのか。
地竜の親も殺さなければいけないとか。
誰にも説明されていない。
なんで誰もちゃんと丁寧にしっかりと教えてくれなかったんだ。
ふざけるな。
レイリーが抜けてからこんなのばっかりだ。
みんなギランのことを責める。
説明しろよ。
そうすれば、全部上手く言ったはずだったのに。
後からになってこんな説教じみた説明をしたこいつだって、同罪だ。
こいつのせいで失敗を取り返すことができなかった。
早くその話を聞いていれば、ギランは大罪人にならなくて済んだ。
冒険ギルドを通さないモンスターの売買だったら、軽い罰で済む。
だが、今回ばかりは罰金で済むような話ではない。
「お前さんが、下手な仕事をしたせいでウラジオは壊滅するやもしれん。まあ、根なし草の儂は逃げさせてもらおう。じゃが、お前さんのせいで儂が破滅してしまうかもしれんことは許せんのう。ただ、今はお前さんに報復する暇などない。命拾いしたのお」
「ああ!?」
腹の立つ顔をしている商人を、思い切りぶん殴る。
その勢いで商品がそこらに転がる。
「ぐぎゃああっ!!」
血を流しながら無様に転がる。
ざまあみろ。
「じ、じじぃ!! 何が命拾いだ、ああっ!! 老いぼれが生意気な口を利いてんじゃねぇよ!! この俺を誰だと思ってるんだ!! Cランク冒険者のギラン様だぞ!!」
どれだけ大口を叩いても、商人如きが冒険者に敵うはずがない。
これで少しはスッキリしたな。
「もう、やめてえええええええええ!!」
「ああ!?」
「なんで、なんで、こんなことに私達なっちゃったの……。ただ普通に楽しく冒険がしたかっただけなのに……」
ヒック、ヒックと、リップが泣き出した。
泣きたいのはギランも一緒だ。
どうすればいいのか分からなくて混乱しているっていうのに、被害者面するなよ。
お前だって、賛同していた癖に。
「ギラン殿、早く謝った方がいい。何か解決策はないか、教えを乞うこともできるかも知れん」
「うるせぇえなああ!! これは、お前らのせいでもあるんだぞ!!」
「ギ、ギラン殿!?」
そうだ。
こいつら批判ばっかりで、自分達が加害者だってことを認めていない。
そんなのおかしいだろ。
「なんで、俺のことを止めてくれなかったんだよ!?」
シン、と静まる。
冴えている。
そうだ。
ロウが謝れとかほざいていたが、謝るべきなのはお前の方だ。
「こんなことになるんだったら、俺を止めてくれれば良かっただろうが!! こうなったのは、止めなかったお前らの責任でもあるんだからなあっ!! いや、違う!! むしろ、俺は何も悪くないんだ!! 悪いのは全部お前らだああああああ!! そうそう、こうなったのは、金を稼げなくなったのは全部、レイリーのせいじゃねぇか!! クソッ、あいつ、どこまで俺の足を引っ張るんだよおっ!!」
こんなに苦しんでいるのに。
こんなに頑張っているのに。
どうして誰も認めてくれないんだろう。
ああ、こんなに偉いのに。
「……言っても話を聞いてくれないじゃない……」
ポツリと、小さく呟いた声が妙に響いた。
自然と、握り拳を作った。
聞き間違いか?
「ミレイユ、何か言ったか?」
「あなたのせいだって言っているのよ!!」
「何言ってんだ!! 自分達のやったことを、俺に押し付けるんじゃねぇよ!!」
「あなたがやったことでしょう!! 全部あなたのせいじゃない!! 最悪……レイリーがいなくなってから、私達何もできなかったじゃない!!」
「…………あ?」
レイリーがいなくなってから清々したはずだ。
少し冒険者としてうまくいっていないし、正直このままお金が手には居なかったら飢え死にする。
だけど、いつか信じていれば状況は好転するはずだ。
使える新人が入れば何とかなるはずだ。
なのに、なんでレイリーのことが出てくるんだ?
そうか。
こいつらまだ本気でやっていなかったんだな?
雑用が面倒だとか抜かしやがって。
やれよ、お前が。
こっちはこっちで忙しいんだよ、リーダーだからな。
「もう、どうしようもない……。私達は終わりよ……。レイリーじゃなくて、あなたを追放するべきだったわね……」
その言葉で、頭に血が上った。
誰のために今まで頑張ってきていると思っているのだ。
「きゃあっ!!」
ミレイユの顔面をぶん殴る。
殴られると思っていなかったミレイユは飛んだ。
ロウとリップの二人が駆けつけて、大丈夫? とか言っているが、逆だ。
ギランの心配をした方がいい。
心が傷ついたのだから、大丈夫の一言はあってもいいだろう。
「うるせぇんだよ!! お前らは黙って俺の言う事を聞いてればいいんだ!!」
ガチャガチャと、うるさい。
ここに来た時からずっと商人は何かいじっていたが、喋る奴がいなくなったから余計にうるさく感じる。
「クソッ、仲間割れなら他でやれ」
「お前さっきから、何やってるんだよ」
アイテムバッグに何やら色んなものを詰めていた。
入れている速度から、特に何かを選んでいるといった様子はない。
速度重視で、とにかくなんでもいいから入れているみたいだ。
「逃げる準備をしているのが分からぬか?」
「はあ? てめぇ一人で責任逃れするんじゃねぇよ!!」
「……まだ察せないとは、お前さん、よくCランク冒険者になれたのう? これだけの騒動になったんじゃ。それなりに大物の冒険者がここに詰め寄るのは時間の問題じゃ。それに、大事になった犯罪者を殺しても何の罪も問われないと思わんか?」
他の地域では自営組織や国が管理している組織によって、治安が保たれている事が多いらしい。
だが、ウラジオにはそんな組織はない。
あるとすれば、冒険者ギルドだ。
裁くべき相手を、冒険者を雇って拿捕する。
彼らに秩序を求めようにも、荒くれ共の集まり。
威嚇射撃なんて生易しいものを求めてはいけない。
犯罪者を痛めつけることに何の躊躇もないのだ。
「そ、それは早く言っ――」
喋り切るよりも前に、暴風が店内にいた全員を襲う。
ギランは吹き飛ばされ壁に叩きつけられ、悪態をつく。
「くそっ、なんだ、いきなり……」
一切気配がなかった。
身体を起こすと、店の中は散々な状態だった。
窓ガラスが全部割れているし、机や薬品がひっくり返っている。
もう、暴風は止んでいるから、ただの自然現象じゃない。
スキルということになるが、感じられる魔力残滓は途轍もないものだ。
魔力による空気の淀みだけで、気分が悪くなってくる。
「嘘、だろ……」
ガリッ、ガリッ、と、床に散らばったガラス片を靴で踏む音がする。
影からヌッ、と現れた顔に戦慄する。
そいつは、人殺しをしに来たと言われても信じてしまうほどに、表情がなかった。
冒険者でもない商人でさえも顔を知っているぐらいの有名人。
罪人を処す為にやって来た処刑人と対峙して、絶望に呻いた。
「Sランク冒険者のベルじゃと……」
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