第27話 最強の男
「何……? 潰されてない? 私?」
冒険者の一人が、頭に両手を置きながら呆然と呟く。
馬車が壊れる寸前で静止していた。
落ちるはずの木材の破片も中空で停止していて、落ちる素振りがなかった。
「ひっ!!」
不思議に思って上を仰ぎ見れば、地竜と眼が合ってしまう。
グググ、と踏み込んでいる脚が微かに動いているが、踏み潰さないでいる。
咄嗟に《遅延》の魔法スキルを使って、馬車の崩壊をスローにした。
「速くそこから逃げろ!! 数秒も持たない!!」
「わっ、わわっ!!」
名前も知らない冒険者達が、全壊しそうだった馬車から這い出る。
死人は出なかったようだ。
周りを見渡す。
ここは地竜の巣穴近くだ。
少し遠いが肉眼で視認できる。
こんなところまで地竜が進出してきている。
ここで倒すしかない。
相手は一匹だけで、こちらは数十人以上いるのだ。
他の馬車からもどんどん冒険者が出てきている。
これだけいれば、どれだけ強い地竜であろうと、数の暴力で圧し潰せる。
全員一斉にかかれば、楽な仕事だ。
なのに、肝心の冒険者達は、何をしていいか分からないでいる。
中には棒立ちのまま、ポカーンと口を開いているものもいる。
馬車から降りて、さあ、ここからだ、気合入れていくぞ、といった心の準備が出来ずに、いきなり脅威に晒されて動けずにいる。
ここにレイスさえいれば、持ち前の統率力を発揮できるのだが、ない物ねだりする訳にもいかない。
この中には地竜と相対したことがない冒険者もいるだろう。
経験したことがある人間が指揮した方がいい。
俺はこの場にいる全員に聴こえるよう、なるべく大きい声を出す。
「魔術師、弓矢使いは後ろに!! 近接武器を扱う剣闘士などは前に!! 地竜の攻撃に合わせて動いて!!」
全員俺の言葉を聞いて動き出す。
俺よりランクの高い人間なんて山のようにいるだろうが、文句を付ける奴は一人もいない。今は緊急事態で、全員が力を合わせなければ生き残れない。
地竜は手当たり次第に向かってくる。
飛翔能力はないから、他の竜種に比べて機動力はない。
馬車を踏み潰せる巨体が故に鈍重だ。
地竜の攻撃は、落ち着けばFランク冒険者であっても避けられる。
だから人数が多くても混乱は少なく、前衛後衛を組むことができた。
近接戦闘が得意な冒険者がまずは攻撃していき、地竜が反撃をしたら後退する。後退した好きに、後衛の魔術師達が地竜に集中砲火する。
怯んで隙が生じた地竜に対して、退いていた剣士達が前衛に復帰する。
俺の一言から足りなかった言葉の部分をくみ取って、理想的な連携が取れている。
意味が全部分からなかった冒険達も周りを見習って動きが洗練されていった。
やっぱり、ウラジオの冒険者達は熟練度が高い。
「弓矢じゃ、地竜の肌は傷一つつけられない!! シャンデは眼や爪先、開いた口を狙って!!」
「は、はいっ!!」
問題となるのは皮膚の分厚さによる、圧倒的な防御力だ。
Cランク冒険者程度の剣や魔術でいくら攻撃しても、金属のように固い鱗と皮膚によって全て弾かれる。
だからこそ、防御の弱い部分を徹底的に叩くしかない。
「――《遅延ッ!!》――」
全霊を込めた魔法スキルだったが、やはりFランクのモンスターとはかかり方がまるで違う。
ただでさえランクが違うのに、サイズ感も違うので地竜は動いてしまっている。
それでも遅くなった地竜を、今だとばかりにみんな徹底的に叩く。
「遅くなった!? この大きさのモンスターで、しかも地竜がっ!? 今だ、みんな、やるぞっ!!」
冒険者の一人が叫んで、さらに攻撃が強まる。
俺は《遅延》をかけ続けているせいで動けない。
神経を集中しなければ、かけ続けられない。
スッ、と背後から影が映り込む。
巨大な丸い影に気が付くと、リュミの悲痛な叫びが耳まで届いた。
「先輩、危ないっ!!」
後ろを振り返ると、戦闘していた地竜とは別の地竜が、俺に向かって脚を振り下ろしていた。
今度こそ間に合わな――
巨大な槍が地竜の腹を貫通した。
地面から生えたように、突如として現れた槍は回転しながら上空へと突き上がって行った。
槍の刃が日光に反射したと思ったら、結晶のように四散した。
断末魔と共に新しい地竜が倒れると、多くの冒険者で一斉にかかっていた地竜も同時に倒れた。
付け焼き刃の連携とはいえ、百人単位で地竜を倒すのに数十分はかかった。
たった一人で、しかも一瞬で倒したその腕前は百人力といっても過言じゃない。
「た、助かりました――レイス、さん」
Aランク冒険者のレイス。
通り名は『神槍』。
ウラジオにいる男の中で最も強いと思わせる力を持っている。
レイスは自分がとんでもないことをしたのに、まるで日常の風景のように堂々としていた。
筋骨隆々とした肉体をした彼の背中にいるだけで、安心感があった。
こちらを見て不敵に笑ってみせた。
「なーに。俺がやらなくとも、お前だったら容易く切り抜けられただろ? 余計なことしたか?」
親しみやすい兄貴分のような接し方は、エール片手にくだを巻いていた人と同一人物とはとても思えない。
レイスの開いた手から、スキルの光が迸る。
すると、虚空から、己の体躯と同等の長さの槍が生成された。
ここまで連度の高い生成スキルを使えるのは、彼しかいないだろう。
「てめぇら!! 普段は俺達といがみ合っているパーティもいるだろうが、今は胸にしまえ!! 俺に従って、俺達のウラジオを守るぞっ!!」
「おおおおおおおおおおおおっ!!」
俺が指示していた時よりも数倍の声が返って来た。
レイスの方が腹から声が出ていたし、何よりみんなの信頼が厚い。
彼が来ただけで、みんなの士気が大幅に上昇した。
「レイリー。ここは俺達に任せて、お前らはダンジョン内に行け」
「ダンジョンって……む、無理ですよ」
ダンジョンの外でこれだけ苦戦したのだ。
ダンジョン内は地竜蔓延る魔境に違いない。
「俺はここでこいつらを守らなくちゃいけない。それに、Cランクダンジョンなんて最近めっきり潜っていない。その点、お前は地竜の巣穴については詳しいんだろ? だったらお前が潜った方が適任だ」
「で。でも、俺じゃ」
「馬鹿野郎ッ!! んなことまだ言ってやがんのかっ!! お前は!!」
「いっ――」
肩を強烈な力で叩かれる。
こ、この人、自分の力がどれだけ強いか分かっていないのか。
肩の関節外れるかと思った。
「自分に自信がないのは結構だ。お前がいたパーティの環境にも同情できるし、お前がそんな性格になったのは理解できる。……だがな、お前よりもお前のことを理解してくれている奴がいるかもしれないってこと、気が付いてやれ。アリアだって相当歪んでいるが、お前のことを助けようと必死だったんだ。今なら、その言葉――届くんじゃないのか?」
アリアは俺がパーティで孤立していたことを、一番憂いていた人間だった。
何度もギランをぶちのめそうとした。
やり方を今でも間違えていると俺は思って、何度も彼女の救いの手を拒んでしまった。
ギランと一緒に冒険したかったから。
正直、アリアは苛立っただろう。
ギランよりも、分からず屋の俺に。
いつ見放されてもおかしくなかった。
だけど、アリアは何も変わらず俺と接してくれた。
「行って、アリアの手助けをしてやれ。あいつは頭がおかしいが、実力は俺より格上だ。そのあいつがこれだけの数の地竜を取り逃がすなんて、ダンジョンでよっぽどのことがあったんだろう」
そうだ。
アリアがダンジョン内にいるのだ。
他にも冒険者がいるとはいえ、彼女の身も心配だ。
でも、俺が行って彼女の助けになるのか。
「お前ならできるさ。なにせ、この俺が見込んだ男だ」
レイスは親指だけを上げてきた。
そう言われたら、応えない訳にはいかない。
ダンジョン内は狭い。
団体で行くよりかは少数のパーティで動いた方が潜りやすい。
それに、レイスの言う通り、この前までずっと潜っていた場所だ。
地図などなくとも歩けるぐらい、地理は頭の中に入っている。
「……っ。分かりました。行ってきますっ!!」
「おうっ!!」
俺はダンジョンに向かって走り出した。
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