第16話 初心者の為のダンジョン講座

 Fランクダンジョンであるイートプラント樹海の入り口まで来たが、突入する前に確認したい事がある。

 横にいたシャンデに声をかける。


「確認しますけど、ダンジョン自体初めてなんですよね?」

「そうですが、どうされましたか?」

「入る前に色々と説明しようと思うんですが、いいですか?」

「勿論。むしろお願いします」


 そう言ってくれるなら、しっかり教えてあげないといけないな。

 どこから教えたもんかと悩んでいると、商人の一人が声をかけてくる。


「お嬢さん達、回復薬は持っているかい?」

「すいません、大丈夫です」


 二人が観たことのない冒険者だから、商人の人は声をかけたのだろう。

 俺は短く商品の人に返すと、指を刺した。

 それは、ダンジョンの入り口前の人の列だ。


「とりあえず、並びましょうか」

「は、はい」


 商人がチッと舌打ちするが聴こえてない振りをする。

 無知な冒険者に売り込みをしようとしたみたいだが、甘すぎる。


 ここにいる商人はみんな、相場の数倍、数十倍の値段で商品を売りつける奴等ばかりだ。買い忘れた時や、ダンジョンから帰還した時には重宝するが、何度も荷物をチェックしたので、今日の所は用がない。


 死にかけている時に回復薬がなくて困っている時は、値段が高騰していようが即買いする。

 それが分かっているから、彼ら商人はここで待機しているのだ。


 だけど、本当は列に並びたくなかった。

 できればしっかり教えてあげたことがいっぱいあるが、これだけ並んでいれば十分な時間の確保はできそうだ。

 まず、ダンジョンに入る際の注意点から言った方がいい。


「ここで重要なのは、パーティは全員一緒にダンジョンに入ることかな」

「どういうことですか? まさか、入る時に四人までとか人数制限があるとか?」

「そうじゃなくて、ダンジョンに入ると、冒険者はランダムな場所に転移されるから、気を付けないといけないってこと」


 リュミの懸念も分かる。

 大人数がダンジョンに入ったら、狭い通路が通れなくなると思ったんだろう。

 でも、その心配はない。

 バラバラの位置に勝手に移動されるのだから。


「だから、もしも入るタイミングが違うと、パーティがバラバラの位置に移動してしまう。だから、ほら。初心者で怖いパーティはああやって、手を繋いで入っているよね?」


 いい例とばかりに、入っていくパーティがあった。

 彼らは目を瞑りながら、一緒に入っていった。

 すぐさま姿が消えて見えるのは、瞬間移動しているからだ。


 慣れたら手を繋がなくてもいいし、不安もないのだけど、俺も最初は怖かったな。

 もしもバラバラになって、一人きりになって、そこに大量のモンスターがいる場所だったらと不安になったものだ。


 意地悪なダンジョンだと、水中だったり空中だったりに転移されることだってある。

 そういうランクの高いダンジョンに行ったことがある経験者だったら冷静に対処できるんだけど、ダンジョンの仕組みを知らないとやはり不安なようだ。


 初心者二人の顔が青ざめている。

 まあ、そうだよね。


「こういう場所ではあり得ないけど、Sランクダンジョンとかになると強制転移されるものもあって、絶対に最初はパーティがバラバラの状態で探索がスタートすることもあるんだよね」


 だからこのFランクダンジョンは大丈夫、という意味で言ったんだけど、顔色が優れない。

 というか、悪くなってる気がする。

 どうしよう。

 不安にさせたかな。


「もしも全員が別々の場所に強制転移になったら、どうすれば……」

「そうはならないけど、そうだね。冒険者の鉄則としては、ダンジョンの一階なら入口付近。二階以上なら階段で待ち合わせするのが定石だね。階段付近にモンスターは近寄らないしね」


 リュミが、不安のあまり独り言を呟いていたので拾う。

 一応、教えておこう。

 強制転移にならなくても、ダンジョン内では何が起こるか分からない。


 パーティがずっと固まっているのが理想だが、はぐれてしまった時のためにも定石を教えておいた。


 階段。

 とにかく一人になったら、次の階層に行く階段で待っていればいい。


 他のパーティの人間が薄情ではない限り、階層で待っているか、そこに辿り着くはずだ。一日以上待って現れなかったら、もう死んでいるか、俺のことを置いて次の階層へ行っているかだ。


「モンスターはどうして近づかないんだ? いや、近づかないんですか?」

「ああ、喋りやすい喋り方でいいよ。俺もいつの間にか砕けた言い方になってるし」

「すまない……」

「……えっ、と。階段付近は冒険者が近づきやすいって、モンスターも知っているからじゃないかな。上の階層に行けば、自分達よりも強いモンスターがいて食物連鎖の糧になることが分かっているからだね」



 当たり前だけど、モンスターにだって学習能力はある。

 上の階層に行けば、他のモンスターに喰われることを知っている。

 それに、人間だっている。

 階段は休憩や装備を整えるのにもってこいなので、そんな天敵がうろついている場所に、ノコノコ近づくモンスターは少ない。


「ちなみに上の階層にいるモンスターが下に行かないのは、成長し過ぎて階段に通らないサイズになっているからだね」

「……普通の理由ですね」

「人間に比べて、モンスターの成長速度は全然違いますからね。すぐに大きくなるんですよね」


 シャンデの言葉遣いは綺麗だな。

 思わず釣られてこっちも丁寧になった。

 違う国の貨幣も持っていたし、所作も堂に入っているみたいだし、やっぱりどこか貴族のお嬢さんって感じなんだよな。


「まあ、階段を壊しちゃうモンスターもいるんですけどね。さっきベルさんが言っていた地竜みたいな」


 逆に、小柄で強いモンスターは階段を行き来できるから、そういう危険なダンジョンはランクが上がる。

 浅い階層でも上位のモンスターがいきなり出現するので、心の準備が出来ていないと普通に苦戦する。


「それに、モンスターには『縄張り』があって、お互いにその不可侵領域を守っているんですよ。もしも縄張りを破ったらモンスター同士でも殺し合うから、階層の移動をするモンスターはそうはいないんですよね」


 同じ階層であっても、縄張りは存在する。

 モンスターの繁殖時期や、冬眠時期によってそれらは変化する。

 その情報を逐一共有するために、探索報告書を冒険者ギルドに提出しているのだ。


「そろそろだね」


 話をしながら進んでいると、前にいる人たちがいなくなっていた。

 もう、大体の人がダンジョンへと先に探索を始めている。

 次の次で俺達の順番だった。


 Fランクダンジョンっていうことで、挑戦する人数が多い。

 ダンジョンを探索する前に、こんなに並んだのは久しぶりだった。

 でも、話をしていたら、あっという間だった。

 他人と話すのって、こんなに時間が早く進むものなんだな。

 他人の悪口しか言わない人間といる時は、《遅延》をかけられているんじゃないかってぐらい、遅かったのに。


「ん?」


 シャンデが無言で手を差し出してくる。

 なんだろう。

 ま、まさか。


「怖いので手を繋ぎましょう」

「そうですね。私は大丈夫ですが、シャンデ様がそう言うなら」


 右からはシャンデ。

 左からはリュミ。

 どちらも手を握りたいと言ってきた。

 やばいな。

 そんなつもりはないけど、怖がらせ過ぎたかな。

 仕方ない。

 手を繋ごう。

 本当はかなり嬉しいけど、それを口に出したら本気で怖がっている二人に申し訳ない。


「さあ、行こう」


 両手を繋ぐ。

 二人とも手がひんやり冷たくて気持ちいい。

 ただ、リュミは緊張しているのか、少し汗ばんでいた。

 恐らく、今日一番怖がっているリュミは唇を一文字に閉めながら、目を瞑って歩き出す。

 そして、ダンジョンの入り口に入って、まず広がるのは別世界。


 緑の草原がどこまでも広がっていた。


 果てがないようにも思える草原があって、通路すらも見えない。

 後ろを振り返ると、入り口がない。

 転移した証拠だ。

 何度も経験しているけど、何の違和感もなくここに来ている。

 周囲を警戒するけど、モンスターは近くにいないようだ。


「凄い……」

「太陽……?」


 初めての経験に、二人は圧倒されているようだ。

 モンスターの警戒すらしていない。


 さっきまで霧がかかっていた空は真っ青だ。

 雲一つなく、太陽が大地を焦がしている。

 洞窟の中とは思えない。

 まるで外だ。


「これがダンジョンだよ」


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