第15話 冒険者の恋愛事情

 Fランクダンジョンへ行く道程。

 歩くのは疲れるし、三人とも馬を持っていない。

 ということで、一般的な交通手段である馬車を利用することにした。


 馬車を利用すると言っても安い。

 片道一人でも、200ゴルドほど。

 子どもの財布の中に入っているお小遣いでも支払える運賃だ。


 運賃が安くなっているのは、俺達自身が馬車の護衛を担っているからだ。

 モンスターが少ない道を行くが、出くわす可能性は0ではない。

 なので、モンスターが来たら俺達は積極的に馬車と、御者の盾にならなくてはならない。


 まあ、ダンジョンを行き来する道を長年通っている御者が弱い訳がないから、俺達は必要ないだろうけど。

 大体、御者になる人は、元々腕に自信があるか、冒険者を引退した人というのが一般的だしな。


「質問をしてもよろしいでしょうか?」


 シャンデが、肩や胸を揺らしながら手を挙げる。

 舗装されている道といっても、地面の窪みや小石などによって身体が上下するのは仕方ない。


「俺に? いいけど?」


 馬車には他に客がいない。

 膝を突き合わせなければならないぐらい混んでいる時があるから、今日は幸運だ。膝を広げることができるし、それに、気兼ねなく大きめの声で話ができる。


「先程、Sランク冒険者の方々と仲が良かったみたいですが、どういう接点だったのでしょうか?」

「……接点という接点はないけど、昔、一緒にモンスターを倒したことがあったりとか、たまにご飯食べたりとか、そういう関係でしかないけど……」

「一緒にモンスターを!? やっぱり凄いじゃないですか!!」

「冒険とかじゃないんですよ。手強いモンスターが出ると、ランクに関係なく駆り出される時があるんです」

「それでも凄いじゃないですか!! 凄い強い方と肩を並べて戦ったんですよね!?」

「う、うーん」


 全然違う。

 Sランク冒険者と一緒に大冒険して、凶悪なモンスターを討伐しました!! みたいなことを期待しているみたいだけど。


 パーティの垣根を超えた戦闘になると、Cランクパーティの人間なんか埋もれてしまう。

 肩を並べて戦ってはないし、高ランクの冒険者は俺のことを視界にすら入れていなかったはずだ。


「それにご一緒にご飯ということは、あの二人のどちらかと、恋人関係だったりするのでしょうか?」

「ブッ!! ち、違います!! 断じて!!」


 二人とも魅力的だけど、プライベートで会うほどの関係性じゃない。

 そもそも冒険者やっていると、恋人を作ろうとする時間がない。


「冒険者ギルドでご飯食べてたら、アリアとかは勝手に横に座って来るんですよ。アリアとベルさんは喧嘩する程仲がいい関係なので、二人でいると俺を挟んで逆隣に座ったりする機会が数えるほどあっただけですから」

「面白くないですねぇ」


 何でそんな感想言われないといけないんだ。

 嘘でもいいから、面白くするために話盛れば良かったのか。

 そこまで言うのなら、シャンデの恋愛事情を聞いてみたい。


「れ、恋愛大好きですね。そういうシャンデは誰か好きな人とかいるんじゃないですか?」

「私? 私はリュミがいれば今の所満足ですねー。リュミは?」

「え?」

「リュミは誰か好きな人いないの?」

「わ、私もシャンデ様が一番好きですが」

「キャアア!! 私達、両想いね!!」


 当惑しているリュミに、全力でシャンデが抱きつく。

 

 一体、何を見せられているんだ。

 そういう躱し方もあるのか。

 できれば、異性の好きな人を聞きたかった。

 同性同士の友情とかではなく、真面目な恋愛観とかを聞きたかったんだけどな。


 すると、シャンデがリュミから離れて、神妙な顔になる。

 無意識の癖なのか、指で自分の髪をすく。


「……でも、やっぱり恋愛結婚とかには憧れちゃいますね」

「? どういうこと?」

「ああ。私が住んでいる国には恋愛結婚っていう概念は、あまり存在しないんですよ」

「へえ。そうなんですね」


 文化の違いってやつか。

 ウラジオだと恋愛結婚は普通の文化だが、世界から見たら少数派だ。

 国によっては、親が決めた結婚が普通の所や、夜這いの文化がある国もあるらしい。

 ある国では御簾で顔を隠したまま、歌を詠んで求愛行動を示してようやく男女の関係になれるらしい。

 俺達、ウラジオに住む人間からしたらあり得ない文化だ。


 ただ、恋愛結婚じゃなくて、決められた結婚には興味がある。

 自発的に恋愛ができない人間にとったら、許嫁や政略結婚みたいなものがあった方が結婚しやすくていいんじゃないんだろうか。

 自由恋愛だと、積極的に行動できない人間は一生独りのままだからだ。


「冒険者同士での結婚する方っていらっしゃるのですか?」

「いますよ。むしろ、冒険者同士で結婚する人って多いんですよ」


 冒険者はつまるところ、肉体労働だ。

 一日中身体を使うから、たまの休みの日なんか家のベッドでぶっ倒れてる。

 休みの日に、ギランとかは遊びに行くみたいだけど、俺はそんな元気はない。


 新しい出会いを求める余裕がないのは俺だけじゃないみたいで、やっぱり同じ冒険者、より詰めた言い方をすると同じパーティメンバーから恋愛関係に発展することが多い。


「ダンジョンへ行ったら、何日も探索して家に帰らないなんて普通じゃないですか。だから、他の職業の人と結婚しても続かないって聞きますね」


 家にいない状況が続くと、すれ違いの連続だ。

 それで同じパーティに女性がいたら大変だ。

 妻よりパーティメンバーの方が一緒にいる時間が長いし、背中を預けられる相手となると好きになってしまう人間もいる。

 仮に浮気しなくとも、妻が嫉妬することもあるらしい。

 同じ冒険者なら、理解もあるので続くらしいが。


「ダンジョンへ行くのって結構大変なんですよ」


 一獲千金の夢を誰だって抱く。

 子どもの将来になりたい職業ランキング一位は冒険者だ。

 一度の冒険で何億ゴルドも獲得できると思っている。


 だけど、実際はもう金銀財宝は狩りつくされている。

 モンスターを倒して肉を売るのが一番の収入源だが、金になるモンスターを倒さなくては赤字だ。

 その為に強くならなくてはならないけど、Sランク冒険者になれるのは全体の0.1%にも満たない。

 それにSランク冒険者だって毎日ダンジョンに潜っている。

 高ランク冒険者になればなるほど休んでいない。

 ただ戦闘能力が強いだけじゃない。

 やる気や体力が化け物じみている。

 普通の人間にはまず無理だ。

 Sランク冒険者どころかBランク冒険者にもなれずに一生を終える冒険者の方が多い。

 それが現実だ。


「付き合わせて申し訳ありません。本当は嫌でしたよね?」

「……え? 何の話?」


 シャンデに頭を下げられた。

 だけど、外を見て景色を堪能していたから、全然頭が働かない。

 一体、何を指して謝っているのか見当がつかなかった。


「こうして誘ったことです。本当はすぐにでも里帰りしたいんじゃないかと思って」

「まあ、それはそうだね。うん、迷惑だね」

「ええ!?」


 驚いているけど、ごめん。

 本当に迷惑です。

 正直、傷ついているから、一人になりたい。

 誰とも関わり合いたくなかった。

 そうやって、最初はそう思っていた。


「最初は本当に迷惑だったけど、今はちょっと楽しいかな」

「え?」

「久しぶりに冒険しているって感じで楽しいよ。誰に誘われても二度とダンジョンに行かないって思ってた。お金を貰えたりご飯を奢ってくれたりしたのもあったけど、それ以上に、二人と一緒にいると楽しいって思えている。自分でも、驚くほどに」

「レイリーさん……」


 ギラン達には詰られてばっかりだったから、冒険そのものが嫌になっていた。

 でも、今はワクワクしている。

 冒険者に憧れて旅に出始めた時の気分を思い出している。


 もしも、ベルさんやアリアの誘いに乗って冒険していたとしても、こんな気分にはならなかった。

 二人が冒険者について何も知らない純粋な想いを持っているから、俺も心がまっさらになれた。


 今なら、ベルさんやアリアと一緒に一回ぐらいは暫定パーティになって冒険しても楽しいかも知れないって思う。

 まあ、思うだけど、思うだけ。

 実際には絶対に誘いには乗らないけど、心の傷は癒えてきた。


「私達も楽しんでいます。こういう自由なことは初めてだから」


 リュミは笑顔になる。

 彼女達も俺と同じような悩みはあるんだろうか。


「そっか……」


 からかいもせず、ただ黙って聞いてくれたのは彼女達が俺の気持ちが分かってくれているからだろう。

 自分の悩みを吐露すると、馬鹿にされた経験ばかりだから新鮮な反応だ。

 と――


「わっ!」

「大丈夫ですか?」

「ええ……」


 馬車が大きく揺れる。

 急に止まったからだ。


「着きましたよ、お兄さん方」


 御者の人が不愛想な顔をしながら、馬車の中に顔を出す。


「ありがとうございます」


 お礼を言って、外に出る。

 ずっと座りっぱなしだったせいか、尻が痛い。


 目的地についた。

 モンスターや賊に襲われなくて良かった。

 近くには、別の馬車が何台か止まっている。

 ダンジョンの外には、人だかりができている。

 今からダンジョンに挑む者。

 彼らに物を売り込もうとする商人達。

 屋台やテントまであった。


「ここがFランクダンジョンの『イートプラントの樹海』だ」


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