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第14話 過去は無理に詮索しないのが冒険者の『暗黙の了解』
早朝。
俺とシャンデとリュミ達三人は、冒険者ギルドまで来た。
朝ということで、人の数は少ない。
人数が多いのは、夜だ。
お酒を飲むためにここに来ている人達だっているからだ。
時は遡り昨日。
採取された薬草などを換金し、報酬を彼女達に手渡した。
そして、翌日も一緒に冒険をしてくれるように頼まれた。
あと一回だけと言われたので、俺は喜んで承諾した。
次の日の朝御飯を奢ってくれると言われたので、浮足立つ心を抑えるのに必死だった。
何故、他人から奢られるご飯は美味いのだろうか。
その疑問が解消されないまま、俺は早朝、彼女達の部屋を静かに叩いた。
何故かというと、迎えに来て欲しいと事前に懇願されていたからだ。
――明日、迎えに来てくれませんか? 私達自分では起きれないんです。
そういう風にシャンデに頼まれた時は、眉を顰めた。
鶏の鳴き声の代わりに使おうとしてくるなんて、あまりにも失礼だ。
普通に冒険者ギルドで集合がいいだろうと、俺は詰め寄った。
――お願いします。お昼御飯は、私達が手料理のサンドイッチを作りますから。
行きます。
気が付いたらそう即答していた。
仕方がない。
他人の愛情に飢えていたから。
実家にも帰っていないから、他人の飯なんて口にしていない。
ひらすら、自分の手料理だ。
男が男の料理を作って食べるから、見た目に彩りなんてない。大体料理したら、茶色だ。他人の、しかも女の子の料理に胸躍らせながら俺は二人の部屋を訪れた。
だけど、いくらノックしても返事がない。
朝が弱いのは本当らしい。
鍵はかかっていなかった。
不用心だな。
と思いながら、ドアノブを捻った。
――んんん。くすぐったいですよ。そこは敏感だから舐めないで下さい。
――シャンデ様、ダメですって。レイリーさんが観てますよ。
くんずほぐれつのシャンデとリュミがそこにいた。
寝言を言っていて、シャンデは普通に眠っているが、リュミは上下逆に眠っていた。寝相が悪すぎだ。シャンデの片足を抱きしめながら、涎を垂らしている。二人とも下着姿のまま眠っていて、掛布団が床に落ちていた。
煽情的な光景にゴクリ、と唾を飲み込んで、リュミの肩を揺らした。
起きるように声を出して促すが、一向に起きる気配がなかった。
――んああっ。
リュミは起きるのを嫌がって、俺のズボンのベルトに手をかけた。ベルトを引っ張ると、俺のズボンがスパーンと落ちてしまった。
その瞬間、シャンデが目を覚ましてしまった。
んん、ん? と目をパチクリする。
――イヤアアアァ!!
寝起きで混乱したのだろう。
俺がズボンを下して寝込みを襲いに来たと思い込んだらしい。
すぐに誤解は解けたから良かったが、朝からドッと疲れてしまった。
そういった珍事が起きたが、こうして三人が集まって冒険者ギルドには来られた。
「先程は申し訳ありませんでした」
「こちらこそ。朝からとんでもないものを見せてしまって」
「? 何を見せたのですか?」
「何でもない……」
リュミには言えない。
ズボンどころか、パンツまでずり落ちてしまって、愚息を見せてしまったことを。
あれからシャンデが俺の股間辺りをチラチラ見て、顔赤らめているんだけど。
そんなにダメだったのか。
手で目を覆い隠していたけど、パカッと指は開いていたから視界全然塞いでなかったんだよな、シャンデ。
興味津々だったんだけど、それについては触れない。
意見も言えないぐらい粗末なものだったのだろうか。
そんな反応をされると落ち込んでしまう。
「あら? 奇遇ですわね」
剣に手をかけたアリアが横切ろうとして、立ち止まる。
朝早いはずなのに、髪の手入れバッチリだし、肌も艶々だ。
シャンデやリュミのように、朝が弱いとは無縁の人っぽい。
「そうだね。毎日のように顔を合わせる気がするけど」
「それは流石に言い過ぎですわよ。会えない日だって勿論ありますわ」
ベルさんがアリアのことをストーカーと称していたけど、あながち間違っていない。
アリアと俺が出会う機会が多過ぎなのだ。
俺がウラジオの冒険者ギルド付近にいると、ほとんど遭遇する。
会わない日は、俺かアリアのどちらかが、ダンジョン探索している時ぐらいだ。
「あら? そちらの二人は……」
アリアが俺の背後にいた二人に目を向ける。
そういえば、初対面だったか。
「どこかで……?」
顎に指を置きながら首を捻って堂々としているアリアと違って、俺を盾にして二人は隠れてしまう。
もしかしなくても、二人とも訳アリか。
先日、冒険者ギルドから逃げるように後にした時に確信するべきだった。
まともに装備を整えずに旅をする人間に訳がないわけがない。
入念な下準備をしているならまだしも、二人は死ぬ寸前だったし、色々と知らないことばかりで下調べもしていないようだった。
親が近くにいなくて十代で旅をするってことは、まあ、大体家の問題かな。
考えられるのは家出パターンってところか。
命の危険がある冒険者になろうとする人間には、そういう奴はわんさかいる。
だから、偏見なんて持たない。
奴隷上がりの人間や、親に売られた子どもが冒険者になって自立することだってあるのだ。
「過去は無理に詮索しない。それが俺達冒険者の暗黙の了解だろ」
「……そうですわね。私も家のことは詮索されたくないでもの」
俺が助け舟を出すと、あからさまにホッとしたような気配が後ろから漂う。
アリアは二人に興味を失くしたようで、視線が俺に映る。
「ベルに聴きましたけど、そこの二人と一緒に依頼を受けているんですって? 私達Sランク冒険者を袖にして、未登録の冒険者とパーティを組むなとは思いませんでしたわ」
「パ、パーティは組んでないから。ただ、ちょっと放っておけなくて」
「ふーん。……そうですわ!」
明暗を思いついたように明るい声色になる。
「それじゃあ、私も一緒に暫定パーティに参加してもよろしいでしょうか?」
自分の胸に手を当てて、自己主張してくる。
胸も主張も大きいけど、頷く訳にはいかない。
「俺等が今回行く予定なのはFランクダンジョンだって。悪いけど、彼女達の為にも高ランクのダンジョンへは行けないから!!」
Sランクダンジョンなんて魔境だろう。
俺だって十年かかっても挑めない。
「それでもいいですわ。新人教育は、高ランク冒険者の大事な仕事でもありますので」
「――悪いけど、アリアはダメよ。あなたには直接ギルドから依頼が来ているわ」
「! なんですか、いきなり……」
アリアの後ろからやってきたのは、受付嬢の制服を着ているベルさんだった。
渡された紙の中身を読み上げる。
「地竜の巣穴? わたくしがCランクのダンジョンに?」
地竜の巣穴。
ギラン達とよく潜っていたダンジョンだ。
「地竜が暴れているらしくて、ダンジョンの階段が壊れているらしいの。階段の補修作業をギルドでするわ」
ダンジョンをただ放置しているだけだと、次第にボロボロになっていく。
倒壊する恐れもあって、ダンジョンに潜ることができなくなってしまう。
ダンジョン保全の為に、冒険者ギルドが修理している。
ただ補修作業をする為に派遣される職員の中には、非戦闘員も勿論いる。
ダンジョンのランクが上がれば上がるほど危険性が増すので、非戦闘員を出現するモンスターから守るための冒険者がいる。
その適任は、ベルさんで駆り出されることが多い。
冒険者ギルドの受付嬢と、Sランク冒険者を兼任しているので、連携が取りやすいのだろう。
こうしてアリアに直談判するということは、ベルさんも予定が詰まっているのだろうか。
「護衛任務ね。ワタクシじゃなくとも、Bランク冒険者に依頼すればいいのに」
「地竜が束でかかってきたらBランクでも危ないの。階段が壊れているせいで、複数の地竜が襲いかかってもおかしくない状況なの。だからAランク以上の冒険者に依頼しているところ。だけど、あなたと一緒で他の冒険者も難色をしめていてね。達成報酬に色をつけるつもりです。引き受けてくれないでしょうか?」
ダンジョン修繕時の護衛任務は、報酬が高い。
ただ、拘束時間が長い。
修繕には、一日以上はかかることがほとんどだ。
モンスターが襲ってこない場合は一日中暇だが、同じ場所にずっと居なければならないので、休憩時間は少ない。
モンスターに急襲される場合だってあるので、気を張り詰めて居なければならない。
アリア以外の冒険者にも声をかけているだろうが、楽な仕事ではないことは確かだ。
他の冒険者がいい返事をしないのもその為だろう。
「お金の問題じゃありませんが、まあ、あなたの頼みなら引き受けましょう」
アリアは案外すんなり承諾した。
犬猿の仲である二人なら、もっと揉めると思ったのに。
「あなたに貸しを作るのは愉快痛快ですから」
「私個人のお願いじゃなくて、ギルドの依頼と受け取って欲しいわね」
バチバチにやり合っている。
すっかり蚊帳の外になってしまった俺達は、まるで別世界にいるようだった。
「それじゃあ、俺達は俺達で安全な冒険をしようか」
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