第10話 ドSの旅人達と食べるバイコーン肉(2)
バイコーンの肉はあらかた食べ終わって、ナイフとフォークは置かれていた。
それでも、一度喋り出した言葉は止まらなかった。
「――っていう感じで追放されたパーティに昨日会ったんですよね」
キリがいい所まで話すつもりだったが、昨日のことまで一部始終話してしまった。
長話で退屈させてしまったかも知れない。
そう思っていると、
「わ、わかりますぅうう」
シャンデに手を両手で握り締められながら、ブンブンと上下に動かされる。
彼女は泣いていた。
俺も思い出しながら泣きそうになっていたけど、過去の俺より泣いていた。
赤の他人の、しかも過去話でここまで感情移入する人も珍しい。
「辛い事を話させて申し訳ありませぇぇん!!」
「いいえ。こちらこそ長くなってすいません」
かなり喋ってしまったな。
皿に肉の脂がベットリついたままだ。
このままだと汚れが取りづらいので、早く皿洗いしたい。
「私も役立たずだなんだと言われて、追い出されて悲しい気持ち凄い分かりますっ!!」
ズズズと、横でリュミはハンカチで鼻をかむ。
「す、すまない。私もシャンデ様につられてもらい泣きしてしまった。そんな悲しい過去があったのか……。何か力になることがあれば、何でも言って欲しい」
二人とも大袈裟なリアクションだけど、元気になれた。
自分でストレスを発散するのは苦手だ。
感情を表にして憤ることよりも、溜めこんで陰鬱としている方が余程簡単だ。
だけど、誰かが自分のために悲しんでくれると、俺も心が軽くなったようだった。
「リュミ。今すぐウラジオに行って、そのギランとかいうパーティリーダーとその他全員叩きのめしに行きましょう」
「御意」
「いや、御意じゃないんですけど!? 御意じゃ!! 一体何しようとしているんですか!?」
シャンデもシャンデもだけど、リュミはリュミで間髪入れずにとんでも提案を呑もうとしないで欲しい。
色々と大問題なんですけど。
「? 命の恩人であるレイリーさんに酷い目を合わせた人に、それ相応の仕返しをするだけですけど?」
「止めてください!! 俺は仕返しする気なんてないんです!!」
そもそも、サーフェス湿原で死にかけた二人が戦ったところで、あのパーティに勝てるはずもない。
Cランク冒険者相手に戦いを挑んでも返り討ちに合うだけだ。
俺の為に怒ってくれた二人だからこそ、傷ついて欲しくない。
「怒りや憎むって気持ちすらもうないんです、俺には。……もう、空っぽなんです」
長年我慢していて、最後にあの仕打ちだ。
怒るのにだって、復讐するのにだって気力はいる。
もう、そんな力はない。
隠居したい。
農業――はダメかも知れないけど、釣りとかで自給自足の生活がしたい。
山とか畑とか見て癒されたい。
もう、生きることに疲れた。
「他の方にご相談はしましたか?」
「相談は、していないですね……」
ベルさんやアリアは、俺が言う前に概要は既に知っていた。
他に親交の深い冒険者っていうのは、ウラジオにはいなかった。
だから誰にも相談はしていない。
「怒りや憎しみを元凶にぶつけることができないのなら、せめてもう少し誰かに相談した方がいいですよ。あなたを観ていると、自殺しそうで不安になります」
「自殺? そんなこと、するわけないじゃないですか?」
自殺なんて考えたこともない。
死にたいと思うことはある。
きっと、みんなそうだろう。
失敗や挫折をしたら、死にたい、と呟いた経験、誰だってある。
俺もそれぐらいだったら普通にある。
だけど、本気で命を絶とうとすることは、俺にはできない。
「心を押し殺したら、次は体が死ぬんですよ」
シャンデに両手を包み込むように優しく握られる。
まるで母親が子どもを慈しむような声色で話し出す。
「今の精神状態でダンジョンに潜ったら、生死にかかわります。でも、あなたは戦って死んでもいいと思っているんじゃないですか?」
「そんなことないですよ」
「少なくとも、私から見たあなたは疲れ切っています。目の隈も、怠そうな身体の動かし方も。私達よりずっと……」
自分のことは自分が一番分かっていないかも知れない。
鏡も見ていないから、今、自分がどんな表情をしているのか分からない。
俺、どんな顔しているんだろ。
「周りの方も気づいているから、あなたのことを励まそうとしてくれたんじゃないんですか? あなたに直接それを言ってしまったら、あなたがきっと気にしてしまうぐらい繊細な人だから」
バカ騒ぎしていた冒険者ギルドの奴らを思い出す。
一人一人の名前は思い出せない。
でも、今日出る時だって、声をかけてくれる人だっていた。
ベルさんだって、いってらっしゃいって、言ってくれた。
みんな、いい奴らばかりなんだ。
本当は冒険者辞めたくない。
本心ではまだここに残っていたい。
でも、もう心が病んでいるのだ。
もう、ここにいたくない。
「……考えておきます。正直、誰かに頼ったり弱みを見せるのは苦手なんですよ」
俺は料理器具やら皿を片付け始める。
これ以上、ここにいると、ずっと話続けていそうになる。
霧も薄まっている今が、動くチャンスだ。
「それじゃあ、名残欲しいですけど。俺は行きます」
「待ってください。どこへ行くんですか?」
「ダンジョンですよ。大丈夫です。確かに最近はCランクダンジョンに行っていたので、Cランクダンジョンなら命の危険はあったかも知れないですけど、Fランクダンジョンなら楽勝です。片目瞑っていても踏破できるぐらい余裕です」
「ダメです!! ダメ!! せめて、一度私達の宿を見つけてからにしましょう!!」
シャンデの必死過ぎる物言いに嫌な予感がして、タラリ、と額から汗が流れる。
「……もしかして、俺の為じゃなくて自分達のために励ましてくれました? 自分達の宿を見つけるためにウラジオへ帰るように誘導してました?」
「そんなことありません!! 私はレイリーさんのためを思って言ったんです!!」
嘘くさい。
この人、自分の保身しか考えていない。
ここで断る勇気も必要だ。
いつも俺は人に流される。
自分の意見をしっかり言えない。
それがギランを助長させたことにも繋がっている。
嫌なことには嫌と言えるようにならなければならない。
それに、俺がこの二人をこれ以上助けたら、成長に繋がらない。
二人ともこれから旅を続けるなら、二人だけで生き残る術を身に着けるべきだ。
俺は、今後一生二人の面倒を見続けることなんてできない。
ここで安易に手を貸すことは、二人の為にならないのだ。
だから、ここはキッパリ断った方がいい。
「無理ですね。諦めて――」
「宿の紹介料なら言い値で差し上げます」
リュミに出された硬貨の山を見て、俺はウン、と頷く。
「分かりました。ウラジオの宿まで案内します」
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