第8話 引っ越し準備ができるまでソロで日銭稼ぎ(2)

 二人の女性が襲っていたのは、サーフェス湿原に生息するモンスターの一匹であるバイコーンだった。

 二本の角を持っている馬型のモンスターで、普段は大人しいはずだが嘶いている。

 俺は杖を構えた。


「――《遅延》――」


 中空で両足を上げている状態のまま、バイコーンは動かなくなった。

 正確に表現するとゆっくりと動いてはいる。

 が、ほとんど停止している状態と変わらない。

 無詠唱呪文もできるが、詠唱した方が魔法スキルの威力と効力は格段に上がる。


 俺は悠然と歩み寄っていく。

 気の強そうな女性が剣を持って、もう一人の大人しそうな女性の盾になって守っていたようだ。

 声をかける暇がなかったので、勝手にスキルを使ってしまったが大丈夫だろうか?

 ここのモンスターに苦戦するってことは、新人冒険者か、冒険者以外の人間か?


「よっ、と」


 バイコーンを強力な力で叩く。

 だが、《遅延》を使われているモンスターは動かない。

 俺は十発以上、身体を万遍なく杖でぶっ叩いてやる。


「これぐらいでいいか。ちょっと下がっておいた方がいいかも知れないですよ」

「えっ?」


 気が強そうな女性の方がキョトンとするが、次の瞬間ビクついた。


「わっ!!」


 バイコーンは盛大に音を立てて吹き飛んだ。

 骨が折れ、血を噴き出す。

 その血が女性たちのへたり込んでいるすぐ横の草に落ちてしまった。


「すいませーん」


 バイコーンの近くに行くと、もう一度、《遅延》の呪文詠唱をする。

 どうやら死んでいるようだ。


 でも、安心した。

 悲鳴を上げた女性が、新人狩りかと一瞬思ったのだ。

 女性の声を使って他の冒険者を誘い込み、罠にかかった奴の身包みを剥がす。

 初級のダンジョンやその付近には、そういった卑怯な中堅冒険者という輩がたまにいるのだ。

 俺も襲われたことがあるので、少し警戒してしまった。


「い、今のは?」

「? 《遅延》の魔法スキルです。《遅延》の魔法スキルを使うと対象はスローになるんですよ。動きは勿論、反応も。だから十発叩けば十発分の衝撃が対象に一気にかかります」

「は、はあ……」


 大人しそうな人、ちょっと引いている気がする。

 もしかして《遅延》の魔法スキルを見たの初めてなのかな。

 ほぼ静止状態からいきなり吹き飛ぶから、初めて見る人は驚く人が多い。


 あと、バイコーンは見た目綺麗で、モンスターの割には人気だ。

 新人女冒険者か、別の職業の方には、少々グロかったかもしれない。

 返り血も膝にかかりそうだったし。

 悪いことしちゃったかな。


「まずは、お礼を言わせてもらう。ありがとう。お陰で助かった」


 気の強そうな人は立ち上がって、深々と頭を下げた。

 立ち上がると、思ったよりも背が高いことが分かった。

 背筋を伸ばしながらキッチリとした動きをするので、綺麗や可愛いより格好いい印象を受ける。


「いえ。こちらこそ。それより、あの、バイコーン分けますか?」

「え? どういうことですか?」

「バイコーンを狙っていたのなら、俺が獲物を横取りしちゃった形になるので訊いたんですけど」

「いいえ。滅相もありません。私達では到底勝てなかったので。どうぞ全てもらっていってください」

「そうですか」


 ほっとした。

 冒険者の中にはたまに縄張りを主張する人もいるから、揉め事に発展せずに済んで良かった。


 バイコーンをアイテムポーチに収納すると、はあ……と大人しそうな人が驚きに目を見開いていた。


 なんだろう、その反応。

 まるで、アイテムポーチが使われているのを見慣れていないように思えた。

 冒険者じゃないというより、世間そのものを知らない人みたいだ。

 見た目年齢、十五、六といったところか。

 まあ、俺もそのぐらいの年齢の時は、あんまりなじみ深いものじゃなかったから、普通といえば普通か。


「それじゃあ、俺はこれで」

「まっ、待ってください、ぜひ、お礼を」

「ああ、いいです、いいです」


 大人しそうな人が今度は立ち上がって、懐に手を入れる。

 お金を出そうとしているらしいが、別にお金が欲しくて助けたわけじゃない。

 バイコーンの肉も手に入ったし、早々にダンジョンへ向かいたい。


 ――ググゥ、と腹の鳴る音が聴こえた。


 どでかい音に、その場にいる全員の動きが止まってしまう。

 音源は大人しそうな女性からだ。


「うわ、ああ……」


 見る見る内に頬が赤く染まっていく。

 お腹を鳴らすような人には見えない。

 顔は整っていて、むしろ食うのに困っていないような人がお腹を鳴らしているのが逆に面白い。

 親しい仲だったらからかう言葉の一つも投げかけるのだが、初対面だし、いじりいじられることに慣れていなさそうな初心な方だったので、俺も言葉が出てこない。


 分かりやすいように、あわあわなってた。

 ちょっと可哀想になってきた。

 聴こえなかったことにしよう。


「あの、本当にお礼は結構ですので。申し訳ありませんが、俺にも用事が――」


 逃げるようにしてその場を立ち去ろうとすると、


 ――グギィィガアアッ!! とモンスターの呻き声みたいな腹の音が聴こえてきた。


 今度はもう一人の気が強い人の腹から鳴った。


「………………」

「………………」


 俺とその人は無言で見つめ合った。

 めちゃくちゃ顔シリアス何ですけど。

 腹が鳴っただけで、そんなに真剣な顔している人初めて見た。

 何で二人ともこんな見事に腹を鳴らすんだ。


 だ、誰でもいいから助けて。

 今なら会話の通じないギランが、この場にいたら助かるんですけど。

 凄まじく気まずい。


 すると、大人しそうな人は両手を上げ、膝から崩れ落ちた。


「すいません。私が至らないばかりに……ううう……」

「わ、悪いのは私です!! 食料のことを考えていなかった、私が!! 先程の村で買い込むべきでした!!」

「こんなことなら、もっとさっきの村でコカトリスの焼き串食べるべきでしたああああああああ」

「見渡す限り草しかありません!! 申し訳ありません!! 肉があれば!! 肉さえあれば、私も十全の力を持ってモンスターと対峙できたのに!!」


 叫びながら、二人とも腹の音が鳴っている。

 どっちも腹の音が違っていて、出来の悪い音楽を聴いているようだった。

 喋る度にお腹が鳴るから、お腹に力入れないように口を閉ざした方がいいと思うんだけど。


 これ、どういう状況?

 想像以上にやべぇ奴らだった。

 大人しそうだった人が、泣きながら叫んでいる。

 どうやら俺の見込み違いだったようだった。

 ただの面白おかしい五月蠅い人だった。


 俺は手を上げて、さよならの挨拶をする。

 これ以上関わってもいい事なさそうだった。


「あの、すいません。それじゃあ、俺はこれ――」

「道に迷いさえしなければ、こんなことには!! やはり村の方の忠告を聞き入れて、霧が晴れてから行動すべきでした」

「いいえ!! 私が悪いのです!! 私が早く先を急ぎたいと思ってしまったのが悪いのです!! あと、肉を買い溜めしておかなかったのがいけなかったのです!! 肉です!! 肉です!! 肉が食べたいです!!」


 チラッ、と二人が一瞥すると、また二人して寸劇を始める。


「お金ならあるのに!! もしも心優しい誰かがバイコーンの肉を譲ってくれたら肉にありつけるのに!!」

「お肉がないままだと飢え死にします!! 肉さえあれば、私達はまともに動けてこの湿原を抜けられるのに!!」


 関わり合いたくないけど、ここまで露骨だと無視もしづらい。

 それに、俺が助けなかったせいで、飢え死にした死体が二つ明日ここに転がっていたらと思うと寝覚めが悪い。


「肉、分けましょうか?」


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