第6話 ダンジョン攻略報告がグダグダなのは俺のせいじゃない(2)-追放したパーティリーダー視点-

 ギランは瞬きの回数が多くなった。

 聞き間違いか?

 受付嬢のベルの発した5000ゴルドって言葉が信じられなかった。

 半日、一日かけ、四人でダンジョンに潜って稼げたのが、たったの5000ゴルド?


 そんなの子どものお小遣い程度の金にしかならない。

 いくらなんでもおかしい。


 ギランは机を叩いた。


「少なすぎだろっ!! いつもはもっと貰ってたぞ」


 ギランが激高するのが計算の内だったのか。

 ベルは至って冷静だった。

 その態度が余計に腹立った。


「全体的にいつもよりも状態が悪いようなんです。特に依頼にあったコカトリスが非常に悪いですね」


 査定資料をパラパラとめくる。

 詳細を見て話しているようだった。


「おかしいだろ!! 全部他の場所に持っていくぞ!!」

「構いませんよ。ただしもう解体してしまった後なので、その分の金額だけはいただきますが」

「……なっ」


 突っぱねれば、査定金額が上がると踏んだのに。

 クソッ。

 度胸があり過ぎる。

 他の受付嬢だったら、恫喝できたのに。


「ちなみに、冒険者ギルドを通さずに、直接お店にモンスターを卸す方はいます。それらを全て取り締まることは不可能ですし、無くすことは不可能でしょう。ですが、自分で買い取り業者を見つけ、値段交渉をし、売り物になるようにモンスターの肉を加工するだけの時間や場所、交渉術を持っているでしょうか?」

「ちっ」


 ギランだって分かっている。

 冒険者ギルドでモンスターの査定をしてもらうのが、一番効率がいいことぐらい。


 だが、納得できないでいた。

 それを見抜いたベルは話を続ける。


「他のモンスターならまだしも、コカトリスは繊細なモンスターです。彼らは死ぬ前に極度のストレスを感じると、血管が傷ついて肉の味が落ちます。あれでは商品価値が著しく下がってしまいます」


 コカトリスは鳥型のモンスターだ。

 依頼内容にコカトリス討伐があったので、多く狩ってきた。

 力を入れていたのに、何故ここまで言われないといけないのか。


「そ、そんなの知らねぇよ!! 俺達はいつも通り狩ってきたぞ!!」

「……コカトリスの肉の品質を落とさない方法は、コカトリスにストレス感じさせないように一瞬で殺す。もしくは《遅延》のスキルが効いている間に殺すかです」


 そんなの知るわけない。

 たまたまだ。

 たまたまあいつが《遅延》のスキルを使っていたから、今までの査定が高かっただけだ。

 今までの功績がレイリーのお陰だったはずがない。


「コ、コカトリスは分かったけど、何で他のモンスターまで査定低いんだよ!!」

「血抜きしましたか?」

「は?」


 予想外の角度から返答だった。


「知っているとは思いますが、血抜きしなければモンスターは腐敗します。それからモンスターの死体ですが、死んだ後はなるべく早く燻製にするか、冷凍するかして肉の品質の劣化を防いで下さい」

「な、何だそれ? そんなこと言われたことないよな? なあ!?」


 俺は加勢が欲しくて、パーティを振り返る。


「そうである!! ギラン殿の言う通りである!!」

「そ、そうだよ! そんなこと私達知らないし!」

「何年も冒険者をやってきたのに、私は初めて聞くわ」


 そうだ、そうだ。

 もっと言ってやれ。


「……それはあなたが指示する前に、レイリーさんが《遅延》の魔法スキルを倒したモンスターに使っていたからです」


 ベルは眉間に手を当てて、大きく嘆息を吐く。


「あなた方パーティの中に《遅延》の魔法スキルを高水準で一日中効果を維持できる方はいらっしゃいますか?」

「…………」


 魔術師がいないので、そんなことできる奴なんている訳がない。

 パーティ全員黙りこくる。


「《遅延》のスキルを持っていないとなると、先程説明したやり方でモンスターの肉の品質を確保してください。モンスターの解体方法や、モンスターの鮮度を保つ方法などを簡単にまとめた手順書がありますので、そちらの購入をおススメ致します」

「こ、購入って金取るっていうのか? いくらだ?」


 ダンジョンの地図は無料だというのに、解体手順書は有料。

 普通逆じゃないかと思いながら訊く。


「種類はたくさんありますが、初めは、初心用のこの手順書がいいかと思います。これが5000ゴルドになります」

「た、高っ!! なんでそんなものがそんなに高いんだよ!!」


 机の上に十種類以上の紙の束を出された。

 そのうちの一つを指差される。


 問題は価格だ。

 丁度、今回の報酬金額だ。

 四等分しなければならないのに、いきなりそんな大金ポン、と出せない。


 しかも、仮に購入したとしても、毎回その手順書とやらを見ながら解体等をしないといけない。

 そんなチマチマしたこと、誰がやるのか。

 冒険者はその名の通り冒険だけをやっていればいい。

 そんな細かい作業は、役立たずがすることだ。


「それらの手順書は、先人達が命を懸けてモンスターに挑み、冒険者同士で情報を交換してできた努力の結実です。新しい情報があればその都度実際に試し、効果の保証されたものしか、冒険者ギルドでは販売しておりません」


 これが昔のです、と上に新しく手順書が乗せられる。

 その数も十以上あった。

 解体手順書にも歴史があり、それだけ確かなものだという証明だった。


「情報の信憑性のない解体手順書でしたら、冒険者ギルド以外でも売っています。そちらでご購入を検討なさって下さい」

「あー、はいはい」


 どうするか。

 誰にやらせよう。


 ギランは絶対にやりたくない。


 手先が器用なのは、リップかミレイユか。

 一番パーティの中で新人なのはリップだし、口答えも少なそうだ。

 リップにさせるか?


「自分達でモンスターを解体するのが難しいようでしたら、解体知識のある冒険者を加入させることを提案しますよ。普段ソロで活動している冒険者の方だって、専門職の方を正式にパーティ加入と言うわけではなく、一時的にパーティに参加させることは然程珍しくありません」


 誰か雇うか。

 今度は仕事をちゃんとやる奴がいい。


「新しい募集をこちらでかけておきましょうか? ただのお節介ですが、後衛を担当される方がいらっしゃらないようですし。募集するのでしたら、どういった条件の方を募集されますか?」

「後衛? えっ、いるか? そんなもん?」


 雇うのは賛成だ。

 だが、後衛は必要か?

 ギランはずっと不要説を唱えてきた。

 ここまで言い包められると自身がなくなってきた。

 そもそも、後衛が必要だと言っているベルは、ソロだ。

 アリアだって一人だ。

 前衛も後衛もない。

 優秀な人間だったら後衛なんて必要ないはずだ。


「……後先考えずに、彼をパーティから追放したんですね。パーティにとって重要なことです。皆さんとじっくり話し合って、もし必要ならば私でも他の受付嬢にでもいいですので、新しいパーティメンバーの募集の申請をお願いします」


 もう少し考えたかったが、明らかにもう終わりという雰囲気を出されたのでギランも一歩引く。


「それでは以上です。お疲れさまでした」


 空になったアイテムバックと報酬を受け取って、ギラン達はその場を離れた。

 随分長話になったので、ギラン達の後ろは列ができていた。

 ジロジロと批難じみた視線に居心地が悪くなったのだ。


 冒険者ギルドの隅の方で、ギランは思案する。

 リーダーらしく、今後のパーティのことを考慮して的確な指示を出してやる。


「そうだな……。ミレイユ!! とりあえず、お前、募集出しておけ!!」

「えっ! それなら、どうしてさっき言わなかったの? あの列を並ぶの?」

「ああ、全員で並ぶのも意味ないから、今度はお前一人で並べ。他の奴には別の仕事を振るしな」


 何か言いたそうなミレイユだったが、そそくさと受付の列に並んだ。


「それから、リップ!! お前、新人が入るまではマッピング担当と解体担当だ!!」

「ええ!? 何でぇ!? 私がぁ!?」


 リップは、一番若いし経験が浅い。

 そのせいで口の利き方がなっていない。

 甲高い声も相まって、癇に障る時がある。


「ああ、そうだ。ダンジョンのマップももらわないといけないな。あー、適当にCランクのダンジョンのマップもらってこい。ミレイユと一緒に並んで」

「で、でも、もうミレイユの後ろに人いるけど?」

「ああ? いいんだよ。場所取ってもらったって言って列抜かせ。ほら、さっさと行け」

「は、はーい」


 どうでもいいことで、一々口答えしてくる。

 何も考えずに、下っ端はいうことを聞いていればいいんだ。

 次はロウだ。


「それからロウ!! お前はここじゃないどこかで、解体手順書を今日中に入手してこい!! もちろん安いやつな!!」

「し、しかし、一体どこで!? もう日も暮れて店も閉まる時間ですぞ。某も疲れているので……」

「ああ!? それを調べるのもお前の仕事だろうがぁ!! 疲れてるのはみんな一緒なんだよ!! 仕事しろ!! 仕事をよ!!」

「しょ、承知したであります」


 手順書がどこにあるか分からない?

 他の冒険者から話を聞けばいいだけだ。


 ロウもダメだ。

 ギランよりも年上というのに、判断が遅い。

 指示を出してやらないと、動きが鈍い。

 図体と一緒で頭の回転も遅いのだ。


「むしゃくしゃするな、酒でも買って帰るか」


 長い一日だった。

 酒場で飲みたい気分だったが、ロウの言う通り疲れ切っている。

 酒買って、そのまま寝ようか。

 湯浴びするのも面倒なぐらい、今日は疲れた。


「ちっ、どいつもこいつも使えない奴らばかりだ」


 リーダーっていうのは辛い。

 指示待ち人間達に命令を出すのも頭を使わなければならない。

 やっぱり、ギランがいなければ、パーティは回らない。

 だが、こうして色々骨を折ったのは奴のせいだ。


「これも全部、役立たずのレイリーのせいだ」

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